#59 盗撮
ギルド戦まであと1日というところまでやってきた。
ディアボロス内の工作員を排除することが出来たので、積極的にギルド戦に向けた作戦会議や練習に取り組むことが出来た。
シエルだけではなく、俺はアリサのアカウントでもなるべくログインするようにしていた。これはアリサのログイン時間が少ないとフィロソフィに不審に思われる可能性があるからだ。
順調なディアボロスとは打って変わって、セレスティアスの雰囲気は殺伐としたものになっていた。俺が工作員を全て除名したことがフィロソフィに伝わったことで、フィロソフィは自分のギルドの中に内通者が居ると疑い始めたのだ。
≪フィロソフィの家・会議室≫
「ああ、もう誰や! 一体誰がシエルに伝えたんや!!」
フィロソフィは怒鳴りながら机に勢いよく拳を叩きつける。ドンッという鈍い音が部屋の中に響き渡り、ピリピリとした緊張感がこの部屋に集められたギルドメンバーに伝わっていく。どこからか、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。周囲を見回せばみんな黙り込んで目線を下に逸らしている。
これは当然考案者であるアリサが疑われるよなあって思っていたのだけど、フィロソフィはアリサを疑うことはしなかった。お互い肌を重ね合った仲だからなのか知らんけど、まあ冷静に考えてみれば、アリサとフィロソフィはお互い危ない道を歩んでいる一蓮托生の関係なんだ。裏切ることは無いと考えている、いや、裏切るなんて考えないようにしているんだろうね。
スパイが特定できない以上、以前の作戦は全て筒抜けだろうし、新たな作戦を立てることも出来ない。違う工作員を雇ってディアボロスに送り込もうにも入隊希望はあれから全て断るようにしている。だからこうしてギルドメンバーに吠えることくらいしか出来ないのだ。
そうやって疑われて、怒鳴られて、サンドバッグになっているギルドメンバー達はどう思うだろう? いくらフィロソフィ様に忠誠を誓っていたとしても、ギルドメンバーだってロボットじゃない。多少なりとも不満を抱くはずだ。
そうしてフィロソフィとギルドメンバーの間には軋轢が生じる。――俺はこれを狙っていた。
≪マーグナー熱帯雨林≫
以前モチツキと会話のために訪れたマーグナー熱帯雨林。今回、俺はあ・る・作戦の為にここまで足を運んでいた。自分の身体を隠せるほど背の高い植物を掻き分けながら進み、モンスターの出現しないちょっとした広場のようなエリアを目指す。ここが待ち合わせ場所だ。
一足先についた俺は、そこで待機して呼び出しているフィロソフィが来るのを待つ。
フィロソフィをゲーム内でも、現実世界でも終わらせる方法はこれしかない。唯一本音で話せたとっしーもいつの間にか連絡が取れなくなってしまった。受験は夏休みが天王山と言われているしそれは仕方がないよね。協力してくれる人は居るけれど、誰にも俺の事情や本心を語ることが出来ない、これは孤独な戦いだ。
数分ほどして、パキッパキッと小枝が折れる音が聞こえてきた。その音のした方に俺は目を移す。
「……なんでよりにもよってこんな面倒なフィールドで待ち合わせなんや。このクソ忙しいときに……」
不機嫌そうな声でブツブツと言っているフィロソフィがやってきた。俺の姿を見せてやるとフィロソフィは立ち止まり、怠そうに頭をポリポリと掻いて不満そうな表情をする。
「おーいアリサ、話ってなんや、フレンドチャットじゃいかんのか?」
「……ごめんなさいマスター、大事な話なんです」
俺は出来るだけ真剣な表情を作ってフィロソフィに話す。そんな俺の表情を見てただ事ではないと悟ったのか、フィロソフィの表情にも緊張の色が走る。その表情を確認したのち、俺はゆっくりと口を開いて話し始める。
「……実は没収されたスマホの中身、親に見られたみたいなんです」
俺がそう言った途端フィロソフィの表情はみるみる絶望の色に染まっていく。もちろん、こんなことは嘘八百である。
「は、はぁ? それはどういうことや、まさか俺たちがリアルで会っていることがバレたっていうんか?」
動揺するフィロソフィの姿を見て吹き出しそうになる。この顔がみたくて今までやって来たんだ。
「はい、それだけでなくアレも……」
「写真……まさか、あの時に撮ったハメ撮りも見られたんか!?」
あの時っていつなのか知らないけど、俺はコクリと頷く。
そしたらフィロソフィは頭を抱えて「ああぁ~」と、うめき声を上げ始めた。俺は笑いをこらえながらも泣き出しそうな声を出して続ける。我ながら凄い演技力だと思う。
「母は警察に通報するって言っていました。多分私たちはもう終わりです……」
アリサ本人の口から「警察に通報」なんて言われたら絶望感も相当な物だろう。
疑う余地なんか無い。更なる絶望の顔が見られるぞって楽しみにしていたのだけど、予想と反してフィロソフィの態度が一変した。
「……ふざけんなよ……俺は悪くないッ!!」
唸るような声でフィロソフィが叫んだ。その豹変具合に俺も驚いてしまう。
「……大体こうなったのもお前が原因やろ、アリサ! 寂しいとか言って先に俺にすり寄ってきたのはそっちやないか。俺に抱いてほしいって最初に言い出したのもアリサの方やろ! だから俺は仕方なくお前を抱いてやったんや! それに金も渡したやろ? せやからこの件は全て俺には関係ない、全部そっちが作り出した問題や!」
「そんな、酷いわ……マスター」
「前にも言ったけどな、俺には家族がおる。せやけどお前は未成年や。売春における女っていうのは保護される立場やし逮捕されることもない。俺が逮捕されるダメージに比べたらアリサの受ける処罰なんて屁みたいなもんや、だから分かるやろ? 俺のことをうまく誤魔化してくれへんか? ほら、金もようさん渡したやないか」
何とも自分勝手な理由で呆れてしまう。金のことをやたら強調するのはアリサに負い目を感じさせようとしているのだろうか。
なあアリサ、見ているか? これがお前の愛していた男の本性だよ。アリサには金を渡したのかもしれないけど、俺は何も受け取っていないんでね。悪いけど罰を受けてもらうぜ。
「……あさだけんぞう」
俺は聞こえるか聞こえないかのギリギリの声の大きさでぼそりとその名前を口にする。
そしたらフィロソフィは口をあんぐりとあげて驚くもんだから分かりやすいのなんのって。
「おい、どうしてお前が俺の名前を知っているんや……本名を教えたことは無かったはずやぞ!!」
フィロソフィは顔色を変えて俺の胸倉に掴みかかってくる。女性に手を上げるなんて最低ねっ、まあ中身は男なんだけど。
しっかし、この反応はけんぞう本人だって認めているようなものだぞ?
俺は口元を吊り上げながら左手をひょいと上に挙げ、彼・に合図を送る。
その直後、俺の背後にある茂みが揺れ、ずっとそこで俺たちのやり取りを撮っていた人物がカメラを持って出てくる。
シリアスな雰囲気の中、場違いなくらい楽しそうな声で、彼はお決まりの台詞を叫んだ。
「どーもー! ヤミキンTVです! えー現在のやり取り、全て撮らせていただきました! しかも生放送で、現在も放送中でーす! いやあ、衝撃の事実でしたね~。それが本人の口から語られるとは……これは大スキャンダルですよ! まさかDOMの世界から犯罪者が出るとは思ってもいませんでしたね! ハハハ!」
ヤミキン――。今回も雇わせてもらったぜ。アリサの全財産を使ってな。
前回のフィロソフィのRMT疑惑で盛り上がっている中、新たな燃料が欲しかったのか、ヤミキンは快く受け入れてくれた。
「きゃー何よこれー」
「な、なんやこれ……おい、お前! なに撮ってんねん! クソッ、これもシエルの仕業か!」
狼狽えるフィロソフィ。まさか今までのやり取りが生放送で流されていたとは思ってもいなかっただろう。それに、わざわざ悪事を自分の口から語ってもらったんだ、これ以上の証拠はないよな。
「ちなみにこれはDOM内だけではなく、現実世界にも流れていますよ~」
ヤミキンは呑気な声でそう告げる。大きなサングラスの向こうで彼は何を思っているのだろうか。
「せ、せや……今まで言ったことは全て嘘なんや。これはヤミキンのドッキリの企画に協力していただけやで? せやから今までのことは台本の台詞だったんや!」
ヤミキンの持つカメラに必死に訴えかけるフィロソフィ。
ふん、ドッキリということにして上手く逃げる気か。だが無駄だ、既に手は打ってある。
「これはドッキリでもないし、嘘でもないですよ。SNSアカウントを確認してみてください。そこに全てが載っていますぜ☆」
ヤミキンは余裕の笑みを浮かべてそう付け加える。
俺は事前にSNSのアカウントを作り、ネット上に写真そして音声データを全てアップしておいたのだ。フィロソフィが何と言おうが、これを見ればフィロソフィがクロだということは誰が見ても分かるようになっている。
ヨシツネ
「フィロソフィさん……今ログアウトしてヤミキンさんの言っていたSNSアカウントを見てきました。RMTの噂は嘘だと信じていましたが、これには私もついていけません」
ココア
「生放送見ました。マスターがそんなことしていたなんてサイテーです! 通報させていただきます!」
イトゲン
「けんぞー(笑)アリサちゃんとそんなことしていたのかよw ありえねえわ、このロリコン野郎w」
エクレア
「犯罪者のギルドにいるわけには行かないので抜けますね。お世話になりました」
…………
ギルドチャットでもフィロソフィを見限る声が多く聞こえてくる。溜まっていた不満もあってかそれが一気に爆発した感じだ。ギルドチャットでこれなのだから生放送のコメントはさぞ荒れているんだろうな。見ることが出来ないのが少々残念である。これが出演者の悲しいところね。
「ええい、このッ!!」
フィロソフィは俺を乱暴に突き飛ばし、慌てながらメニューコマンドを操作していく。ログアウトして自分の目でその証拠を確かめてくるつもりなのだろう。取り残された俺は、おっさんに買われた可哀想な少女を演じるため、泣いているフリを続ける。
フィロソフィの姿が消えた後、ヤミキンは皮肉交じりにこう言い放った。
「あらら、フィロソフィさん逃げちゃった。明日はディアボロスとの運命のギルド戦なんだけどどうなっちゃうのでしょうね~」
いや、本当にどうなっちゃうんだろう。この一件でセレスティアスのギルドメンバーも結構抜けちゃったし、ギルド戦どころではないのでは?
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