第178話 イケメンと後輩ちゃん

 

「よう! お二人さん! 逢いたかったぜ!」



 学食のテーブルで俺と後輩ちゃんを待ち構えていたイケメンが、キラーンと白い歯を輝かせて片手をあげた。


 キャーっと周りから女子の黄色い声が上がる。


 俺たちを呼びだしたのは妹の彼氏で俺の親友の裕也だ。


 イケメンスマイルなのがムカつく。イケメン滅ぶべし。



「俺は逢いたくなかったぞ」


「こんにちは」



 嫌々ながらも俺は裕也の対面に座る。仕方がないなぁ。


 そして、挨拶した後輩ちゃんは礼儀正しくてえらいです。


 俺はお弁当を広げながら対面に座る、ニヤニヤ顔のイケメンを睨む。



「で? 用件は? 何故呼び出した?」


「んっ? 二人が付き合ったからおめでとうを言おうかなぁと。というわけで、二人ともおめでとう。やっとだな」


「はいはいどうもー」


「ありがとうございます。ヘタレが頑張ってくれましたよ」



 うっ…! ヘタレで申し訳ございませんでした!


 だってさ、いろいろと場所とか雰囲気とか大切じゃん! 勇気も必要だし!



「乙女ですねぇ」


「後輩ちゃん! 俺の心を読まないで!」



 ニヤニヤと揶揄ってくる後輩ちゃん。何故思ったことがわかるんだ!?


 裕也は、またやってるよ、と呟き、呆れている。


 俺は呆れ顔のイケメンにムカッとしながらも、手を合わせて弁当を食べ始める。


 うん、今日も美味しい。後輩ちゃんも幸せそうだ。



「んで? 用件はそれだけか?」


「まさか! 颯の口から告白の状況を、じっくりねっとり生々しく聞かせてもらおうかと思って! さあ、将来の義弟に全部教えろ、義兄にいさん!」


「義兄さん言うな!」


義姉ねえさんが喋ってもいいんだぞ!」


「そうですねぇ……」


「止めろ後輩ちゃん! ここは人が多すぎる! というか、いつもより人の視線が多くないか? あれっ? 視線の先は俺か?」



 周りを見渡すと、普段通りの男子の嫉妬と殺意の視線に、女子からの興味津々の視線が追加されている。


 俺、なんかしたっけ? 何この、ゴシップネタを報道された有名人を見つめるような視線は!?


 後輩ちゃんも不思議そうに首をかしげている。後輩ちゃんも知らないようだ。


 理由を知っていたのは目の前でニヤニヤしているイケメンだった。



「それはなぁ、二人が付き合い始めたという情報が学校中に広まったからだろ。俺も広めたし」


「何やってんだドМ!」


「ド、ドドドドドドМちゃうわ!」



 何故か猛烈に動揺し始める残念なドМのイケメン。


 目がキョトキョトと宙を彷徨い、挙動不審になって、噴き出た汗をハンカチで拭っている。



「言葉までおかしくなってるぞ」



 俺は後輩ちゃんのお弁当からおかずを貰って冷静に指摘する。


 うん、これも美味しい。冷食だけど!



「それで? 何故噂を広げた? 場合によっては楓に通報するぞ?」


「い、いやー。面白そうだったからなんて思ってないぞ! 全く思っていないぞ!」


「よし! 通報しよう」



 俺は即座にスマホを取り出し、妹の楓に裕也のあることないことを吹き込んでいく。


 はっはっは! 処刑されろ! 送信! ポチっとな。


 ピコン、と軽やかな音がして、楓からの返信が来た。


 俺のお弁当からおかずを取った後輩ちゃんが、もぐもぐさせながら問いかけてきた。



「楓ちゃんからの返信はなんて書いてあるんですか?」


「今度縛ってお仕置きしてあげるって言っておいて、だそうです」


「うわぁー。結構ハードなプレイをしているんですねー。私も頑張らないと!」


「ちょっと待とうか後輩ちゃん!」



 俺は咄嗟に後輩ちゃんに待ったをかけた。


 モグモグする後輩ちゃんがキョトンとして、可愛らしく首をかしげる。



「後輩ちゃんは何を頑張るつもりなんですか?」


「何って……ナニ?」


「後輩ちゃ~ん! 下ネタは止めよう!」


「えぇー! 焦る先輩は可愛いのに……。別に私を縛ってもいいんですよ?」


「…………えっ?」



 思わず聞き返したのはびっくりしたからだ。驚いただけだ。


 他意はない。他意はないんだぁぁああああ!


 後輩ちゃんが少し恥ずかしそうにもじもじとする。



「そ、その……先輩にだったら縛られても……むしろ、縛って欲しいというか……」


「ゴ、ゴクリ……」



 思わず唾を飲み込んでしまったけど、ただ単に喉が渇いただけなんだ!


 決して想像はしていない。していないのだ!


 もじもじと伏し目がちで恥ずかしそうにしていた後輩ちゃんが、急にニヤリと笑った。



「でも、先輩は縛られたいんですよね? 温泉旅行の時も私に縛られてましたし!」


「ちょっと待て! あれは気絶した俺を後輩ちゃんが勝手に縛っただけだろ! 俺はそういう趣味はない!」


「同志がここにいたのか!?」


「黙ってろドМ!」



 俺は割り込んできたドМを怒鳴りつける。


 くっ! 何故こんなに疲れないといけないんだ!


 最近後輩ちゃんは俺を揶揄いすぎじゃないですかね? 朝も教室で揶揄ってきたし。


 後輩ちゃんが俺のお弁当からおかずを取り、俺の口の近くへと運んでくれる。



「揶揄ったお詫びです。はい、あ~ん」


「あ~ん」



 モグモグモグモグ。やっぱり後輩ちゃんにあ~んされると美味しいなぁ。


 俺も期待顔で待っている後輩ちゃんにあ~んしてあげる。


 美味しそうにモグモグさせる後輩ちゃんは可愛い。



「ふふふ。美味しいです」



 あぁ…やっぱり後輩ちゃんは癒されるなぁ。可愛い。


 今日も家に帰ったら後輩ちゃんで癒されよう。



「揶揄って疲れさせておいて、それを自分で癒してあげるとか、義姉さんはやるなぁ!」


「えっ? 何か言ったか、そこのドМ?」


「いいえ何もー。俺に構わずイチャイチャしてくださいな」


「はっ? イチャイチャ? 俺たちは普通に食事しているだけだろ?」


「そうですよ。先輩あ~ん!」


「あ~ん。後輩ちゃんもあ~ん」


「あ~ん! ふふっ美味しいです」



 俺たちはいつも通りあ~んをして食べさせ合う。


 やっぱり後輩ちゃんにあ~んしてもらった方が美味しいな。


 至って普通の食事風景を、対面に座るイケメンは戦慄した表情で、胸焼けがしたかのように自分の胸をずっと撫で続けていた。


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