第10話 「わああ…可愛い…」

 〇朝霧光史


「わああ…可愛い…」


 目の前で、鈴亜りあがメロメロな顔をする。


 何にかと言うと…

 センの息子、詩生しおに。


「はじめまして~。」


 鈴亜がそう言うと、詩生は小さな手をパチパチと叩いた。


「あっ…詩生、それは挨拶じゃない…」


 センが苦笑いしながら。


「よろしく、ほら。よーろーしーくー。」


 そう言うと、詩生は少しがに股になって頭をチョコンと下げた。


「すごい。もうすっかり歩いてるし…子供の成長って早い。」


 瑠歌は久しぶりに会う詩生に、目を丸くした。


 前に会ったのは…知花んちで…か。

 陸の結婚式の打ち合わせで集まった時。

 あの時はまだ、詩生はつかまり立ちをしていたぐらいだったけど…


「こりゃ、目が離せねーな。」


「うちではおとなしいよ。知らない家に来ると、好奇心がすごくて…あっ、詩生。」


 言ってるそばから、カーテンにぶら下がる詩生を、センは『めっ』て言いながら抱えた。


「瑠歌ちゃん、調子はいい?」


「ええ。世貴子さんも?」


「あたしは二人目だから、気分的にも楽かな。」


「そっか…色々教えて下さいね。」


 瑠歌は、妊娠五ヶ月。

 そして、世貴子さんも妊娠三ヶ月。

 同級生が産まれるって事で、若干盛り上がっている。

 センに色々教わらなくちゃな…

 いくらノン君とサクちゃんを見てたからって、あの時みたいに全員で力を合わせて…とは違うんだし。



「詩生君、あたしが抱っこしたら泣くかなあ?」


 鈴亜が、ワクワクを隠せない顔で言う。

 …今日は…陸がまこを誘って飲みに行っている。

 で、行き着く先には神さんと知花、聖子と浅香さんもいる。

 聖子達はともかく…神さん夫婦に刺激されて、鈴亜への熱が戻らないか…

 そして、子供を目の当たりにする鈴亜が、まことの結婚に再び夢を持たないか…


 …て。

 俺達、どれだけお節介なんだ。



「詩生、お姉ちゃんに抱っこしてもらえ。」


 センがそう言うと、詩生は鈴亜を一瞬見て…


 ぷいっ。


「えー!!どうして~!?」


「あはは。照れてるんだよ。もう少し時間が経てば、慣れるから。」


「よーし。あたし頑張る!!」


 それから…鈴亜は自分の部屋からぬいぐるみを持って来たり、図鑑を持って来たりして詩生の興味を引いていた。

 センと俺は詩生を気にしながらも、二人でギターを持ってディスカッションをして…

 嫁二人は、妊娠中のアレコレについてを…かなり濃く話しているようだった。



「見て見て~。」


 鈴亜が遠慮した、だが、はしゃいだ声で言って…それを見ると。


「あら、詩生、いいわね~。お姉ちゃんに抱っこしてもらったの~。」


 世貴子さんが、笑顔で言う。

 鈴亜の腕の中の詩生は、ぬいぐるみを持って…満面の笑み。


「あー…本当…天使…可愛い…」


 詩生を抱き上げて嬉しいはずの鈴亜は…

 だんだん切なそうな声になって。


「…ほんと…あたし…バカ…」


 消え入りそうな声で…そう言った。




 〇高橋佐和子


「……」


 あたしは今…

 鈴亜のために、ひと肌脱ごうとしてる。

 今まで、こんなに…誰かのために何かをしようなんて、思った事ないかもしれない。


 …だって…

 鈴亜、あれから全然元気なくって。

 授業中も、うわの空。

 遊びに行こうって誘っても、全然乗って来ない…

 …当然か…


 あたし、責任感じちゃうよ…

 あたしがDに誘わなければ。

 あたしが、若い内から一人に絞らくてもいいって言わなければ。

 鈴亜…邑さんと出会う事もなかったし、彼氏と別れなくても済んだよね…



「…さむっ…」


 この前、邑さん達と立ち寄ったバイクショップ。

 あたしは、その近くで通りを張り込んだ。

 鈴亜の彼氏…あの、天使みたいな彼氏…

 確か、業界人って聞いてたから…ビートランドの人だよね?

 でも、あんな天使…テレビに出てたら一発で覚えちゃうはず。

 て事は、売れないアーティストなのかなあ。


 もし、天使に出会えたら…鈴亜ともう一度話し合ってくれって…言いたい。

 あれから全然キラキラしてない鈴亜を見るのは、あたしも辛い!!



「うー…会えるかなあ…」


 両腕を擦りながら、辺りをキョロキョロする。


「……」


 こんな所に居なくても…

 ロビーまでは、一般人も入れるんじゃ?

 あたしは、通りの向こうにババーンとそびえ立ってるビルを見上げて。


「…何も、上まで行くわけじゃないし…ね…」


 ロビーにお邪魔する事にした。



 でも…ロビーに入った途端。

 業界人に全く興味のないあたしでも…さすがに興奮した。

 見た目からしてバンドマン!!て人とか…

 ちょっと風変わりな人とか…

 そうかと思うと、大工さん?って思っちゃうような道具を持って歩く人とか…


 わあ…すごいなあ…

 こんな世界って、あるんだ~……って。

 そんな事思ってる場合じゃない。

 つまみ出されないようにコッソリと、天使を探さなくちゃ。


 さりげなくキョロキョロしてると…


「すぐ帰って来るから。」


 いた!!天使!!


「そんな事言って、最近ちょくちょく出かけ過ぎー。あたしも行く。」


 そんな天使には…オマケが付いてた。


 黒い長い髪の毛。

 背の高い…日本美人!!


「…来なくていいし。」


「どこ行くのよ。」


「…眼鏡屋。」


「何しに?」


「眼鏡屋には眼鏡でしょ。」


「まこちゃん、目いいじゃん。」


 あたしがさりげなく二人について歩いてると…日本美人があたしに気付いた!!


「…誰かに用?」


 自分と、天使を交互に指差して…あたしを見る目は…すごく力強くて圧倒される!!


「あっ…あたし…」


 女の人なのに、ドキドキしちゃう!!

 だってー!!

 この人カッコいい!!


「あら、桜花の制服ね。」


 その人、あたしの着てるコートを指でスッと少しだけめくって、制服を見た。


「はっははい!!」


 すると…その間に…


「じゃ、僕ちょっと行って来るから。」


 天使が、走って行ってしまったーーー!!


「あっ、まこちゃん!!」


「すぐ帰るからー。」


「ビール買って来てー!!」


「……分かったー。」


 ビ…ビール?

 仕事中…に?



「さて。あなた、もしかして鈴亜の友達?」


 突然、日本美人があたしに向かい合って、腰に手を当てて言った。


「え…えっ!?なんで…?」


「まこちゃんに会いに来たんでしょ?」


 日本美人は天使が走り去った方向に目をやって言った。

『まこちゃん』なんて…

 可愛くて似合いすぎる!!



「…鈴亜、すごく落ち込んでて…」


「うんうん。そうだろうねえ…」


「鈴亜が他の人と遊ぶようになるキッカケ…作ったの…あたしなんです…」


「……」


「すごく…責任感じちゃって…」


「…そっか。」


 日本美人はあたしの手を引くと、ロビーの奥の方に連れて行って。


「何がいい?」


 自販機の前で、指差した。


「あ…えっと…じゃあ…」


 種類が多くて悩んだけど、あまり見た事がない気がして、アップルティーにした。

 日本美人はあたしを連れて、その奥にあるテーブルのある部屋に入った。


「…あたし、入っていいんですか?」


「大丈夫。あたしが一緒だから。」


「…ありがとうございます…」


 今まで、ずっと普通に生きて来て…こんなの、夢みたい。

 日本美人の左手には、キラキラ光る指輪…


「…結婚されてるんですか?」


「ん?ああ、うん。6月に結婚した。」


「わ~…新婚さんですね。」


「そ。うちのバンド、独身はまこちゃんだけ。」


「…え…」


「うち、女二人男四人のバンドなんだけど、まこちゃんだけ独身なもんだから…社内の女達、まこちゃんに猛アタックしてるよ。」


「……」


 天使がバンドを組んでるってのも、ちょっとビックリだった。

 何となくだけど…アコースティックシンガーかなー…なんて。

 でも、モテるのは分かるよ。

 見ただけで癒し系って思ったし…

 さっきの、日本美人を振り切る時の、颯爽とした感じ。←慣れてるだけだよ!


 うーん…

 鈴亜!!

 邑さんなんて比べものにならないじゃん!?

 なんで邑さんになびいちゃったの!?


 …って、あたしが言えないか…



「ねえ、近い内に、鈴亜をダリアに呼び出してくれないかな。」


 日本美人にそう言われて、あたしは眉間にしわを寄せてアップルティーを見つめてた視線を上げる。


「…え?」


「あたし達も、あの二人…どうにか元サヤにおさめたいのよね。」


「や…やります!!何でもやります!!」


 あたしが力強くそう言うと。


「ふふっ。頼もしいわ。じゃ…そうねー…」


 日本美人はポケットから小さな手帳を出して…

 だけど、その手帳には…


「…それ、スケジュール…?」


 あたし、つい見えたページに…目を丸くした。

 だって…ビッシリ!!何か書いてある!!


「あ~、そう。ここの会長って、社員をこき使うので有名なのよね~。」


「…バンドって…」


「あ、うちら?そ。バンドなんだけど、海外向けのバンドなの。」


 そういうのがあるんだー…って納得しながら、あたしは日本美人と打ち合わせを進めた。


 鈴亜と天使、元サヤ作戦。

 上手くいきますように!!


 * * *


「ねえ、鈴亜。」


 教室の窓際で、ボンヤリ外を眺めてる鈴亜に声をかける。

 最近の鈴亜は、なんて言うか…肌もカサカサしてるし、髪の毛も前ほど艶々じゃないし…

 とにかく…

 一言で表すと…


 …枯れてる。


 それもこれも、あたしのせいだよね~!?

 ごめん鈴亜!!

 だから…だから、あたし頑張るから!!



「鈴亜ってば。」


 声をかけても反応しない鈴亜の肩に手をかけると。


「あっ…何?ビックリした…」


 振り向いた鈴亜は…まあ…可愛いんだけどさあ…

 でも、あたしが知ってる『超絶可愛い鈴亜』じゃないんだよね…



「今日か明日、ダリアに寄らない?」


「…寄らない…」


「えー、たまにはさ、女同士で語ろうよ。」


「…何を?」


「う…た…たとえば…将来についてとか?」


「……」


 鈴亜は大きく溜息をつくと。


「あたしの将来なんて…あの時に終わっちゃったんだよ…」


 すごくうなだれて、机に突っ伏した。


「おっ終わったとか言わないでよ~!!」


 あたしは前の席に座って、鈴亜の顔の真ん前に顔を置いて。


「あたし、すごく…責任感じてる。鈴亜が元気ないの…あたしのせいだしさ…」


 小声でそう言った。


「…どうして佐和が責任感じるの…」


「だって、あたしがDに誘ったりしなきゃさ…」


「……」


 鈴亜は少し考えてる風だったけど、ゆっくり身体を起こすと。


「…佐和は悪くないよ。全部あたしのせいだもん。」


 元気のない声でそう言った。


「でも…」


 あたしも身体を起こして、机の上で鈴亜の手を握る。


「…あたし、いい気になってたのかも。急に男の人達がチヤホヤしてくれて…」


 いや。

 鈴亜。

 今までもずーっと男達はあんたにチヤホヤしてたんだよ?

 だけど、それにも気付かなかったんだよね?

 彼氏の存在が大きすぎて!!



「あたしの彼氏…すごく真面目で…だから、邑さんみたいに少し悪ぶってるって言うか…危険な雰囲気を持ってる人に、ちょっと憧れちゃったのかも…」


「うんうん…分かるよ…そんな時ってあるよ…」


「…でも、あたし…それで彼を裏切ったわけだし…最低…本当…最低よ…」


「……」


 ああ…どうしよう…

 こんなに自信喪失してる鈴亜、初めて見る…


「そ…そんなに自分を責めないで…?」


 頑張れ!!あたし!!


「…彼…あたしの誕生日に、プロポーズしてくれたの…」


「えっ!?」


 さすがに、その告白には驚いた!!

 でも、あの天使にプロポーズされたなんて…

 羨まし過ぎるー!!


「そ…それ…」


「あたし…断っちゃったんだ…邑さんと遊び始めた頃で…楽し過ぎて…青春終わらせたくないなんて言っちゃって…」


「……」


 もう…言葉が出ないよ…


「その上…あたし…彼の誕生日…忘れちゃってて…」


「……」


 つい、あんぐり口を開けてしまうと、鈴亜はあたしの顔をチラッと見て。


「…ね?最低でしょ…?」


 泣きそうな顔になった。


「あ…ああああ…でもさ…付き合ってると、色んな事があると思う!!」


 恋愛経験って言うか…ほぼ遊びなんだけど…

 あたしの、疑似恋愛体験からすると…


 …ダメだ。


 軽過ぎる。



「…何の揉め事もないまま結婚するより、ケンカや障害を乗り越えて結婚に向かう方が、絶対…絆とかさ…愛も深まるんじゃない?」


 あたし、頑張って頑張って頑張って、言葉を振り絞った!!


「……愛…」


「そうだよ!!鈴亜、まだ諦めちゃだめ!!」


「…彼…もう…あたしの事なんて…」


「そんなの、分かんないじゃん!!鈴亜、まだ彼の事好きなんでしょ!?好きなら諦めちゃダメ!!絶対ダメだよ!!」


 あたしは握ったままの鈴亜の手を、さらに強く握って力説した。

 だって…

 日本美人の聖子さんと約束したんだもん!!

 絶対…絶対、二人を元サヤに!!って!!

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