七夕の日の物語

紅雪

東京から天へー彦星ー

蒸し暑い東京の空は厚い雲に覆われて、星の姿は見えない。

また今年もかと、星夏彦はため息をつく。

毎年七月七日「七夕」の日は梅雨とかぶることもあり、きらめく天の川を拝めることは少ない。

君の輝きはまたどこかにおぼれたままなのか。

「彦星、このあと飲みに行こうぜ。」

「いや、今日は用事があって。」

同僚からの誘いを断った。

「なんだよ、彼女か?」

「うん、そうだよ。」

僕がそう答えると同僚は驚いた顔をする。

なぜって、僕には恋人がいないと思っているからさ。

それは半分当たっていて、半分外れている。

僕の恋人は、この地にはいない。

瞬く夜空の中にいるのだ。


今年も待っていてくれるよね?織姫。

きっと待っているから、早くいかなくちゃ。



あれは約一千年も前のこと。

僕は君を見て一目で恋に落ちた。

それは君も同じだったようで、僕らは当たり前のようにひかれあって、幸せな時を過ごした。

ずっとこのままふたりでいようと誓い合い、世界中の誰もが僕らを祝福してくれているような幸せの中にいた。

そんなある日だ。

織姫が

「天に帰らなくてはならなくなった。あなたと長くいすぎたから。私は天女で人間にはなれないの。」

僕はもちろん追いかけて言ったよ。

「織姫が何者だってかまわない。君が人間になれないなら僕が天にいく。」

僕は何度も織姫の家族に頭を下げ続けた。

床にこすりつけた額から血が流れようと、僕は織姫のそばにいたかったから。


それからだ。1年にたった一度だけ。

7月7日の夜だけは織姫と一緒にすごすことができる。

織姫は人間と違う時空を刻み、僕は何度も転生した。


1年に1度だからと入念にセットした髪が崩れていくのも構わずに

僕は走った。

川岸に座る長い髪の少女。

煌めく衣を身をまとい、そわそわと小刻みに体を揺らしている。

「織姫。」

僕が呼びかけて、振り返った織姫の顔はいつも心細さに泣き出しそうで僕の心は締め付けられる。

こんな僕に恋をさせたからと。

出会わなかったらよかったって織姫に言われるのをどれほど恐れているかしらないだろう

もしも待っていてくれなかったらと縮みあがりそうなちっぽけな僕を知らないだろう

「もう、遅い。」

「ごめん。待っていてくれてありがとう。」

「当たり前じゃないの。」

364日分なんてなかったように、僕らは昨日も会った恋人同士であるように熱く抱きしめあって星空の下を歩きだす。

君に話したいことがたくさんあるんだ。

話しきれるかな。離しきれないよ。


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