第16話 森の中の女神様
最近、町に伝わるある噂。
森の中に、女神が住んでいると。
女神は人の為に魔獣を倒し、白き狼を従え、死神すら飼い馴らす。
光り輝く剣を使い、旅人を助けると言われていた。
そして助けられた者は皆、その美しさに魅了されると。
森の中に住むようになって、どれくらいの月日が経ったのだろうか。
20日?30日?いやもっと経ったであろう。
あの時、旅立った門を再び見れるとは、彼女は感動すら覚えていた。
そして門を入り、町へと入る。
ようやく帰って来たのだ。人間の世界に。
「久しぶりだね!」
「ああ……本当に……。」
彼女は、感動し、涙すら流していた。
「泣く程の事か?」
「泣く程だ……。」
クレアとシリルとアルマ。
ずっと町を離れていた二人と一匹は、遂に町へと戻って来たのだ。
町へと入ると、まっさきに硬貨屋へと向かう。
金を下ろし、宿へ行き、埃のかぶった自分の部屋に、ショックを受けつつも、クレアはいそいそと着替える。
そしてシリルに、風呂道具を渡し、風呂に行くぞ!と声をかける。
その勢いに押され、シリルはう…うんと頷く。
風呂屋に行くと、昼間だったため、人はいなかったようだった。
彼女は一人、最高だ―!と叫んでいた。
「アルマ、今なら誰もいないし、小さくなって出てきて。洗ってあげる!」
「うむ……わかった。」
そうして、部屋でシリルの影の中に隠れたアルマは、シリルに呼ばれ出てきた。
小さい子犬のようなその白い狼を、シリルはサンモカを使って、優しく洗ってあげる。
「気持ちいい?」
「ああ。」
そうしてその狼と、自分の体を洗うと湯へと浸かる。
「意外といいでしょ?」
「ああ。思ったよりいいな。」
「昼間ならアルマも入れるね。」
「そうだな。」
シリル達は風呂を上がり、クレアと合流し、一旦宿へと戻る。
風呂道具を預け、食堂へ向かい、食事を済ます。
ただの食事だったが、クレアは再び感動していた。
「ま……魔物の肉じゃない……。スープがある……。血生臭くない……。おいしい!!!」
「確かにおいしいね。でも魔物の肉もおいしいよ?」
その言葉は聞こえていただろうが、全く反応せず、一心不乱に食べる。
アルマは今回は使役魔獣の証も付けていたので、小さくはなっているが、食堂で一緒に食べていた。
そして、食事を済ますと、そのままギルドへと向かう。
ギルドに着くと、受付にはいつも通り、オリビアがいた。
書類を書いているようだったが、目が合うと、一度目を丸くしたかと思えば、怖い顔で迫って来た。
「クレアー!!あんた達の所為でー!!!」
久しぶりの再会なのにも関わらず、彼女に胸倉を掴まれた。
一度落ち着き、理由を聞くと、どうやらハドリーにとても怒られ、嫌味も言われたとの事だった。
クレアが出て数日程経った頃、クレアがギルドに訪れないと噂になっていた。
その噂は、ハドリーまで耳にし、少し大事になっていたのだ。
もしかしたら、今回の事件に関わった事で、連れ去られた、殺されたのでは、と。
さらにグラントを筆頭に、捜索隊まで組まれそうになっていた。
そこでオリビアは、ハドリーに事情を話したのだ。
「そこからはくどくど、くどくどくどくどくどくど……ずっと怒られたのよ!大変だったんだから!」
「す……すまない。」
「それに、さすがに私に言っていたからと言って、何日も経って戻って来てないから、捜索するって言い出してたの。」
当たり前の事だった。
シリルとアルマは、森での生活に慣れていたが、クレアは別だ。
しかも、魔獣達が多く危険な時期に、森で暮らすなんて、何かあれば大変だ。
シリル達を疑ってはいなかったが、クレアに何かあったとして、必死に助けたりはしない可能性があると、思っていたのだ。
「そしたら、ちょうどその頃依頼を受けて、魔獣討伐に行っていたランクDのパーティが帰って来たの。そしたらその人達が、森で金髪美女と仮面の子供に、助けられたって言ってたの。」
「ああ。だいぶ前の事だな。」
「それでその人達が、言伝を頼まれてた。『私達を探しに来ないで欲しい。修業にならない。』ってね。」
「ああ。確かに頼んだ。アルマ殿に言われてな。」
「そしたら、ハドリーも探すに探せないでしょ?だって本人達の伝言まであって、探し始めちゃったら、公私混同でしょ。」
「そうだな。」
「そこからは、もうずっっっと機嫌悪くて、特に私に対しては、ひどかったわよ!仕事とかには、もちろん影響ないけど、ずっとちくちくと嫌味をね!あの人に、大事にされている事をもう少し自覚しなさい!」
「は……はい。」
オリビアの様子を見るに、本当に大変だったのだろう。
ハドリーにしたら、心配はしていても、居場所は分からず、探しにもいけない。
ひどいストレスだったようだ。
「まあ最近は、だいぶ落ち着いたけどね。噂のおかげで、あんたの安否もはっきりしたし。」
「噂?」
「ああ、町に戻ってないから知らないか。あんた、森の中の女神様って言われてるわよ?」
「はあ!?女神!?」
それに驚くクレアだったが、実は町中でも見られていた。
しかし、やっと町に帰れたクレアは、そんな事は気付かず、行動していた。
「あんた達、森の中で住みつつ、魔獣を倒してたんでしょ?」
「あ……ああ。毎日な。」
「それで時々、助けてたでしょ。」
「ああ。襲われている者がいれば、必ず助けてた。」
「森の中なんていう危険な場所で、危うく死ぬかと思ったら、金髪の美女が助けてくれた。それが、何回も起きれば、気付けば女神よ。」
「め……女神って。」
「冒険者の間でその話が広まり、町に広まったの。あんた気付いてないの?ずっと、見られてるわよ?」
「ここに入ってからは、見られてると思った……。だが、てっきりアルマ殿とシリル殿を見ているのかと……。」
「んー、あながち間違ってはないけど、それはあなたがメインの二人って感じね。ちなみにシリル君は、死神って言われているわ。」
「なんで俺は死神なの?」
その言葉に、シリルは気にしていなかったが、なんだと?とアルマは凄む。
「しょうがないわよ。私からすれば天使だけど、噂を聞いたらなかなかね……。」
「し……シリル殿の噂はどんなだ?」
「ええ、仮面の子供は、容赦なく魔獣を殺し、こちらまで狙ってくるっていう噂。」
「やはりか……。」
「事実なのね……。まあ、それを止めてた所為か、白い狼を従え、死神すら飼い馴らす、森の中の女神様で通ってるけどね。」
「や……やめてくれ。それにアルマ殿には、従いはしていたが、従えた覚えはない……。」
アルマに睨まれ、顔を隠し、俯くクレア。
どうりで、見られたわけだ。と謎が解けた。
特徴がここまで、完璧に一致していれば、すぐに誰でも分かるだろう。
「それで、修業の成果はあった?」
「もちろんだ。地獄だったからな。ははは。」
「地獄ね……。」
乾いた笑いで、遠くを見つめるクレア。
オリビアは続きを聞きたそうだったが、仕事の途中だったので、また今度詳しく聞くわと言い残して、受付へと戻る。
二人はハドリーに話す為、ギルマスの部屋へ向かう。
階段を昇るとグラントが、廊下を反対から歩いてきた。
「グラント殿!」
「グラント!」
「おお!シリルに嬢ちゃん、生きてたか!」
「お久しぶりです。」
「久しぶりー。」
そしてアルマに気付き、驚くグラント。
いつも通り、シリルがアルマだと言い、クレアが彼の使役魔獣だと説明する。
見た事ない魔獣だな、と驚いていた。
グラントも、どうやらハドリーに用があったらしい。
いつも通りノックをし、グラントと、そしてクレアが名乗る。
すると、少し間があり、どうぞと言われる。
とてもいい笑顔をしたハドリーが、座っていた。
「グラント、ご苦労様です。……そして、お久しぶりですねー。シリルさん、アルマさん。クレア。」
「お……お久しぶりです。」
「久しぶりー!」
「ああ。」
ハドリーは笑顔だった。
だがクレアは、その笑顔が怒っている時の笑顔と悟り、少し怯えているようだった。
グラントはそれを察してか、ソファーに座る。
そしてシリルも、後を付いていき、グラントの横に座る。
「無事で良かったです。本当に。」
「は…はい。ありがとうございます。」
「それで、なんで黙って行ったんですかね?」
完全に怒っているハドリー。
満面の笑みが、余計恐怖を与える。
「えっと……止められるかと思いまして……。」
「ええ。先に聞いていれば、止めましたね。でも、何も言わずに行くのは、少々冷たくありませんかね?」
「す……すみません。」
「私だけじゃなく、グラントや、他の方々も心配していましたよ。しかもロキシ村の調査が、終わった直後ですからね。事件に巻き込まれたのか、と思うのが普通じゃありませんか?」
「……はい。」
「あなたは、この町の冒険者です。顔もよく知れていますよね?何も言わず姿を消せば、どうなるか良く分かっていましたよね?」
「……はい。」
「それなのに、黙って行ったという事は、私達はあなたにとって、どうでもいいという事なんですかね?」
「いえ!……そういう事では……。」
「では、どういう事なんでしょうか?」
「えっと……。強くなりたかったので…………。」
「だからといって――」
詰問し続ける、ハドリー。
どう考えても、黙っていた自分が悪いと分かっている為、何も言い返せず、小さくなっていくクレア。
するとグラントが、見るに見かねて、立ち上がり、助け船を出す。
「まあまあいいじゃねえか。確かに嬢ちゃんが、よりにもよってこの時期に、何も言わずに出て行ったのは問題だが、反省してるんだ。そこまで責めることはないだろう?」
「ですが、やはり軽率な行動かと思うのですが――」
「だから、いいじゃねえか。若いんだ。だが、クレア。よく覚えておけ。逆にお前だったら、俺らが何も言わずに消えたら、心配になるだろう?」
「はい。」
「だから、今後はこういう事は自重してな?」
「……すみません。分かりました。」
「分かればいい。ハドリーはしつこいからなー。この辺でいいだろう。」
「…………まあ、グラントに免じて、この辺にしておきます。」
あまり納得した様子ではないが、グラントにそう言われ、渋々と詰問をやめるハドリー。
そして、一度咳ばらいをし、二人に向き直る。
「では本題なのですが、ちょうどいいので、クレア達にも聞いてもらいましょう。」
「わ……私も聞いて、大丈夫なのですか?」
「二度言わせないでください?」
笑顔なのだが、まだ怒っている様だった。
「それで?本題は?」
「今回グラントに来て貰っているのは、この前の事件に関してです。ようやく、拠点が判明しました。」
「やっとか!?」
「拠点というのは……魔族達のですか!?分かったのですか!?」
西の【
その奥に、深い洞窟があった。
今回魔族の拠点と判明したのは、その場所だった。
ハドリーの話によると、クレア達がこの町を出てから、魔獣だけではなく、クアガット周辺の村々で、魔族の被害が出ていた。
ロキシ村の様に、全滅までいった村はなかったが、それでも各地の被害は、軽くはなかった。
しかし、なかなか尻尾を掴めずにいた。
基本的に被害があったのは、東から南方面が多く、調査も自動的にそちら方面になっていた。
だがある日、重要な報告があった。
恵みの森の近くにあるイリミール村から、森の中の動物が急激に減っていて、魔物が増えているという報告だった。
恵みの森は、クアガット周辺においても、魔獣や魔物が極端に少なく、村人が狩りをするにも安全な森だった。
それの理由が、森の中に生息している【ヴェルビチア】という植物の恩恵だ。
魔素を取り入れ、光合成をする珍しい植物。
大気中の魔素が浄化され、魔獣や魔物達が生まれ辛い環境を作る。
それ故に今回の報告は、森の中で異変が起きている事を示していた。
そして、調査した結果、森の中の魔素が増え、奥地は瘴気により覆われていた。
その中心にあったのが、今回の洞窟だった。
調査に当たったのは、耳長族のランクB冒険者、ジェフリーだった。
魔物や魔獣の増加の原因を探っていたが、今回の魔族の事件と関わりがある可能性があったのと、魔族に発見されても問題がない、十分な強さがある為、彼にお願いしたのだ。
ただ洞窟には、魔法により障壁が出来ていて、いくらジェフリーといえど、中の確認は行えなかった。
そのため、洞窟の近くから監視を行っていた。
その時見たのは、低位の魔族が最低四十体以上。更に、
「悪魔が二体!?ロキシ村の報告では、一体だったろう!?」
「増えたと言うのですか!?」
「元々いたのか、増えたのかはわかりません……。ですが、ジェフリーの報告なので、間違いはありません。しかも、これは外から見ただけなので、もしかしたら中にはもっと……。」
悪魔は単体で危険度Cという、都市が一つ消えてしまう可能性を持つ程の魔族だ。
それが二体という、絶望的な状況だった。
「それで今回、討伐隊を組みます。グラントさんには編成、指揮をお願いしたいのです。」
「俺がか?」
「ええ。」
今回の討伐隊を組むにあたって、重要な問題は、中位以上の魔族は死体を使って下位魔族を作れる、そして今回、最低それが二体いるという事だった。
普通の魔獣討伐なら、人数がいればいるほど有利だが、魔族討伐は人数がいれば、それだけ敵を増やす可能性も出て来る。
なので、実力がある者を厳選して選び、一部の者達で討伐するのが常識だ。
そして、グラントはこのギルドでは、冒険者達をまとめる存在であり、実力を知る者も多かった。
なのでハドリーは、今回の編成をグラントへと頼んだ。
「ちなみに、いつまでだ?」
「出来れば、すぐにでもですね。ジェフリーが今もなお見張っていますが、最近少し魔族達の出入りが多くなったとの事なので。」
「分かった。明日か、遅くとも明後日には、出発出来るようにしよう。ちなみに嬢ちゃんは、どれくらい強くなった?」
「私ですか?そうですね……危険度Dの魔獣なら、一人で倒せるようにはなりました。」
クレアは、アルマとシリルに鍛えられ、過去に負けた
森で修業中、初めて危険度Dの魔獣を前に、一人でやれと言われた時は、絶対無理だと思ったが、今ではD程度ならば、余裕ではないが、恐れずに倒せるようになった。
拷問のような修業を、耐え抜いた成果が、はっきりと表れていた。
「ほんとか!?」
「そんなに強くなったんですか!?」
「……はい。」
「クレアは、本当に強くなったよ!」
「こんな短期間にそんなに……どうやったんだ!?」
「拷問のような事をずっと…………。」
拷問と言われ、黙る二人。
二人は彼女が子供時代、他の者達が辛いと言うくらいの訓練は、クレアにしていたが、彼女はそれを一言も辛いとは言わなかった。
そのクレアが、拷問と言ったという事は、本当に拷問並だったのだろうと思って、黙ってしまった。
グラントはシリルを、ハドリーはアルマを見る。
何をしたんだと思ったが、クレアが遠い目をしていたので、それ以上聞くのはやめた。
「女神の噂は、どうやら本当だったようですね。」
「ああ。てっきりシリルが、倒しているもんだと思ったが……。」
「お二方も、その噂を知っているんですか!?」
「ああ。ギルド内は、ほとんどの者が知っているぞ。」
「ええ。勿論です。森の中の女神様?」
「勘弁してください……。」
恥ずかしそうに俯くクレア。
グラントとハドリーは、通り名があっていいじゃないか、と笑っていた。
「だがそれなら、また書類上クレアだけでもいいから、二人共入れたい所だな。」
「シリルさんのランクは、もう気にしなくていいですよ。」
「ほう。」
「どういう事ですか?」
ハドリーの話では、クレア達が助けた冒険者の中には、ちゃんとクレア達の容姿を、細かく報告を上げた者達がいた。
それをハドリーは、シリルのランクを上げるのに使えると思い、可能な限りパーティ【白金の翼】、及びシリルとクレアの実績にしていた。
なので、ランクを上げるには十分だった。
そして、ハドリーはクレアに魔獣を狩った時の魔石や、素材はないか聞く。
クレアは狩った魔獣の魔石、及び多少回収できた素材は、全て圧縮袋に入れていた。
それを渡すと、その量、質に、ハドリーもグラントも驚いていたが、ハドリーはそれで、実地試験もなしにしてしまった。
正確には、試験監督はグラント、試験内容はクレアが持っていた素材の魔獣の討伐。そして合格。
無理矢理ではあったが、他のギルドマスターを納得させるには、こういった経緯が大事らしい。
「という事なので、シリルさん。あなたをランクEとし、お二人のパーティ【白金の翼】は、ランクDとします。」
「おお!ランクあがったー!」
「そんな2つも急に、ランクを上げられるんですか!?しかも、パーティランクに至っては3つも!?」
クレアは聞いた事がなかったため、驚いた。
珍しいが、全くない訳ではないらしい。
「要は実績です。飛び級するには、確実に証明される、それなりの実績を、いくつも積まないといけないのですが、今回は十分ですから。」
「……やはり、助けたというのが?」
「ええ。倒した魔獣も強いですし、パーティランクはDが妥当でしょう。今回の件では、少しシリルさん単体で評価するには弱いので、一個下のEが妥当という判断です。クレアをCに上げるには、足りません。」
「なるほど。」
何より元々クレアが、ランクDなので問題ないだろう、という話だった。
そして、グラントから、編成隊に入るように頼まれる。
断る理由はなく、受けるクレア。
いよいよ、魔族討伐が始まる――。
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