第41話
※
かくして、この国の予備機は見つかった。
整備状況は、おおむね完璧。人知れず誰かがずっと整備をし続けていたんだろう、パッチ跡やグリースを丁寧に塗り込んだ跡が随所にあった。
空になった燃料タンクに燃料を入れればいいのが分かったが、ここにきて大問題が発生した。
この予備機は低速のレシプロ機、それも一人乗りだった。
どんなに荷物を捨てて軽くしても二人までしか乗れない。それに夜明けも近くなった紺色の地平線には、見覚えのある巨大艦艇が刻々と近づいてきている姿が見えた。
煙を吐き出す大破艦に、その周囲を細かな黒い粒のようなものがびっしりと覆っている。あれ全部がジオを攻めた生物兵器たちだと思うとゾッとした。
それとは別方角からも、新手の追っ手がいる。最新鋭の小型飛行艇とアークエンジェルたちの大編隊が、ハヤミ達の隠れる地下都市に迫りつつあった。
眠れる地下都市が震えはじめ、心なしかそこらじゅうから地鳴りが聞こえ始める。
「嫌な予感しかしない」
まどろむ少女を物陰に隠し、ハヤミは地平線の彼方を双眼鏡で覗きこんだ。
こんどは地鳴りが一段と大きく響き、比較的近くにあった地面が動いて盛り上がり、ばりばりとガラスを砕いて内側からミサイルサイロが姿を現した。
空港の地上施設や寂れた管制塔が次々に破壊されそれら廃墟に偽装されていたサイロや隔壁が次々に姿を現し、今まで何もなかった地上部は次第に要塞のていを成していく。
そして現れたシェルターのシャッターが開き、非常用として使うのであろう、歩行型の戦闘車両や重戦車、対空車両などが現れる。
ただし、それら予備兵器たちは地上に出てきはしたもののそれ以上動こうとしない。
エンジン音が基地全体に響く。初期動作チェックをこなす機体もある。
だが兵器たちは動かなかった。
ただ主を待って控えている巨人たちのようにその場で膝をつき、静かに地面を見つめている。
寒気を感じた。今までけだるそうだった少女が、まるで夢遊病者のようにそれら兵器へ近づこうとしていた。
「やめろ! おい、やめろってユーマ! 死ぬぞ!」
ハヤミは力ずくで少女を押さえ込もうとしたが、少女は動きにくそうな体ではあっても、まるで渾身の力を入れて肢体を動かし続けた。それも声にならない声をあげながら。
その言葉は、ほとんどかすれ声で聞き取れない。体を押さえつけ顔を両手で覆うと、少女の体が異様に冷たかった。
まるで生気のない顔で、ほとんど聞き取れないくらい小さな声で何か呟いていた。
徐々に近づいてくる爆音と、艦載機たちが上風を切る音が直上の空を舞い始め、彼女の言葉は声になっていなかった。だがハヤミにははっきりと聞こえた。
「プルー シ、もういい、休め」
まるで部品か何かのような言葉だった。それが彼女の名前だった。
彼女は兵器だったのだ。
「……はじめやがった! くるぞ!」
カズマが叫び、空気を裂くような飛翔体の飛ぶ音とエンジン音、爆発なのか地面が抉られたときの地響きなのか分からない衝撃が体全体を覆い、少女をかばうハヤミの背中を熱い衝撃波が走る。
見上げると船底が見えた。それは小さな強襲上陸艇で、底部に多数の戦闘車両を垂下し敵地に上陸する構えのジオの海兵隊。その強襲艇を体当たりで押しのけ、今度はあの飛行空母が頭上に現れる。
発砲を始めた地上の対空迎撃システムたちが、空飛ぶジオの艦艇めがけて連装ミサイルを打ち上げる。その様子はまるで夏の夜空に見る花火のようだったが、空から降ってきたのはきらきらと光る火花や煙ではなく、血だった。
肉片と体の一部が雨のように降り注ぎ、そのうち一部の肉片は落下しても動き続け近くで待機していた戦闘車両に乗り込もうとする。
まるで人間のような戦闘車両が強襲艇から降下し、肉片を踏みつぶす。待機していた車両を破壊する。燃やし尽くす。それでもなお戦意を失わない、戦うだけの肉片たちは、武器を手に取り、爆弾を握りしめ、果敢にジオの兵士たちに襲いかかった。
あるものはコクピットを素手で破って中の兵士を殺し、あるものは味方が落としたミサイルポッドをその場で撃ち放って直撃させる。
「これが……戦場」
カズマが体を震わせ物陰で叫んだ。
そこへ誰かが入ってきた。カズマが頭を抱え悲鳴を上げる。咄嗟に、ハヤミは彼を撃った。撃たれて、絶叫し頭から後ろへのけぞって絶命したのは、ジオの兵士だった。
ハヤミは足下に倒れる少女を抱きかかえ、拳銃を握りしめた。
「戦って! 戦って! 互いに戦って! 地下に籠もって、なにが決められた未来だ! もうたくさんだ! 戦争は終わったんだ!」
返り血のついた額を震える手でぬぐい、ハヤミは拳銃をしまった。
格納庫の屋根を破るように上から歩行型のウォーカー、人型の戦闘車が乗り上げハヤミ達をのぞき込む。
所属はジオだ。その背面から、また別のウォーカーが乗り上げて銃器を構える。
鉄の殻で覆われた兵器の内側から、言葉では言い表せない祈りのようなものをハヤミは感じた。それがパイロットの念じた思いなのか、それともハヤミの思い込みなのか。撃たれて、血を流し、空からの機銃掃射で装甲板を貫かれ、人型の戦闘車両は獣のような雄叫びを上げてふたたび空を見上げる。
空には灰色のアークエンジェルたち。鉄のゆりかご、目を閉ざされ耳をふさがれた、戦うための獣。
「もうたくさんだ!!」
休眠状態に落ち着いた少女を担ぎ上げ、ハヤミはレシプロ機の翼に駆け寄った。
車輪止めを外し、少女を前席の隙間に押し込んでクランクシャフトを取り出す。
「カズマァ! 早くこっちに来い!」
「ム、ムリだそんなの!!」
格納庫の壁をいくつもの流れ弾が貫通し、大きな穴を開けていく。
「今飛び出ていったってただのいい的だ! 下に降りよう! 様子を見て脱出するんだ!」
「今飛ばなかったら一生飛べないままだぞ?!」
飛び交う弾丸を避けながら、カズマがレシプロ機の先頭まで駆けてくる。
「飛んだってこいつは一人乗りだ! 三人も乗るなんてムリだ!」
「大丈夫だ!」
ハヤミはカズマがプロペラを回したのを確認してから、イグニッションスイッチに指をかける。
「オレたちは飛べる、大丈夫だ!」
「なにが大丈夫なもんかよクソッタレ!」
クランクシャフトをエンジンに差し込み、カズマは全身でシャフトをぐるぐると回し始める。
甲高いスターターの音とともに徐々に電圧メーターが上がりだし、ハヤミはイグニッションキーを回した。
ガリガリッと音がする。だがうまくかからない。ジェネレーターは回るがエンジンが冷えているのか着火がうまくいかないようだった。
屋根の隙間から被弾した航空機が勢いよく舟艇に激突する様子が見え、ばらばらに散らばった破片が地面に向かって飛び散る様子が見えた。
さらにキーを回す。エンジンはかからない。
「もっと回せ!」
「やってるよ!!」
カズマは勢いよくシャフトを回し、それに連動してプロペラもかくかくと回りそうな勢いをする。
ハヤミがスタータースイッチを何度か入れた後、ようやく濃い煙が排気管から吹き出てプロペラが回り出した。
「乗れ!」
「言われなくなって!!」
クランクシャフトを抜き取って、顔にかかった油をぬぐいながらカズマが走る。直後、格納庫の外からウォーカーが突っ込んできて仰向けになり行動不能になる。
破壊された壁から順にすべての壁が崩れ落ち、世界のすべてが目に入る。
嫌でも目に入ってくる、耳に聞こえる、鼻に訴えかける地獄絵図。燃える廃油、汚泥、血まみれになった無人の機体、膝から崩れ落ち銃口を地面に突き刺して擱座するウォーカーたち、空を飛び過ぎる輸送機の群れ、爆撃機を無人機が追いかけ、あるいは爆散して小山にぶつかるもの達が無数に飛び交う、非武装のハヤミたちのレシプロ機はそんな戦場のど真ん中にいた。
プロペラ機は出力を上げ滑走路に向かう。
「早くッ! もっと!」
カズマがコクピットで暴れ操縦桿がうまく操作できない。
座席を前に倒し、荷物を捨ててカラになった胴体部にカズマの体を押し込む。上部の取り出しパネルを開いてカズマが顔を出し、ヘルメットを抑えながら怒鳴った。
「とにかくすすむぞ!」
「おうよ!」
広域な戦場の真ん中で燃える戦車たちを置き去りに、ハヤミたちのプロペラ機は前進する。だが飛行場はすでに穴だらけで、破壊された車両や爆散したミサイルの破片が飛び散り滑走するのもままならない。
低空をあの巨大飛行空母がかすめ飛び、小さく爆発を伴いながらなおも高度を下げつつ飛び続けている。その真下を、輸送機、揚陸艇、小型無人機の群れ、ありとあらゆる兵器たちが飛び交っている。
ばりばりとエンジンが音を立て、エンジンオイルが胴体に張り付いた。
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