第弐拾漆話 帰路

合成獣キメラ?」

「ああ、俗っぽい言い方するとな」


 鵺との戦いが終わった後、大黒と鬼川の二人はまず磨と純を迎えに行くことにした。


 そして大黒は最寄りの駅までの道中で磨と純に今回のことの説明をしようと思っていたのだが、磨の方は待ちくたびれたのか結界の中で眠っており、数キロ先の廃ビルの屋上にいた純は霊力をほぼ使い果たしてその場で意識を失っていた。


 結果、大黒は磨を、鬼川は純を、とそれぞれ請け負って、そう近くもない駅まで二人でトボトボと歩いていた。


「合成獣ってあれっすよね? なんか、色んな動物を合体させたみたいな生き物的な?」

「一昔前の女子高生みたいな話し方するな……。まあ概ねその認識で合ってるよ。要するに今回の鵺は人工的に作られた生き物だったってことだ」


 人一人分の重量を抱えながら、二人は先程の戦いの振り返りをする。


「ああん!? 一昔前ってなんすか! あたしがもう若くないとでも言いたいんすか!?」

「悪かったよ! 他意はなかったんだって!」


 それまでは普通に会話をしていた二人だったが、大黒の不用意な発言により鬼川の顔が般若の如く険しくなってしまう。

 大黒としては本当に深い意味もなく発した言葉だったのだが、軽率すぎたと反省をして謝ることにした。


「まさかそこまで過敏に反応するとは思わなかったよ、鬼川だってまだまだ若いだろうに」

「そうなんすけどね、でも今の大黒家で一番年食ってるのあたしなんでつい」

「あー、環境の問題か……。まあそれは置いといて、話の続きだ」


 これ以上年齢の話を続けないほうが良いと判断した大黒は、話を鵺のことに戻す。


「あの鵺は複数の妖怪を無理やりつなぎ合わされて作られたものだった。笑い声から頭は狒々ひひ、竹を切るような音がしたし胴体は竹伐狸たけきりだぬき、雷を使ってたし多分手足は虎猫とらねこ、水を使う蛇の妖怪は結構いるけど恐らく尻尾は化蛇かだとかその辺り。正確には違う妖怪が混じってたかもしれないが、少なくとも四種類の妖怪が混じってたことは間違いない」


 大黒は鵺の見た目と能力から鵺の素材・・となった妖怪にあたりをつける。 そのほとんどは鬼川にとっては聞き覚えの無い妖怪達だったが、複数の妖怪と戦っていたということは理解し、嬉しそうに口笛を吹く。


「ひゅぅっ、んじゃあたしらは合計八体の妖怪を相手にしてたってことっすね。いやー、妖怪との戦闘は久しぶりだったってのに八体にあんだけ戦えるとはあたしってやっぱ天才なんすかねー!」

「調子の乗り方がすごい、よくそんなんで今まで生き残ってこれたな」


 大黒ははしゃぐ鬼川を見て、呆れるというよりも尊敬の念に近いものを感じていた。

 陰気で後ろ向きな者が多い陰陽師の世界の中にいて、ここまで前向きでいれる人間はそういない。

 自分もいっそこれくらい振り切れたら、と思いながらも口には出さず、大黒は鬼川がこれから足元をすくわれないように釘を差すことにした。


「鬼川、言っとくけど本来のあいつらはあんなもんじゃないぞ。どの部位の妖怪にしたって本物なら街一つ壊滅させれるくらいの火力があるんだ」

「え……! い、いやいや合成獣なんでしょう? 合体したらむしろ元より強くなるもんじゃないんすか?」

「そんなわけ無いだろ、そもそも合成獣ってのが無理ありすぎるんだよ。一口に妖怪って言ってもその生態は千差万別、人間で言うなら哺乳類ってくらい大雑把な分類だ。人間同士の臓器移植すら拒絶反応が出たりするのに、普通そんな上手くいくものじゃない」 


 大黒の解説に鬼川な納得のいかない表情を見せる。


「えー、でもさっきの奴はちゃんと動いてたじゃないっすか。不可能と言えるくらい難しいものだとしても成功さえしたら凄い効果があるもんでしょ、そういう技術って」

「効果はともかく凄いのは凄いさ。元々色んな動物のパーツがある鵺って枠組みだからこそ成功した代物なんだろうが、並の奴じゃただのハリボテが出来るだけだろうし。それにちゃんと再現性があるってのも凄いな、偶然の成功じゃないってことだ」

「だったら……」

「でも、それと強さはまた別の話だ。縫合跡すら見せない完璧な合成獣、だけど結局は別々の生き物から取ってきた体だ。本物と同じような強さを発揮できるわけもない。それに他の理由もあるしな」

「?」


 大黒の言う『他の理由』の想像がつかず、鬼川は首を傾げる。


「あの鵺の元になった妖怪、それすら本物じゃあなかった。要するに俺達は二体相手とはいえ、部品にされた本物一体よりも五段は強さが落ちた敵にあれだけ手間取ってたってことだ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。元の妖怪が本物じゃなかったってどういう意味っすか?」

「そのまんまの意味だよ。俺も戦いの途中で気付いたんだが、今回の一件は十中八九俺の知り合いの仕業だ。そいつの式神には野槌って妖怪がいて、その野槌は妖怪を産み出すって能力を持ってるんだ。野槌が妖怪を産む条件は妖怪を食うこと、一度元の妖怪を食いさえすれば何度でもそれを産み出せる」

「チートじゃないっすかそんなん!」

「本当にな、俺もずるいと思うよ。でも野槌の能力にも欠点はある、野槌は何度でも妖怪を産み出すことは出来るが、産み出した妖怪は本物よりも力が落ちる。あくまでも本物みたいな模造品ってわけだ」

「へー……、そんで今回のあいつには模造品が使われてたってわけっすか。なんか自信なくすなぁ。…………ん?」


 そこで鬼川は何かに気付いたのか、顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。

 そんな鬼川の様子に不穏なものを感じたのか、大黒は目が合わないように鬼川から顔を逸らした。


「今回の敵がお兄さんの知り合いだったんなら、あの妖怪達はお兄さんを狙ってきてたってことっすか?」

「……その知り合いには悪癖があってな。自分がしてる実験が成功したらその実験結果を見せびらかしに来るんだ。獲物を仕留めた猫みたいにな。危険な成果物ばっかりだし、こっちとしてはありがた迷惑どころかただの迷惑だから止めろって言ってたんだけど全く聞く耳をもたなくて……」

「はい、それで?」

「…………そいつとはかれこれ八年会ってないんだが、まさかまだそんな子供っぽい癖が直ってないとは思わなかった」

「要するに?」

「………………あの鵺もどきは俺を狙ってきたもので相違ありません」

「ってことっすよねぇ!」


 一連の騒動の原因が大黒にあったことが発覚し、鬼川は声を荒げて大黒を糾弾し始める。


「やっぱりあたしは完全なとばっちりじゃないっすか! おかしいと思ったんすよ! 子供の磨にしろ、品行方正に生きてるあたしにしろあんなんに狙われる筋合いは無いっすもん! そうなりゃお兄さんしかいないってのに、何か全員狙われる心当たりはあるみたいなこと言っちゃって!」

「ああ、悪かったと思ってるよ。磨にはもちろん、こんなところにまで駆出してしまった純にもな。二人には後で美味いもんでも奢るとするか……」

「いや、あたしにはぁ!?」


 しかしここぞとばかりに責め立てる鬼川の言葉が大黒に響いた様子は一切なく、鬼川は肩透かしを食らってしまう。


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