第12話 「お兄さん。」

 〇島沢真斗


「お兄さん。」


 真珠美ちゃんに、メガネが直った事を伝えて。

 それを渡すために、真珠美ちゃんの学校帰りに待ち合わせをした。

 あまり遅くなっちゃいけないから、塾が休みの木曜日。



 僕は…昨日みんなの協力もあって、鈴亜と気持ちの再確認が出来て…

 今日は、もう…朝から顔に締まりがない。

 ルームでもみんなに『まこ!!笑うな!!眩しい!!』って…

 意味わかんないよね。



「あ、真珠美ちゃん…」


 真珠美ちゃんは、僕がお詫びに買ったメガネをして…前髪をあげてピンで留めていた。


「すごく雰囲気違うね。」


 僕が笑顔で言うと。


「…お兄さんが言ってくれたから…」


 真珠美ちゃんは、はにかみながら答えた。

 前髪だけじゃない。

 少し重たく感じてた肩までの髪の毛も、シャギーの入った軽い感じになってて…

 唇も、艶々だ。

 リップクリームかな?



「これ、メガネ。」


 直ったメガネの入った小さな紙袋を渡して。


「本当、迷惑かけてごめんね。」


 顔の前で手を合わせる。


「いえ…あたしこそ、新しい眼鏡買ってもらって…」


 僕と真珠美ちゃんがそんな会話をしてると…


「真珠美。」


 聞き覚えのある声…

 目の前の真珠美ちゃんの顔色が、さーっと悪くなった。

 二人で声のした方を見ると…


「おまえ、塾は。」


 あの…邑さん。

 真珠美ちゃんの…お兄さん。


「え…休みだもん…」


「嘘つけ。今日は英語の日じゃねーか。」


 その言葉に、僕は真珠美ちゃんを見る。

 もしかして…わざわざ休んだの?


「おまえ、何者だ。」


「お兄ちゃん、この人は…あたしのメガネを直してくれた人よ?」


 真珠美ちゃんがそう言って、お兄さんと僕の間に入ったけど…


「あ?メガネを直した?直したのは眼鏡屋だろ?真珠美のメガネを壊して、似合わねーメガネ買ってよこして、何か企んでたんじゃねーか?あ?」


 お兄さんは…ずいずいと僕に近付いてくる。

 すごく威圧感もあるし、妹を守りたい気持ちは本当なのかもしれないけど…


「…似合わないメガネって、何よ…」


 僕が言おうとした事が、他から聞こえて来て驚いた。

 真珠美ちゃんを見ると、握りしめた両手を震わせながら…


「似合わないメガネって何よ!!あたし、生まれて初めてオシャレが楽しいって思えたの、このお兄さんのおかげなんだから!!お兄ちゃんは、あたしの事、何も似合わないブスって思ってたのね!?」


 すごい剣幕で…そう言った。


「なっ…何言ってんだよ!!ちげーよ!!俺は、おまえの事ブスだなんて…」


「じゃあ!!どうして友達に妹だって紹介しないの!?あたしがブスだからよね!?」


「こっ今度紹介する!!絶対する!!」


「しなくていい!!お兄ちゃんのバカー!!」


「真珠美!!」


「……」


 僕は…そのやりとりを前に、呆気にとられて…言葉が出せなかった。


「てめぇ!!覚えてろよ!?」


 なぜか、そんな捨て台詞まで吐かれて…


 だけど…



 兄弟ゲンカって、いいなあ…なんて、ちょっと思った。



 〇高橋佐和子


「…邑さん?」


 あたし、眉間にしわを寄せて…その姿に声をかけた。


 今日、あたしは…鈴亜が美容院に行くって言うから付き合った。

 二人して、バレない程度のヘアマニキュアをして、帰りには雑貨屋でイニシャル入りのクマのぬいぐるみを見て騒いだりなんかした。


 …なんていうか…

 あたし、今まで男と遊ぶのが忙しいって言うか…

 鈴亜の事、友達だって言いながらも、こんな風に過ごす時間ってあまりなかった気がする。


 鈴亜は若干箱入り娘だからか…学校が終わると、すぐ家に帰る子。

 だから、あたしが鈴亜と居るのは、学校にいる間だけって感じだった。

 ま、男がくっついて来てた時は?

 おこぼれもらおうと必死だったけど。


 鈴亜、今まで一人で美容院行ったり、雑貨屋眺めて帰ったりしてたのかな…

 なんて思うと、今度からあたしがそれに付き合いたいって思った。

 だって、意外と楽しかったんだよね…

 女同士で戯れるのが。



「…おう。佐和か…。」


 あの邑さんが…

 すごい猫背で、今にも倒れそうな雰囲気で…

 バイクに寄りかかってるとは言い難い体勢で…


「おまえ待ってたんだ…」


 あたしを待ってたらし…………えっ?


「え…えっ?あ…ああああたし…?」


「ああ…」


 どっどうしてー!?

 邑さん…もしかして、あたしの普通過ぎる女の魅力に気付いちゃった!?

 可愛い鈴亜の後に、ちょっとお茶漬け的な!?


 あたしが勝手にそう盛り上がってると…


「…鈴亜…元気にしてるか?」


 あ。

 そこですか…。


「元気ですよ。彼とヨリが戻って幸せの絶頂です。」


 期待持たせるのもどうかと思って、あたしはストレートにそう言った。

 すると、邑さんはハッと顔を上げた後…


「も…戻ったのか…」


 ガクッと膝を地面に着いて…もう…何だか…酔いしれてない?って、引いちゃう。


「あの二人、もう固いですよ。諦めた方がいいかも。」


 追い討ちをかけるように。


「結婚するかもだし。」


 そこまで言うと。


「うう…鈴亜…ううう…」


 はっ!?

 邑さん、泣いてんの!?


「天使とか…よわっちい奴かと思ってたのに…」


「う…そ…それは…」


 確かに…見た目…強そうではないよ…


 でも!!

 鈴亜と並ぶと、こっちがニヤケちゃうぐらい、可愛い二人なんだもん!!



「邑さん…こう言っちゃなんだけど…幸せになれよってビシッと身を引く方がカッコいいと思う…」


 あたしが遠慮がちにそう言うと、邑さんはしばらく何か考えてるようだったけど…やがて…


「…そうだよな…そうだ…って、頭では分かってんだけどな…」


 そうつぶやくと、ゆっくり立ち上がってバイクに手を掛けると、無言でそれを押して歩いて行った。


 …邑さん!!

 最近、あたしの前では押してしかいないよ!?

 前みたいに、颯爽と乗ってカッコ良くキメてよー!!




 〇邑 慶彦


 俺は…落ち込んでいる。


 鈴亜から男がいると聞かされた後、諦められずに学校まで行くと…さらに男を忘れられないからと強く言われ…

 そんな時に、妹の真珠美がオシャレをし始めたのが気に入らなかった。

 どう考えても男だろ!!って、二人の弟も真珠美の変貌ぶりを遠巻きに見てた。

 俺がついてなきゃ、今頃いじめられっ子だったはずだ。


 おとなしく慎ましく、目立たない真珠美がいじめられずに済んだのは、常に俺が真珠美の後で存在感を出していたからなのに…

 俺は長男として、弟達と妹を守る義務がある。

 今まで通り、普通にしてりゃ良かったのに…

 真珠美はオシャレ女子がかけるようなメガネをして帰って来たかと思ったら…

 髪型も変えた。


 それまでおふくろの塗ってる何かの油みたいなのを使ってたのに、お使いのついでにドラッグストアで安かったとか言って、塗るだけでほんのり色付くリップなんて買ってきやがって…

 まだ早い!!

 俺はそう思いながらも、特には口にしなかったが…

 そんな真珠美が…


 天パか!!って言いたくなるような、完璧なパーマ頭の男と楽しそうに話してやがった。

 確か、英語の塾の日なのに。

 それを休んでまで!!


 聞けば、やたらと『なよっぽい』その男は、真珠美のメガネを壊した男…

 て事は、俺が殴った男。

 本来の俺なら、ビシッと無礼を詫びる所だが…

 真珠美のかけたシャレたメガネも、そいつからの贈り物だと知って逆上した。

 まだ早い!!


 だが、俺の注意を真珠美は聞くどころか…


『似合わないメガネって何よ!!あたし、生まれて初めてオシャレが楽しいって思えたの、このお兄さんのおかげなんだから!!お兄ちゃんは、あたしの事、何も似合わないブスって思ってたのね!?』


 ブス…

 ブスなんて!!

 いや…

 そりゃあ、鈴亜と会った日は、真珠美の顔ってどうしてこんなに平坦なんだー?って思わなくもなかったが…


 いやいやいやいや!!

 あーーーー!!

 俺、兄として最低だ!!


 自分のまいた種なのに、1万ポイントぐらいのダメージを受けた。

 そのまま鈴亜に会いたくて桜花の近くをウロついてると…佐和に会った。

 つい、流れで…佐和を待ってた。なんて言って…

 なのに鈴亜は元気か?って聞いた俺に、佐和は…


『あの二人、より戻しましたよ』


『結婚するかも』


『幸せになれよってビシッと身を引いた方がカッコいい』


 …………あああああああ!!


 そこでもまたダメージを受けて、押してるバイクもいつもの100倍重い気がする…

 やっとの思いで家に帰り着くと…


「ああ、もう…やっと帰った。慶彦、ご飯だよ。」


 おふくろが、面倒そうに言った。

 テーブルには、祖父母も親父も二人の弟も真珠美も…着席してる。

 俺が真珠美を見ると…真珠美はチラッと俺を見たものの…ふいっとそっぽを向いた。


「……」


 無言で椅子を引いて座る。


「真珠美の塾が休みだと、全員揃ってご飯食べれるんだなって思うと、あまり行かなくていいんじゃないかって言いたくなるなあ。」


 無口な親父が、ボソッとそう言った。


 …え?

 本当に今日休みだったのか?


 さりげなく、電話の横にあるカレンダーに目をやると…

 真珠美の予定が何も書いてない。

 毎週木曜は英語なのに、今日だけ何もない!!


「…先生、新婚旅行なんだって。」


 いただきます。をして、茶碗を持った真珠美が小さく言うと。


「ま~、いいわねえ。どこに旅行されるのかしら。」


「オーストラリアって言ってた。」


「じゃ、アレだよな。コアラと写真撮ってくるやつだ。」


「オーストラリアってコアラ以外ないよな。」


「マサ兄ちゃん行った事ないクセに。」


「ははっ。」


 家族の楽しそうな会話を聞いて、俺だけが蚊帳の外な気がした。

 真珠美を守って来たつもりが…

 俺は…



 とんだ自己満足野郎だ…。

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