第伍話 疑念
大黒が買い物に行き、一人になったハクは部屋を見渡して掃除でもしようかと考えていた。
しかし、それを実行する前に玄関から音が聞こえてきた。
「……? 忘れ物でもしたのでしょうか?」
想定よりもだいぶ早い大黒の帰宅を不思議に思ったハクはリビングから玄関へと向かう。
そして玄関で見たものは、
「あ、ハク。急な話なんだけどしばらくこの子を預かることになったから、その、色々よろしく」
「………………」
無言で立ち尽くす少女とその少女の手を引く大黒の姿であった。
犯罪的な光景に思考が止まるハクだったが、大妖怪としてのプライドが呆けているままでいることを許さず、すぐに立ち直って口を開く。
「…………メモに、少女なんて書いた覚えはないのですが」
「さすがに書いてあったとしても連れて帰ったりはしないぞ!?」
だが、まだまだ動揺していたようでよく分からないことを口走ってしまう。
「いえ、でもそうでもないならどうして……。ああ、そんなことの前にまず警察を呼ばいないといけませんね……!」
「一瞬、ほんのちょっとでいいから落ち着いてくれ! 警察なんて呼んだら俺はもちろんハクだって良くない状況になるだろ!?」
「私のことなんていいのです! 貴方の毒牙がその子に噛み付く前にどうにかしないと……! よりにもよってこんな幼子を……!」
「人聞きのいいところが一つもないっ! だからそうじゃないんだって! ちゃんと理由を話すから! ていうかハクの中で俺の信用そんなにないのか!?」
大黒の必死な弁明でほんの少し冷静さを取り戻したハクは一旦呼吸を整え、鋭い眼光で大黒を睨む。
「ふぅー……、いいでしょう。話は聞かせてもらいます。ですが納得できなかったら貴方との共同生活もここまでということで」
「重すぎる……、それに子供は大切にするって話をしたばっかなのにここまで疑われるのが辛すぎる……。まあ、話を聞いてくれるならいいや。いつまでも玄関で話してるのも疲れるしリビングに行くか」
そう言って大黒は靴を脱ぐ。
「うちにはスリッパなんて無いから靴を脱いでそのまま上がってくれ。掃除が行き届いてるから汚くもないはずだ」
「……私に対してそんなに気を使わなくてもいいのよ。そこがたとえ針の上だろうと私は気にしないから」
「それは気にしてくれ。怪我じゃすまないだろ。それに特別気を使ってるわけじゃない、こんなのは人として当たり前の気遣いってやつだ」
自分の扱いなど適当でいいという磨に大黒は苦い顔をして返事をする。
磨のような子供がそんな事を言ってしまうというのは、大黒にとってあまり気分のいいものではなかった。
(もし、しばらくこの家にいるんだったらその辺りの認識を変えていくか……)
これからの事を考えながらリビングに着いた大黒は、食卓の前でハクに手招きする。
「とりあえず椅子が二つしか無いから、磨用の椅子を買うまではハクは俺の膝の上に座ってくれ」
「百歩譲って貴方が椅子になるならともかく、貴方の膝の上になんて誰が座りますか」
「はぁー……、ハク、子供の前でそんな教育に悪いことを口に出すもんじゃないぞ?」
「あれあれ? 今私が諭されてます? そろそろ口より先に手が出そうなんですけどそれでもいいですか?」
「…………私はここでいいわ。椅子なんてなくても困らないから」
じゃれ合う二人を横目に、磨はフラフラと大黒に近づいてその場に体育座りをした。
そして床に座った磨を見た大黒はハクとの会話を中断し、思いっきり頭をかきむしる。
「あー! もう! そんな事させるくらいなら最初っから家に入れて無いんだよ!」
大黒は叫びながら磨を持ち上げ、普段自分が使っている椅子に座らせる。
「とりあえず磨の席はここな、俺は自分の部屋から椅子持ってくるし気にせず使ってくれ」
「最初っからそうしましょうよ……」
「いや、ハクと合法的に触れ合える機会なんて無いからつい」
「一応言っておきますけど、今日の貴方に合法的な部分なんて無いですからね?」
「合法的な部分が無いってそれはもう世界的な犯罪者の部類では」
「そう表現しても過言ではないですね」
「全く……、ツンデレだなぁ。ハクは」
「大変不本意なので、自分に都合の悪い発言をツンデレで済ますのはやめてほしいです。切実に」
大黒は真剣な顔で懇願してくるハクを無視して、椅子を取りに行くため一旦自分の部屋へと向かった。
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