第364話 やっぱりヘタレの俺
それは、ありふれた夕食のひと時だった。
桜先生は忘年会でいない。父さんと母さんと俺と後輩ちゃんと楓の五人。今日のご飯は白ご飯とお味噌汁と焼き鮭と野菜炒め。俺と母さんで作った和食だ。
笑顔で、美味しい美味しい、と食べる俺たち。ザ・家族の幸せ、と表現できそうなくらい極々ありふれた夕食の光景だった。
団欒のその空気を、たった一言でぶっ壊した奴がいる。
「お兄ちゃん、葉月ちゃん……今日ヤッた?」
「「 ブフゥッ!? 」」
同時にお味噌汁を吹き出し、激しく咳き込む俺と後輩ちゃん。
く、苦しい! 気管に入った。席が止まらない! ゲホッゲホッ! ゴホォッ!
涙が出てくるほど咳き込んで、やっと治まった。そのまま愚妹を睨みつける。楓は軽く受け流して、のほほんと俺たちを観察しながらお味噌汁を啜っている。
何が『今日ヤッた?』だよ。唐突過ぎるだろ。脈絡なさ過ぎ。
「今日は皆空気を読んでお兄ちゃんと葉月ちゃんを二人っきりにしてあげたんだよ。恋人同士が二人っきりならヤることは一つ!」
「一つじゃありません。俺は掃除をしてました。楓の部屋も掃除しました」
「ありがとうございまぁ~す! その後にヤッた?」
「うるさい。黙れ。ヤッてない」
掃除の後、後輩ちゃんにお風呂で全身をくまなく洗ってもらったけど。『洗ってもらった』じゃないな。強制的に洗われました。
タオルならいいんだけど、後輩ちゃんは悪戯モードへと変化し、素手で触ってきたから大変だった。ボディーソープでヌルッヌル。素肌を触るたびにくすぐったくて笑い転げたり、逃げ惑ったんだけど、後輩ちゃんに抱きつかれて……。
お互いにヌルヌルになって、くすぐり合戦が勃発しました。勝負の結果は、お互いに体が冷えて引き分けになった。冬にするものではないことがわかった。暖かくなってからまたやろう。
その後は普通にのんびりと過ごしていただけ。楓が言っていることはしていない。昼間で明るかったし。
俺と後輩ちゃんの様子から、楓も察したらしい。はぁ、と呆れたため息をついて、何故か俺だけをジト目で睨む。
「やっぱりヘタレ」
「なんで!?」
「ヘタレはヘタレなんだよ、ヘタレのお兄ちゃん。思春期真っただ中の肉欲に爛れた青春ならぬ性春を謳歌しようぜ! 目指せデキ婚! 学生婚やぁ~!」
「……後で説教な。そして、俺がこの家にいる間デザート禁止」
「マジでごめんなさい。デザート禁止だけはご勘弁を、愛しいお兄様!」
うわぁ……。楓が俺のことを愛しいお兄様って言った? 聞き間違いではない。本当に止めて。肌に鳥肌が立ってしまったではないか。
説教はよくてもデザート禁止は嫌なのか。太っても知らないぞ。まあ、そこら辺も考えて作ったり買ったりしているけど。
しょうがないなぁ。そんなに泣こうとしなくてもいいだろ。デザートは食べていい。その代わり正座させよう。足が痺れたら突いてやるから。
「後輩ちゃんは楓に何か言いたいことはないのか?」
「私は特にありませんよ、ヘタレ先輩」
んっ? 今サラッとヘタレ先輩って言ったような……。気のせいだよね。うん、気のせいのはず。後輩ちゃんはニッコリ笑顔だから俺の聞き間違いだ。
後輩ちゃんが俺のことをヘタレって言うなんて、よくあることだけど今はないと思いたい。
そんなに俺はヘタレなのか? ヘタレを卒業したはずなのに。
こんな下ネタトークになりながら、ご飯を食べ終わった。お皿を洗って、しばらく各々好きなことをして、順番でお風呂に入っていく。俺は最後の方。掃除をした後に一度入ったが、温まって寝たいのでもう一度入ることにする。
着替えを準備して、服を脱いで、お風呂に入る。何故か当然のように後ろからついて来て、服を脱いで、一緒に入る女性が一人。後輩ちゃんである。
「なんで一緒なの?」
「えっ? 逆になんで別々ですか?」
「俺がおかしいみたいにキョトンとしないでくれ。普通は別々だろ」
「もう入っちゃってますしいいじゃないですか。お背中お流ししますね~。前も洗いましょうか?」
「前は自分で洗う!」
後輩ちゃんにとっては義実家なのに、これで良いのだろうか。普通は一緒に入らないはず……でも、ウチの家族も後輩ちゃんも普通じゃなかったか。
身体を洗っていると、脱衣所のほうでガタゴトと音がした。まさか楓が聞き耳を立てているのか、と振り返った瞬間、バーンと勢いよくドアが開かれた。
「たっだいまぁー! お姉ちゃんが帰ったわよぉー! 一緒にお風呂入るぅー!」
ドアを開けたのは一糸まとわぬ桜先生だった。きめ細やかな肌も、弾む大きな胸も、可愛いおへそも、秘密の花園も、肉付きの良い素足も全身丸見えだ。
忘年会から帰ってきたらしい。今日は車だからお酒は飲まないって事前に言ってた。桜先生はお酒に弱いから、それはナイス判断である。
素面の桜先生は平然と侵入し身体を流し始める。この状況に俺は慣れている。アパートではこのように三人で入るのが普通だから。でも、この家には父さんと母さんと楓がいる。忘れてない?
「お姉ちゃんおかえりー。今帰ってきたの?」
「そうなの妹ちゃん。忘年会は大変だったわぁ。酔っぱらって絡んでくる人が多いこと。全部追い返したわ。帰ってきたら二人が入浴中って聞いたからお姉ちゃんも入ろうと思って」
「止められなかったのか?」
「止められる? なんで? どうぞーって普通に言われたわよ」
何やってんだ、ウチの家族! 止めろよ! 止めてくれよ!
「お姉ちゃん、身体を洗ってあげるね」
「おねがーい。弟くんもお姉ちゃんの身体を洗う? それとも欲情して襲っちゃう?」
「どちらもしません」
「「 ヘタレ 」」
もう俺はヘタレでいいよ! ヘタレでいいから、誰かウチの家族をどうにかしてくれ……。
八つ当たり気味に桜先生と後輩ちゃんの背筋をスゥーッと撫でたら、驚くほど艶やかな嬌声が上がった。本人たちも驚いていた。
お風呂から上がった後、やはり聞き耳を立てていた楓から興味津々にニヤニヤ笑いながら追及されたのはとてもウザかったです。
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