第参拾四話 思惑
「そりゃあそうだろうが話を逸らすな。お前は結局何のためにここに来たんだ」
「特に逸らしたつもりもないんだけどねぇ……。僕はちゃんと君を久しぶりに見かけたから話したくなった、と理由を述べたわけだし……。それを信じられないと言われたらそこまでだけど、それ以外に僕が言えることはないんだよ?」
「…………分かった」
「おお、信じてくれるのかい?」
「いや、お前が素直に白状する気がないのが分かった」
大黒は嘘を見抜くのが得意ではないが、直感と付き合いの深さで藤が本当の事を言っていないと断定した。
しかしこれ以上のことはいくら問い詰めても出てこないと判断し、違う質問をすることにした。
「とりあえずはそれ以外のことを聞くよ。……お前は俺に仕掛けた鵺が集大成の一つって言ったけど、わざわざそう言ったってことは他にも結果は出たんだよな?」
「もちろんさ、でも残念ながら君にお見せできるのはあの混ざり
「混ざり妖?」
「ああ、君が合成獣といった鵺のことさ。鵺だけじゃあない、生き物として近い妖怪どうし、根源が似ている妖怪どうしを組み合わせて、僕は新しい生命体をいくつか作った。それらを総称して混ざり妖と呼んでいるんだ」
藤は身振り手振りを加えながら、自分の研究について楽しそうに話す。
「……混ざり、なんて名前を付けてるけど、実際は混ぜ妖っていう方が正しいんじゃないか?」
「そこは語感の問題だよ。それにそんな混ぜご飯みたいな名前を付けたら生き物を冒涜してるように聞こえてしまう」
「十分冒涜してるだろ。お前、今までどれくらいの妖怪を弄ったんだ?」
大黒は呆れたような声で問いかける。
「まあ、結構な数だね。八年という歳月は伊達じゃない。人間を半妖にするには妖怪を調べないと話にならないしね。それに人間を材料にするわけにはいかないから、その分も妖怪を弄る必要があって数は膨れたと思うよ。でも決して冒涜してるわけじゃないというのは分かって欲しいんだ。研究に協力してくれた妖怪には心から感謝をして、犠牲になった妖怪には謝意を抱いている」
「……ま、お前がどう思ってようが正直俺は何でも良いよ。愉しんでようが悲しんでようが、俺には関係ない。重要なのはお前の研究成果がこれから俺の日常に介入してくるかどうかだけだ」
大黒は時計を確認しながら言う。
時刻は十二時四十分、次の講義が始まるまでの時間が迫ってきているのだが、聞くべきことを聞いておかないと安心して講義を受けられない。
そう思った大黒は次に藤が迂遠な言い回しをしてきたら早めに止めようと決め、話を先にすすめる。
「なるほど、君の懸念点は理解した。だけど心配はいらないよ、この前みたいなことはもうしないし、研究で使用した妖怪はきちんと管理しているから僕が君に迷惑をかけることはもうないと考えていい」
「……信じていいんだな? 俺の勘違いでなければ数日前、お前の式神が生んだ野槌が一般人を襲ってたんだが、本当にちゃんと管理してるんだよな?」
大黒は磨が野槌に襲われてた場面を頭に浮かべながら、再度藤に確認する。
当時は野槌の弱さに疑問を抱いていた大黒だったが、今となっては十中八九藤が関連したものであろうと考えており、それの答えを聞くための質問でもあった。
藤はそれを聞くと斜め上を見ながら考える素振りを見せ、しばらくすると『ああ』と言いながら手を叩いた。
「そういえば一体予備の野槌が逃げ出してたことがあったかな。すっかり忘れてた、野槌は大量生産しすぎて一体一体の記憶が薄いんだ。しかしそうか、君が処理してくれてたんだね。それは迷惑をかけた。今後はそんなことが無いように気を付けるよ」
「ああ、ぜひそうしてくれ。危うく子供の命が犠牲になる所だった」
「君が自主的に妖怪退治なんて珍しいと思ったらそういうことか。子供に甘いのは変わってないんだねぇ」
藤は大黒をからかうような笑みを浮かべる。
「別にいいだろ、悪いことじゃないはずだ」
「もちろん。それは君の数少ない美徳の一つだしね。それより他にも聞きたいことはあるんだろう? 今のうちに聞いておかなくていいのかい?」
「数少ない……? ……まあ、いいや。お前の言う通り聞きたいことはまだあるし」
大黒は藤の物言いに引っかかるものを感じたが、時間が無いことを思い出し、話を続けることにした。
「見ての通り、俺は今京都に住んでるんだけどお前は一体いつまで京都にいるつもりなんだ?」
「まるで僕に早く京都を出てほしいみたいに言うね」
「出来るならもう今すぐにでも出ていってほしい」
「……まるで僕が厄介者みたいに言うね」
「むしろ厄介者以外の何者だって言うんだ」
「………………」
藤に対する感情を隠そうともしない大黒に、藤は頬を膨らまして抗議する。
「なんだいなんだい。昔は一緒に住もうとまで言ってくれたのに、ちょっと会わない時間があったらこれか。しつこい男もどうかと思うけど、僕は冷めすぎてる男もどうかと思うよ」
「匿うは同棲の同義語じゃないぞ。俺は昔も今もお前を厄介者だと思ってることに変わりはないし、お前に熱を上げたこともない。そしてそんな戯言よりも俺は早く質問の答えが知りたい」
「つれないねぇ。それにそう言われても僕がいつまでここにいるかは僕自身分からないんだ。君は残念がるかもしれないけどね。僕は京都にちょっとした用事がある、そしてそれがいつ終わるかは未定なんだ」
「その用事って?」
「君が気にすることじゃないよ。陰陽師界隈の話だしね、君がこれからも『日常』を送りたいのなら深入りしない方がいい」
知ってしまうと戻れないかもしれない、と藤は遠回しに警告してくる。
知りすぎることは、時に知らなさすぎることよりも危険になる。
大黒も今までの人生でそのことをよく知っている。それを踏まえてしばらく考えた結果、大黒はこれ以上余計なことは聞かないことにした。
「……そうだな、そうしとくよ。お前がしばらく京都にいるってのは気が滅入るけど、しょうがない。当分は出来るだけ会わないことを祈りながら生活するよ」
「君は本当に失礼だね。僕が君に何をしたと言うんだい」
「言ってやりたいことは山程あるけど、時間もないしやめとく。じゃあ俺はもう行くよ。……生きてたこと自体は嬉しかった、これからも俺が知らないところで元気でな」
大黒はそう言うと伝票を持って立ち上がった。
そして腕をひらひらと振り別れの挨拶をする大黒の背中に、藤は小さく声を投げかける。
「……ねぇ乙哉。陰陽師に戻る気はもう無いのかい? 敵でも味方でもいいから僕はまた君と遊びたいと思ってるんだけど……」
「……………………」
『大黒真』になる前の名を呼ぶ旧友の言葉に返事をすることもなく、大黒はカフェを出ていった。
その意味を藤も理解しており、藤はすっかり冷めた紅茶を口に運ぶと悲しそうに目を伏せた。
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