第二十五話 豪邸

『昼間に大学で会った女性、あの方は妖怪に憑かれています』

『いえいえ、さすがに直接憑かれていたら貴方のお粗末な感知能力でも気づけていたでしょう。え? 自信がない? はぁ…………』

『あ、気にしないで下さい。才能というのは人それぞれですからね。馬鹿になんてしていませんよ。本当です本当』

『とにかく、あの女性からは妖怪に憑かれている気配を感じました。しかし直接ではありません、恐らく家に取り憑く類の妖怪でしょう。ですが、なんの妖怪なのかは私にも分かりません。その出現条件も不明です。常時家の中を徘徊しているのか、家主が眠っている時にのみ出てくるのか……。他に分かることと言えば取り憑いている人間に悪影響を及ぼす妖怪であるということだけです』

『そうですね。気配からしてまだ取り憑いてそれほど日は経っていませんが、早めに対処しないと取り返しのつかないことになります』

『大丈夫ですよ。それ程強い妖気は感じませんでしたから、まともに戦えば問題なく祓えるはずです。ただ問題が二つ、一つはいつ妖怪が出てくるか分からないためあの女性の家に泊まり込む必要があるということ。もう一つは……』


(……と、ハクに言われて何とかしようとここまで来たものの。どうしよう、早速帰りたくなってきた) 


 先日のハクとのやり取りを思い出しながら、大黒は理解出来ない状況に一人立ち竦んでいた。


 大黒の目の前には見る者を威圧するような巨大な鉄の門扉。

 そして全体が把握できないくらいの広大な敷地。

 さらにそれを囲むは長い石壁。


 総じて豪邸、という言葉以外には形容出来ないそれらこそが今回の大黒の目的地、相生邸であった。


(でっ……かいなぁー。大黒の家も敷地だけは広かったけど、あっちはド田舎のボロ家をギリギリ保ってるだけの状態だったし……、京都の一等地にこんな家を建てるなんてどんだけ金あるんだ)


 大黒が知っている中で一番大きな家である大黒邸ですらも比べ物にならないほどの大きさを持つ相生邸。

 その家の前で立ち往生していることに大黒が心細さを感じ始めてきたところで、ギギギっと音を立てながら鉄扉が開いた。


「ごめんお待たせ! 思ってたよりも部屋の掃除に手間取っちゃって!」

「あー、いやいや。急に押しかけたのはこっちだし、むしろ手間取らせちゃって悪いな」


 扉の中から出てきたのは大黒の同窓生、相生姫愛。

 大黒がバイト先で万里に相談を持ちかけた翌日の今日、大黒はアドバイス通りに相生に『家に泊まらせて欲しい』とストレートに懇願した。

 最初は慌てふためき、逃げ出そうともした相生だったが、大黒がその場に押し留め話を続けたところ、相生が最近夢見が悪く朝起きると体に力が入らない日が続いているという悩みを持っていることまでたどり着き、自分なら相生の悩みを解消出来ると大黒が断言したことで、大黒が相生邸に招待される運びとなった。


 そして本来なら相生の都合がつく日にしようとしていたが、既に実害が出ていることに危機感を覚えた大黒は無理を言って即日泊まらせて貰えるように頼み、現在に至る。


「それにしても驚きだよ。まさか委員長がこんな金持ちだったなんて」

「んー……、別に私がお金持ちなわけじゃないよ? この家も私が建てたわけじじゃないし」


 苦笑いをしながら手招きする相生に従って、大黒は門をくぐる。

 そうして大黒が完全に敷地内に入ると、相生は手に持っていたリモコンを操作して鉄扉を閉めた。


「……いや、そうだとしても驚きだ。こんなハイテクな入り口は日本のどこを探してもここくらいだろうし」

「さすがにそれは言い過ぎだと思う。やってることで言えばマンションのオートロックとおんなじだからね?」

「その返しもなんかズレてる気がするけどな」


 個人の住宅と集合住宅を同列のように語る相生に大黒は突っ込む。 


「今日って親御さんとかはいるんだっけ?」

「んーん、いないよ。お父さんは出張中で、お母さんは友達と旅行中。一応お兄ちゃんはいるけど部屋からほとんど出てこないから気にしなくても大丈夫かな。気にせず寛いでいってね」

「この家で寛げるほど俺も人生経験豊富じゃなくてな。現に今も玄関まで歩いてるだけで緊張してるよ」


 大黒はおどけて肩を竦める。

 その間にも周りを見渡し、妖怪の痕跡がないか目を光らせる。

 寝ている最中と起きた時に異変が生じているなら、十中八九夜中の相生の部屋で出没する妖怪だろうが、万が一のことを考えると油断出来るものではない。

 そう考えながら大黒は、確認すべきことを相生に確認していく。


「よく考えればこんだけ広いんだし、お手伝いさんとかいるんじゃないのか?」

「いるにはいるけど、住み込みの人はいないから皆夕方に帰るんだよねー。この時間にいるとしたらお兄ちゃんの家庭教師の人くらいかな」

「なるほど、その家庭教師は何時くらいに帰るんだ?」

「遅くても七時には帰ってると思う。……そんなに家に人がいるか気になるなんて、やっぱり大黒くんの目的って」

「いや、違う。断じて違う。問題解決のために家の中を見させてもらいたいから、その時に人がいないほうが都合がいいってだけだ。ていうかやっぱりって言うくらいならここまで家に入れてる時点でアウトだろ」

「あはは、冗談だって。大丈夫、信じてる。し、信じてるからね……?」

「絶対に信じきれてない言い方だ!」

  

 不安そうに瞳を揺らす相生にどうにか信じてもらおうと大黒が躍起になっている内に、二人は相生邸の玄関についた。

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