#25 旅は道連れ

≪シャルーア街道≫


 ウェスタンベルから出発した俺たちは、寄り道をすること無く、次の町シャルーアへと向かって歩いていた。最初は俺一人で行くつもりだったのだけれど、俺が好きにすればいいと言ったせいで、ユリアと一緒に行く羽目になってしまった。


 旅は道連れ世は情け


 そんなことわざを思い出す。仲間が居るのは良いことだと思うけれど、ゲーム内で出会っただけの人を信用していいものなのだろうか。アリサやさくらひめみたいに、平気で人を裏切ったり、周囲にいい顔をして他人を利用することばかりを考えているプレイヤーを見てきた俺としては、人を信じてもいいのか分からなくなってきた。


 所詮この世界は偽りの世界。そして、この俺も初心者のフリをしている偽りの住人。結局、俺も同じ穴の狢。自己嫌悪に同族嫌悪、そんな偽りにまみれた世界で何を信じればいいのだろうね。何が悪で何が善なのか分からないよ。


 これから俺は何を指標にしていけばいいのだろう。これだけは絶対に信じられるという何かが欲しい。


「シエルさん……大丈夫ですか?」


 横を向いたら心配そうな顔をしているユリアと目が合った。俺はそんなに心配になるような顔をしていたのだろうか。


「大丈夫だよ」


 なんだかいたたまれない気持ちになり、おもわず前を向き、目を瞑ってしまった。


 目を閉じるのは良いね。一瞬で嫌な現実から目を背けられる。例えそれが仮初でも。


 そういえば視覚情報がシャットアウトされると音や匂いに敏感になるって話を聞いたことがある。


 仮想世界でもそれは当てはまるらしくて、なんだか歩いているうちに懐かしい潮の香りを感じ始めてきた。俺が住んでいる町の近くには海が無いので実際に潮の香りというものを嗅いだことが無いのだけれど、以前DOMで海の近くのエリアに居たときにはこんな香りがしていた。


「シエルさん、これ潮の香りですよ! 私の家は海の近くなので間違いないです! ゲームの中でも再現出来るなんてすごいなぁ……ここからは見えませんが、近くに海があるんですよね」


「……ああ、次の町シャルーアは港町だからな。町に入れば海が見えるよ。その町には大きな船が停泊してあるんだ。船に乗れば大陸間を移動出来るし、行動範囲がかなり広がるぞ」


「わぁー! 楽しみ!」


 すっかりテンションが上がっているユリアだった。そういや人見知りだって言っていたけれど、こんな風にテンションの高いユリアを見るのは初めてだな……なんだか光の冒険団を抜けたことで吹っ切れたようにも見える。それとも俺を気遣っているからなのだろうか。


 もっと強く自分を持たなければ。



 しばらく歩いていると町の入り口である門が見えてきた。ウェスタンベルの街に入るときと同じように、シャルーアの町の門には門番NPCが厳つい顔で立っている。恐らく王様から貰ったエンブレムの提示を求められるんだと思う。


「冒険者よ、ここを通るには……」


 言い終わる前に俺たちは門番にエンブレムを見せつけてやる。そんな長い台詞を全部聞くまで待っていられるかよ。


「……よろしい、通り給え」


 なんて門番はお決まりの台詞を吐いて、門の中へと通してくれた。


≪シャルーアの町≫


 中世ヨーロッパ風の建物が建ち並ぶ港町。進行の早いプレイヤーは既にこの町にも辿り着いているようで、町の出入り口ではパーティの募集が行われていた。奥には大きな船。一度でいいから現実でもあんな船に乗って旅行でも行ってみたいものだね。そして見上げれば澄み渡る青い空。


 そんな青空向こうで、カモメのつがいが飛んでいた。絵文字にすると「^^」といった具合に。普通の人なら「あ、カモメが並んで飛んでいるー」なんて平和な光景に見えるのだろうけど、俺にはフィロソフィが嗤っているように見えてしまって、どうもいい気分じゃない。ここまで来ると病気だな。


 あの青空を飛ぶカモメに当然、俺の手は届かない。今の俺はフィロソフィに手が届くだろうか。いいや、届かないだろうね。


 俺のレベルは45。アイツを倒すにはもっと強くなる必要がある。最初から始めて、トップに肩を並べるのは思ったよりも厳しいものだ。


 フィロソフィ関連でアリサのことを思い出す。


 そういやアリサはまだログインしていないのか? ギルドのゴタゴタがあったせいでフレンドリストを確認するのをすっかり忘れていた。


 メニューコマンドを開いて、急いでフレンドリストを確認すると、既にアリサがログインしているじゃありませんか。しかも、既にパーティを組んでいる。なんたる失態。


 ログインしているなら挨拶くらいしろよ! って思ったけど、今の俺とアリサは最近知り合ったただのフレンドであり、特別な関係でもなんでもないのだ。ならば誰かに誘われる前に誘うのが勝者である。それに当てはめると、今の俺は敗者なのかもしれないけど、俺は事前に“約束”というものをしてある。約束の効力は舐めてはならない。破った者は問答無用で悪者に出来るのだから。


「ユリア、悪い。用事出来たから俺ちょっと行くわ」


「えっ、これから町を一緒に見て回ろうと思ったのに……」


【パーティから抜けました】


 俺が町の中に消えて行く途中、ふと振り向くとユリアが一人悲しそうな顔をしたのが見えて心が痛む。


 町を一緒に見て回る、か……。


 俺もユリアと同じ純粋な初心者なら一緒に回って楽しめたんだと思う。でも俺にはやるべきことがあるんだ。ごめんね。



 サーバーを変えるために一旦ログアウトする。そして一般サーバーで再びログイン。


 レベルを大幅に上げるチャンスを無駄には出来ない。心を鬼にして貪欲になり、チャンスには自ら食らいつかねば。それが強者になる為の条件なのだ。


『こんにちは! アリサ、昨日の約束は覚えてるかな?』


 俺は純粋な初心者の仮面を被り、昨日に引き続き、フレンドチャットで爽やかに挨拶をする。こういうのは第一印象が大事なのだ。


『こんにちは、シエル君。覚えているよ。今日は何をして遊ぶの?』


 約束を覚えているのに、他の人とパーティ組んでいるんじゃねーよ。……というのは心の中にしまっておく。俺の心の中はもう満杯です。


『実はシャルーアの町にも行けるようになったんだ。今日も昨日と同じようにレベル上げを手伝ってほしいな』


 手伝うっていうか、全てアリサがモンスターを倒していたけど。


『うん、いいよ! 今日は私のギルドの人も一緒だけどいいかな?』



 アリサの快い返事に安心するも、後半聞こえた「ギルドの人も一緒」という言葉に緊張感が走る。恐らく今組んでいる人のことだろう。


 一体誰なんだ……。


 俺は目の前のウィンドウに表示されているフレンドリストを睨む。そこには一人、アリサと組んでいることを示すピンが表示されている。


 セレスティアスのギルドメンバーでアリサと組むような相手……どうしてもアイツのことを思い浮かべてしまう。


 ――フィロソフィ。


 別に会ったからって殺されるわけでもないし、正体がバレることも無いだろう。けど今はまだ心の準備が出来ていない。フィロソフィを前に平静を装う自信があまり無い。


 かといって、こっちは手伝ってもらう立場だし、断ることなんて出来ないよな……。


 俺は頭を抱える。


『ああ、全然問題ないよ』


 問題ありまくりだが、今の俺に出来る返事はそれだけだった。


『それじゃ誘うねっ!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る