第36話
「蓮、お前サーモンほんっと好きだよねえ。何皿目?」
アニキは頬杖をついて俺をじっと見ている。久々の兄弟水入らずの回転寿司だ。
「だってうまいんだもん。もう四皿目。大体毎回行く寿司屋のサーモン系は制覇してる。」
なぜここに来ているかというと、フローレンス改め猫谷儚日のよくわからない行動についてアニキと話をするためだ。あいつがあのガキとなぜ付き合ってるのかはまだ聞けていない。メールで聞いても今度学園祭で話すとしか返ってこなかった。メールで打つのはややこしい内容なのだろうと思ってこれ以上の詮索はしなかった。
「アニキはなんで初っ端からデザートなんだよ。」
「甘いの好きなんだよ。いいでしょ?」
アニキが前世について記憶があるのかはわからないが、前世と同じようにあいつを慕っているのは変わらないようだし…。アニキこのままでいいのか?ずっと前からの想い人とられるぞ?と捲し立てたいのだが、どうも話に進めない。
「今日は引っ張り出しちまってすまねえな。学園祭のでサックスの練習もあっただろ?」
「別に大丈夫だよ。あれくらいどうってことないさ。久々のお前との飯断る方がどうかしてるって。」
どこまでも人が良いアニキだ。このままあのガキにあいつを譲るなんてこと…ありそうだから本当に困るんだ。
「…あいつは呼んでんのか?」
「儚日ちゃんのこと?ああ、そういえば最近仲良いよね。誘ったよ、お前のとこ行くのも楽しみって言ってた。」
俺のサークルは今年は焼きそばを作る。馬鹿の一つ覚えみたいに毎回焼きそばしか作んねえんだよな。
「じゃああいつは彼氏連れてくるってことか?」
少し意地の悪い質問を投げかけてみた。いつも笑顔のアニキの眉が一瞬ピクリと動いたが、すぐに戻る。
「…やっぱり、あの子と付き合うことにしたんだ。聞いてなかったな。」
「今度会った時言われんじゃね。ってかよ、アニキあいつのこと好きだったんじゃねえの?いいのかよ?」
やっと本題に入れた。が、アニキは温かいお茶を一口飲んではあとため息を吐いた。
「蓮、あの子は俺の妹みたいな存在だよ。そういう風に見ていない。」
「じゃあなんで色々助けに行ってるんだ。必要以上にアニキはあいつに関わってる。それにあいつのことになると異常な反応示すじゃねえか。」
「それは、誰から聞いたの?儚日ちゃんかな?俺はあくまであの子の保護者だ。あの子を守ったり、支えたりするのは普通だよ?」
少し怒気を含んだ声と笑顔。話をなんで知っているかはアニキの言った通りだが、なんだかムカつくからしらばっくれる。こいつは弟が好きなやつとお友達なことにも嫉妬しているのだ。
「さあ?それを言う義理はねえよ。保護者だ?笑わせるな、そう言って後から後悔するのはアニキだぜ。俺から見たってアニキがあいつに惚れてるのはわかる。あいつは気付いてないかもだけどよ。」
「お前その話するために今日呼んだのか。そうか…じゃあ逆に聞くが、俺が今更足掻いたってどうにもならないだろ。」
完全に諦めた乾いた笑顔。アニキの、笑顔なのに表情がコロコロ変わるさまは見ていられない。昔から俺まで悲しい気持ちになる。
「はあ!?まだまだわかんねえだろ!とっちまえよ、まだあいつは揺らいでるんだ。」
「俺が願うのは彼女の幸せだ。それ以上は何も望まない。そう決めている。俺が気持ちを伝えたところで彼女が困惑するだけだ。」
それは、前世でも聞いた言葉だった。アニキは夕島輝也となった今でも自分を制御しているのだ。もうあいつとアニキを隔てる壁は何もないというのに。
「…それを決めるのはアニキじゃねえ。あいつだよ。」
「ははは、ありがとう。相変わらずお前は優しいな。…だけどな、一回譲っちゃったんだ。もう決意は固まったよ。諦めるしかない…情けないお兄ちゃんを叱ってくれ、蓮。」
なんだかやけに今日は喋るなアニキ。好きな奴の話をしているからか少し顔が赤い。
「高校生だから何があるかわからねえぞ。その頃って意外とパッと付き合ってパッと別れたりするだろ。」
「うーん、そしたらねえ。…今度は儚日ちゃんが他を見る隙なんてないくらい、俺の事で夢中にさせちゃうかな、なんてねえふへへへ。」
アニキはそう言いながらフラフラして机に突っ伏した。おいおいおい!!!
「は?お前もしかして…このデザート酒入ってるじゃねえか!この程度の酒で酔うとか、呆れた。」
アニキが酒弱いの忘れてた。なんとか会計を済ませ、アニキを担ぐ。前世でもこんなことあったなあ。懐かしい。
ーーガチャッガチャッ
それからしょうがないからそのまま俺の家へアニキを連れてきた。お互いの家も大学も同じくらいの距離だから別に今日くらい泊まりでも大丈夫だろう。
「んへえ…蓮、ここどこお?」
「俺ん家、アニキちゃんとしろよな。俺だったからいいけど。そんなヘロヘロじゃ女に逆に持ち帰られるぞ?」
サークルとかゼミの飲み会でとても心配になる。本当に気をつけていただきたい。ただでさえお前を狙っている女はたくさんいるんだ。
「だいじょおぶだよ。俺はねえ、飲みとか全部断ってふの。儚日ちゃんに会いたいからさあ。」
「はいはい、あいつ大好きなのはもうわかったから。」
「うん、儚日ちゃんだーいすき。昔からだーいすき。ないしょだよお?あ、でもお蓮のこともだーいすきだからね。」
「はいはい。わかったから早く寝ろ。ベッド使っていいから。」
俺のクッションに抱きつきながらアニキは言う。さっき回転寿司で隠してた気持ちダダ漏れじゃねえかおい。眩しいニコニコ笑顔を俺にまで向けないでくれ。
「はあい。」
俺がベッドまで運ぶとそのまま転がっていく。風呂は明日の朝でいいかな。どうせこのまま朝まで起きないだろう。さーて、俺は風呂に入るかな。
「ねーえ、蓮?」
「ん?まだ起きてたのか。」
「ありがとうね。いろいろ迷ってたの、蓮のおかげでなんとかなりそうだよ。俺がんばってみるね。」
言うだけ言ってそのまま眠ってしまった。なんてアニキだ。生まれ変わってまでお前らのお膳立てすることになろうとは。
「ここまでやったんだから、俺の分まで頑張れよ。」
お酒でアニキが酔うのは予想外だった。だが逆にラッキーだったかもしれない。アニキの本心を包み隠さず聞くことが出来たのだから。
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