第3話 さらば愛しき女よ

あれから『奴』の行方は消えた。


警察がヘマをやらかしたのだ。


あの日、女の部屋に踏み込んだのにまんまと逃げられたらしい。


「あの刑事も充てにならないな。少しはましな刑事だと思っていたが」



『奴』の居場所をマサに探してもらっているが、まだ連絡はない。


「まあ、焦らずやるさ」


俺は荒らされたマンションを出て、新たに部屋を借りた。


用心に越したことはない。




今日は病院に抜糸に行く。


頭の痛みは消えたが、心の痛みは更に増していた。


車を病院の駐車場に止め入口に向かう途中で意外な女に会った。


店の常連客の明日香だ。


「あれ、マスター」と声をかけてきた。


厄介な奴に会ってしまった。


俺は明日香が少し苦手だ。


見た目は成る程「いい女」と言う表現がぴったりだが、口の減らない所が珠に傷だ。


俺に妙に絡んでくるし、生意気な口を聞く。


まあ、お客さんだから無視する訳にもいかないので


「明日香ちゃん、病気?」と聞いてやった。


「ちげえよ、母の付き添い。相変わらず愛想無いね、マスター」と生意気な事を涼しい笑顔で言いやがる。


俺は苦笑してると


「マスター、頭殴られたらしいね。大丈夫? 心配してたんだよ」と優しい言葉もかけてきやがる。


「ああ、もう大丈夫だ。」と言った時、明日香は一点を見つめて、恐怖の顔色に変わっていた。


振り返って、明日香の視線の先を見る。


と、金属バットを持って走ってくる『奴』がいた。


何か大声で叫んでいる。


顔が歪んでいる。


明日香は俺にしがみついた。


『奴』がバットを振り上げる。


そして振り下ろす。


俺は明日香を守ろうと左手で防いだ。


「バキッ」と音がした。


俺と明日香はよろめくが奴は容赦しない。


明日香がへたり込んだ。


『奴』は再びバットを振り上げる。


俺は構わず『奴』に突進した。


『奴』のバットが俺の左肩に当たる前に俺の右ストレートが奴の顔面に食い込んだ。


『奴』は後ろにぶっ飛ぶ。


『奴』が立ち上がろうとした時、ようやく警備員が駆けつけて来たので、慌てて『奴』は逃げ出した。


逃げ足だけは早い。


警備員が追いかけて行く。


俺は明日香を抱き上げ、

「大丈夫か?」と聞いた。


「怖かったぁー。何、今の人。あっあっ、それよりマスター、左手が・・・」と青ざめている。


左手を見ると変な方向に曲がっていた。


「ああ、また入院かよ」


「ごめんね、私がマスターにしがみついたせいだよね」としおらしく言いやがる。


「いや、怖い思いをさせて悪かった」


俺は明日香を巻き込んでしまった事を謝った。


しかし、『奴』はますます許せない。




直ぐに手術をして入院となった。


次の日、武田刑事が若い刑事を連れて事情聴取にやって来た。


「やれやれ災難が続きますね。お祓いした方が良さそうですよ」


勝手な事を言いやがる。


「あなた達が早く捕まえないからでしょ」と、俺は言ってやった。


「あの件は誠に面目無い。あれは私のミスでした」と女のアパートで取り逃した事を素直に謝った。


「しかし、元ボクサーのあなたが二度も襲われるとはよっぽどの恨みがありそうですね」とわざとらしく言った。


「もう調べはついてると思うが」と俺が言うと


「さすがにお見通しですね。今度はヘマはしませんので今回は許してください」と言って帰って言った。



次の日から明日香は毎日会社帰りにお見舞いに来て、俺に絡んでくる。


「明日香ちゃん、暇なの?」と聞いてやる。


「何言ってるの? 悪いと思ってるから忙しいのに無理して来てあげてるんじゃないの。他には誰も来てくれないんでしょ」


「・・・」


俺は何も言えない。



やっぱり、この女は苦手だ。



永遠におさらばしたい・・・

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