第13話・パーリーピーポー

 なんだか、パーティばかり催されるのだ。バブル期で、日本中がこんな具合いに浮かれた雰囲気だったのかもしれない。マンガ界でも、とにかくしょっちゅう、なんやかんやとパーティが行われている。まず、「なんとか賞の授賞式」というのがある。スピリッツ誌にも新人賞が二種類あって、月間賞、という毎月のやつと、半年に一度の大々的な、賞金も豪華なメインの賞とがある。その受賞の発表後に、いちいち(当然だが)パーティが開催される。担当編集者は、子飼いにしている飢えた新人作家に哀れみをかけ、そんな会場に呼んで養ってくれる。普段、コンビニ弁当しか与えられていないオレたちにとって、パーティは重要な栄養摂取の機会だ。この場にもぐり込むために、新人はネームを描き、担当の元に足を運ぶと言っても過言ではない。

 毎月のように、なんとかホテルのかんとかの間だ、どこどこ会館だ、なになに飯店だ、と聞きつけては、お邪魔をする。パーティは、大抵の場合が立食で、要するに食べ放題だ。出版界は景気もよく、料理にも大盤振る舞いをしてくれる。鮮やかなパテが花壇のような面積で並べられ、フロアの一角ではローストビーフがコックの手でスライスされている。ふと見ると、ライチがバットにふんだんに盛り上げられ、小山を築いている。楊貴妃の好物で、産地から都まで早馬で運ばせたという幻のやつではないか。わたくしも食してみる。うまいっ!上京したこの年は、一生で最も多くのライチを食べた一年となった。

 マンガ家ら個人も、事あるごとにパーティを開いている。出版記念だ、増刷だ、何周年記念だ、ドラマ化だ、映画化だ・・・マンガが売れて売れてしょうがない時代らしい。少年マガジンが400部発行された、少年ジャンプは600万部だ、と、夢のような数字が飛び交っている。マンガ家氏たちのふところもふくらむ一方だ。ある夜、例の酒場で仕事にへとへとになって飲んでいると、某売れっ子マンガ家さんに「カラオケにいこう」と誘われた。すでに深夜の2時をまわっている。おごるから、と言うので、ほいほいとついていくと、江古田からタクシーで六本木にまで乗りつけている。目の前にはお城のような建物がそびえ建つ。手を引かれるままに中に入り、ボックス席に座った途端に、両サイドにジェニファー・ビールスとジュリア・ロバーツみたいな超ミニスカートのお姉ちゃんがかしずいてくれる。呆然としたまま、なにか一曲を歌わされたようだが、記憶がない。黄色い太陽が昇らんとする帰りのタクシーの中で、支払いはいくらでした?と、後学のために売れっ子氏に訊くと、事もなげに「40まん」と返ってくる。冷や汗が流れる。聞かなかったことにして、眠りに沈む。

 最も大きなパーティは、出版社本体が主催する忘年会だ。このパーティは、規模が桁違いだ。有名ホテルの広大なフロアを使い、日本中のマンガ家たちが一堂に会する。アシスタントたちもお供ができるので、もちろんもぐり込む。ステージ上では、おぼん・こぼんと、細川ふみえが司会をやっている。会場内には、「お~い竜馬」を原作している武田鉄矢や、闘魂コラムを連載しているアントニオ猪木までが闊歩している。藤子不二雄が出版社幹部に取り巻かれている。江口寿史もいるし、内田春菊も森園みるくもいるし、もちろん楳図かずおもシマシマシャツでウロウロしている。なぜかいしかわじゅんに「たのしんでる?」と声を掛けられる。UFOから降りてきた宇宙人のような扮装をしたハイレグのお姉ちゃんたちが、飲み物をどうぞ、とグラスをよこしてくる。めくるめく光景だ。ステージ上では、ビンゴ大会がはじまった。弘兼憲史の社会派マンガを原作している猪瀬直樹が、大画面テレビをゲットして、舞台上で挨拶をしている。まったく、とんでもない世界だ。(有名人物は敬称略で失礼)

 しかし、そんな幻想は一晩かぎりだ。翌日には、現実世界に連れ戻される。四畳半一間に四人が雁首を並べ、時給333円なりで夜明けまでペンを走らせている。うちのマンガ家先生も相当な原稿料をもらっているはずなのだが、この出し渋りっぷりはどうしたものだろう?ページ一万円をもらっているとしても、毎週20枚で、月に四週だから・・・それくらいの月収にはなっているはずだ。なのに、仕事が長くなると、「長引いた分は、アシ代サービスしてね」などとのうのうとのたまう。銭ゲバだ。次第に、やつの性格の悪さにも我慢がならなくなってくる。この悪環境から抜け出すのは、喫緊の課題だ。タイトなタイトな時間を使い、オレは自作品を描きはじめた。

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