第15話 月に向かって
下へ降りると、まだ受付は混んでいたようだった。
すると、クレア達に近付いて来る者がいた。
冒険者に見えないその者は、レスターだった。
「クレアさん!シリルさん!……巫女様!?」
クレア達に声をかけたレスターは、後ろにいたヘスティアに驚く。
その大きな声に、ロビーから一気に注目が集まる。
「ヘ……へスターさん……声が大き過ぎます……。」
「す……すんません。まさか巫女様が、ここにいるとは思わなくて……。」
巫女様って巫女か?どの村のだ?と、ギルド内からヘスティア達は注目を浴びていた。
これでは、落ち着いて話も出来きず、困り果てていると、クレアが私の部屋に一旦来いと言い、宿へと案内する。
ヘスティアはいいのですか?と言ったが、どのみち宿には案内するつもりであったのと、大っぴらに話せる事でもないだろうということで、彼女とレスターは、クレアに甘える事にした。
一行は宿へと移動し、クレアの部屋へと集まる。
ベッドにクレアとシリルは腰を掛け、アルマは床に、二人は椅子へと腰掛ける。
そうして、事情を話した。
「そ……そんな。」
レスターは、落胆し、まるで魂が抜け落ちているようだった。
それは当たり前だった。
自分が出稼ぎに来ている間に、村が滅び、家族どころか、村人が死に絶えたのだ。
村の中で生きているのが、ヘスティアとレスターただ二人になってしまった。
それは、察するに余りある出来事だった。
「レスター。申し訳ありませんでした。私はきっと、もっと何か出来たはずなんです……。村に助けを呼んだ時に、一緒に逃げていれば……もしかしたら……。」
「巫女様のせいなんかじゃねえ!こんな事をする奴らがわりいんだ!」
先程まで魂が抜けているようだったが、今は目の中に復讐の炎が焚かれていた。
「俺が……俺が殺してやる!必ず!」
「それはおやめなさい。」
「だけど、このまま放っとけなんて!」
「死ぬだけです。最後の村人である、あなたを見殺しにするわけにはいきません。」
「だからってこのまま泣き寝入りなんて!」
「それに、まだ相手がどこにいるかも、何を目的にしているかも、分からないのです。」
「そ……そうですが……!」
レスターは本当に、放って置けば、無謀な事をし、下手をすれば悪魔に出会う事もなく、死んでしまうだろう。
それが心配になった、ヘスティアはある提案をする。
「レスター。私は、滞在する場所がありません。なので、あなたの家へ泊めていただけませんか?」
「う……うち!?」
「ええ。ギルドマスターからは、この宿に泊まって良いと言われましたが、さすがに命を助けて頂いた上に、タダで泊めて貰うのは心苦しいのです。」
「そんな事気にしなくても大丈夫だぞ?ハドリーも言っていたが、情報提供までしてもらったんだ。そのお礼と――」
首を振り、否定をするヘスティア。
「いえ、それでもです。それに、私とレスターは最後の村人です。これからどうするか、話し合い、協力し合いたいのです。」
「それなら構わんが。」
「だが、うちは巫女様を泊めるほど大きい部屋では……。」
「構いませんよ。嫌でなければ、ですが。」
「嫌なんてある訳がねえ!」
「じゃあ大丈夫ですね。」
「あ……いや……」
「あと巫女様は、もうやめてください。祠も無くなったのです。私は、その時から、巫女ではなくなった。」
「だが……。」
「止めてくださいね?」
「はい……。」
意外にも、笑顔で迫ったヘスティアにハドリーの影を見るクレア。
(人の上に立つ者は、こういった者が多いのか……。ということはいつかヘスティアもハドリーみたいに……。)
少し身震いし、そうなって欲しくはないなと、思ったクレアだった。
話も一段落すると、これ以上お世話になる訳にはいかないと言い、クレア達と別れ、レスターの家へと向かうと言うヘスティア。
クレアは、全然かまわないのだが、と言ったが、ヘスティアは譲らなかった。
そうして、ヘスティア達と別れ、再びギルドに戻るクレア達。
報酬を受け取るのと、シリルの部屋の鍵を受け取りに向かった。
オリビアにも、軽く報告をしないとと思っていたので。
向かっている途中、アルマが珍しく話しかけてきた。
「クレア。強くなりたいと言っていたな?」
「あ……ああ。」
それに少し動揺した様子のクレア。
「私もシリルとクレアが、一緒にいるというのなら、今以上に強くなって貰わないと困る。今ならいいとこ、強い相手の餌くらいにしかならないからな。」
「……分かっている。」
辛辣な言い方だったが、それは事実だった。
それに、シリルが必ず助けてくれる保証も、またアルマが助けてくれる保証も全くない。
むしろアルマなら、強い敵がいれば、本当にクレアを餌にしているだろう。
「となれば、お前はシリルに頼んでいたが、私が協力してやろう。」
「い……いいのか!?」
「アルマが教えるの?」
「ああ。クレアならシリルに教わる事も多いだろうが、シリルは細かい事を教えたりするのは、苦手だろうからな。私が補佐してやろうという事だ。」
「アルマが教えたら、クレアも強くなれるね!」
「そうか……ありがとう!」
素直に喜ぶクレア。
シリルに教えて貰えるだけでも嬉しいが、シリルを育てたアルマに教えて貰えるのは、大変に喜ばしい事だった。
「ではここからは、私の言う事に従って貰おう。」
「はい!」
元気に頷くクレア。
最低限の目標は、赤き猛獣程度なら、簡単に勝てるレベルになる事だと言った。
パーティ全員ですら、やられてしまった相手である。
(確かにシリル殿は一撃で倒していたが、私がそこまでなれるのだろうか……。)
そう心配になるが、とにかくアルマ達に任せようと決めた。
「では最初に、ギルドで用を済ましたら、町を出るぞ。」
「町を出るとは……?この時間なら、出てもすぐ日が暮れてしまうが……。」
「外で野宿をする。しばらく、町に帰って来れるとは思うな。」
「え……!?」
「町の外で暮らすと言ったのだ。強くなるには、それが一番手っ取り早い。最近魔獣や魔物がよく出るんだろう?ちょうど良いじゃないか。」
「それは……死ぬ可能性が……。」
「死にたくないなら、強くなるんだな。」
任せようと決めたのを、既に少し後悔し始めるクレア。
シリルは、また外だー!自由だ―!と言っていたが、クレアからすれば、自分を殺せる魔獣がいる中で、暮らしていくなんて……と思っていた。
だがもちろん、反論など出来なかった。
ギルドに着くと、ちょうど落ち着いた頃だったようで、オリビアが書類を書いていた。
「あ!シリル君!」
クレア達を見つけると、カウンターから飛び出てきて、シリルに抱き着くオリビア。
「会いたかったわよー!寂しかったんだから―!」
「やめろオリビア。シリル殿が、喋れないぞ。」
「んーんー!」
シリルは抵抗はしていなかったが、口がふさがれ喋れないようだった。
「あらごめんなさい。それで、依頼は無事終わったの?」
「ああ。とりあえずは……な。」
「そう。それなら良かった。おかえりなさい二人共。」
「ただいま!」
「ああ。」
そしてクレア達が旅立ってから、また魔獣達が増え、余計忙しくなったと、オリビアの愚痴をしばらく聞く二人。
「特に弱いくせにえっらそうにするやつね!ああいう奴は、絶対さっさと死ぬのよ!」
「そ……そうか。」
「そう!しかもいっやらしく私の胸は見るし、ナンパしようとするし!最低ね!今までもいたけど、特に最近はひどいわ!ギルマスが、都市にも応援を出したみたいで、そこから流れて来る奴等が本当にひどい!」
「都市から応援が来ているのか。向こうは大丈夫なのか?」
「大丈夫みたいよ。ここ最近の魔獣騒ぎは、この町周辺だけって話。」
「そうか……。」
ロキシ村の事件も振り返り、これはもしかしたらこの村に恨みでも……と考えるが、それはきっとハドリー達が考えてくれるだろうと、と結論を出すクレア。
「だから本当にストレスが溜まっているの!こうやって、シリル君の癒し成分を貰わなきゃやってられないわ!」
シリルに再び抱き着くと、今更になってアルマに気付く。
というかアルマが、凄い目でオリビアを睨んでいた。
「わ!何この魔獣!?というか、凄い顔で私の事睨んでいるじゃない!?」
「ああ。シリル殿の使役魔獣だ。」
「アルマだよ!アルマ、睨んじゃダメだよ。」
「ん……すまぬ。」
しばらくアルマを見るオリビア。
また珍しいだのなんだのと言って来るのか、と思いアルマは、面倒くさそうに目を逸らす。
するとオリビアはその予想に反して、抱き着いてきた。
「きゃー!綺麗な毛並み!可愛い!」
「やめろ人間!触るな!喰い殺すぞ!」
「しかも、流暢に喋る!凄い魔獣ねこれ!」
アルマはすぐ振りほどき、シリルの傍へと行く。
さすがにアルマは、シリルと違い、本当に喰い殺そうとはしなかったが、腹は立てている様だった。
アルマ殿もどうやら、こういうタイプは苦手なのかと、クレアは楽し気に見ていた。
「しかし本当、シリル君は謎多き美少年ね!」
「美少年って……。」
「大人になったら、いい男になるわよー!私予約しちゃおうかしら!」
「何を?」
「いつも言うが、オリビアの事は本当に気にしなくていい……。」
えー!と言うオリビアの話は聞かず、すぐに用件を言う。
報酬と宿……だったが、宿はいらなくったのだった。
「報酬は分かってるけど、宿はいらないってどういう事?また二人で寝るの?いやらしー。」
「違う!しばらく、町には戻って来ない。」
「また依頼?」
「依頼というわけじゃないんだが……。」
「修業!」
「修業……?」
疑問に思うオリビア。
ここでは、訓練するなら、ギルド内の訓練場が一番良かった。
適度に冒険者もいるし、資料もある。
「外で暮らすの!」
「外ってその辺?」
「いや、町の外だ。」
「町の外!?」
彼女の驚きは当たり前だ。
安全な時でも、外で暮らす者なんていない。
しかもこんな、危険な時に外で暮らすなんて狂気だった。
依頼のために何日間か、野営するのは分かるが、依頼じゃないのなら、わざわざそんな危険な真似をするなんて、あり得ない事だった。
「ああ。色々と、それこそハドリーとかに伝わると面倒なので、出来れば秘密にして欲しいのだが……。」
「……今は特に、外が危ないって分かってる?」
鋭い目つきでクレアを睨むオリビア。
「ああ。」
「それでも行くの?」
「ああ。」
「……はぁ。分かったわ。」
クレアはこうなると曲がらないという事は、オリビアも分かっていた。
しょうがないという風に諦める。
「すまん。助かる。」
「いいって。ただ、本当に外は危険だから、死なないでね。」
「もちろんだ。」
「シリル君もね!」
「うん!」
オリビアはそれ以上、事情を聞かないでいてくれた。
ハドリーにもし、外で暮らすと言ったら、相当怒られるだろうが、今は強くなりたい一心だったので、その過保護が余計だった。
だから、言わずに行こうと決めたのだ。
そうしてオリビアは、報酬だけ持ってきて手渡す。
「じゃあ、気を付けてね。必ず生きて戻って来てね。」
「ああ。」
「じゃね!」
そしてギルドを後にした。
「アルマ殿、外で暮らすと言っていたが、何を準備すればいいんだ?」
「何もいらん。剣だけあればいいだろう。」
「け……剣だけ!?食料は!?治療薬や、魔力回復薬は!?」
「そんなものはいらん。食料は、外にあるだろう。」
「ど……動物や植物か?」
「それ”も”だ。」
「…………。」
ようするに、今までアルマとシリルが暮らしていたような暮らしをしろ、という事だった。
シリルは異常な順応性と才能があったが、町で暮らしてきたクレアにとっては、相当酷な事だった。
しばらく途方に暮れるクレアだったが、シリルとアルマはおいてくよーと言って、門へと向かっていた。
本当に着の身着のまま行きそうだったので、クレアは一度宿へと戻り、せめて服だけどもと言い、自分とシリルの分の服を圧縮袋へ入れる。
そして、急ぎ硬貨屋へ向かい、所持金を全て預け、すぐ門へと向かう。
そうこうしている内に、日が暮れ始めていた。
門へと向かうと、もう人がほとんどいなかった。
そして門番に出る事を伝えると、何故こんな時間に出るのか、と問われたが、ちょっとした依頼だと言って押し通った。
ただのランクGパーティであれば、もしかしたら止められたかもしれないが、そこはクレアがランクDだったので、それ以上は門番も止めなかった。
門番も早く上がりたいという、気持ちもあったのだろう。
ちなみに、普段と違う門から出ていた。
今まで使っていたのは、東門。
ギルドからも近く、ガストン達もいるので、クレアとしては、そちらの方が普段なら都合がいいが、出て行ったのがばれてしまうので、今日は南門だった。
さらに南門方面は、被害も多いらしく、さらに東南へ向かうと、ロキシ村がある方向だった。
たくさん魔獣が出るならちょうどいい、というアルマの考えと、もしかしたら魔族について何か分かるかも、というクレアの考えが一致したのだ。
そうして二人と一匹は、門を出ると、街道を逸れ、森に向かう。
昇り始めた満月に向かって、白い綺麗な狼が飛翔した。
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