第二十三話 黒い傘
「……じ……、みじ……」
何だろう、遠くから美少女アニメの主人公みたいな声が聞こえる……
「もみじ!!」
今度ははっきり聞こえた。このアニメ声は……
「寝てんじゃねーよ紅葉!」
私は飛び起きた。見るとそこには子生が立っていた。
「子生……生きてたのけ!」
思わず大声を上げてしまった。
「あたりめーだ! あたしがそう簡単にくたばるわけねーだろ!」
荒地の言った通りだった。
「さっきまで気ぃ失ってたあたしが言うのもなんだが……寝てる場合じゃねーぞ! まだ戦いは終わっちゃいねー!」
子生に言われてはっとした。目の前に鼻血を流しながらこちらを凝視する獣が立っていた。
「立て紅葉! そしてあの野獣を倒せ! ホコミナをまとめられんのはおめーしかいねー!」
子生の声に私は大きく頷き、立ち上がった。
「ありがとう、完全に目が覚めた」
私は再び構えをとった。
「シブトイヤツメ」
ベテルギウスが私を睨みつけた。だが奴も相当ダメージが残っているのか、足元がふらついている。
「お互い満身創痍は変わらねーってことだな……」
私はひとりつぶやいた。お互い後が無い。勝負は次の一撃で決まる……
ポツッ
その時、私の頬に水滴が落ちてきた。反射的に上を見ると、黒い雲から大粒の雨が降ってきた。
「グウウオオオ!」
私が空を見上げた瞬間、ベテルギウスが雄たけびとともに突進してきた。
不意を突かれ、目線を戻した時にはすでに目の前までベテルギウスが迫っていた。
「くっ!」
私が声を上げるのと同時にベテルギウスが腰を落とした。
「シネエエエ!」
叫び声とともにとてつもない早さで突き上げアッパーを放ってきた。
「っっっ!」
奴のアッパーが私の頬をかすめ空に突き上がった。
私は自分でも驚くほどの反応速度でベテルギウスのアッパーをかわしていた。そして、奴の懐に潜り込んだ。
「おおああああ!」
そして、渾身の力で奴の腹にリバーブローを叩き込んだ。
「グヴォォォッ」
ベテルギウスは苦悶の表情を浮かべながら後ずさりし、ズシンという音を立てて地面に膝を着いた。
「ガハ……グググ……」
苦しそうな声を上げながらも立とうとしている。だが、ダメージは相当深いようだ。
「オマエハ……ナゼソンナニツヨインダ」
ベテルギウスが息も絶え絶えに尋ねてきた。
「守るべきものがあるからだ」
私はベテルギウスの目を見据えて答えた。
「マモルベキモノ……」
「私を信じてついて来てくれる仲間がいる。それを守る為ならいくらでも強くなれる」
「ナカマ……カ……」
そうつぶやきながら、ベテルギウスはゆっくりと地面にくずおれた。
「ふうっ」
大きく息をつき空を見上げた。顔を叩く雨粒がなぜか心地よく感じる。
私は急に体の力が抜けてしまい、その場に膝を着きそうになってしまった。
「紅葉っ!」
子生と荒地が駆け寄り肩を貸してくれた。
「大丈夫か?」
荒地が心配そうに顔を覗き込んできた。
「うん、なんとか……」
私は弱々しく返事をした。あんまり見られると照れくさい。
「しっかしおめーは本当に大した奴だよ。とうとうあのベテルギウスをやっちまった」
子生が嬉しそうに私の顔を見た。
「あやうく殺されかけたけどね。これでホコミナが平和になるかな……」
私のつぶやきに子生がゆっくりと頷いた。
「ああ、おめーのおかげでな」
「そっか……」
私は子生に笑顔を返した。ようやくこの戦いにも終わりが見え、私は安堵感を覚えていた。
「――立てよこのブタゴリラ野郎!」
その時、大竹の喚き声が響いた。
「ウ……オオタケ……」
ベテルギウスが苦しそうにつぶやいた。
「おめーは喧嘩以外なんも役に立たねーのに負けてどうすんだよ! 早く起きてそいつらブチ殺せよコラァ!」
大竹はまだ起き上がる事が出来ないベテルギウスに向かって罵声を浴びせた。
「ゴミ野郎め、本性現しやがったな」
子生が大竹を睨みつけながら言った。
「オオタケ……オマエハナカマジャナカッタノカ……」
「んなわけねーだろこのゴリラ! 喧嘩に負けたおめーなんざただの木偶の坊だボケナス! おい、おめーら! 今のうちに借宿にとどめ刺せ!」
大竹はベテルギウスをぼろくそにこき下ろし、まわりのヤンキー達に怒鳴り散らした。だが、ベテルギウスの子分達は誰一人動こうとしない。
「おい、何やってんだコラァ! さっさとやっちまえ!」
再び大竹が怒鳴った。すると一人のヤンキーが、
「うっせーよチビ」
と言い放った。
「な、なんだと!?」
「俺らはベテルギウスさんについてるんであって、おめーの子分になったわけじゃねーよ」
そう言って倒れているベテルギウスを介抱し始めた。
「ぐ……」
大竹が絶句した。顔が青ざめている。
「はっ、いいザマだべなおい。さてと……」
子生が私の腕を肩から外した。
「おめーまだやる気なんだろ? あたしがタイマン張ってやるよ。今なら手負いだからチャンスだぜ」
指を鳴らしながら大竹に近付いていった。
「まっ、待って……」
「うらあ!」
子生が素早く距離を詰め飛びヒザ蹴りを放った。
「ぶべっ!」
大竹は情けない声を上げて吹き飛び、三回転ほどして地面に転がった。見ると完全に気を失っているようだ。
「二度とベテルギウスに近づくんじゃねーぞゴミ野郎」
子生が吐き捨てた。
そこにいる全員が戦いの決着を見た。
**
「終わったな」
荒地が言った。
「うん、終わったね。てかもう一人で立てっから大丈夫だよ。ずっと肩を貸りててごめんね」
私は荒地からそっと離れた。
「二人ともお疲れ。今日はマジでありがとな」
そこへ子生がやって来た。大竹を倒してスッキリしたのか、もの凄く晴れやかな表情だ。
「ん? なんだよ紅葉、顔が赤けーぞ。照れてんのか?」
子生が茶化すように言ってきた。
「ちっ、ちげーよ! まださっきのダメージが残ってるだけだっぺよ!」
「可愛いなおめーは。何なら付き合っちまえよ。お前らめっちゃお似合いだぜ」
私がさらに顔を赤くした時、箕輪と泉が走って来た。
「紅葉っ」
と言いながら箕輪が抱きついて来た。
「箕輪っととと」
「紅葉さんっ!」
今度は泉が後ろから抱きついて来た。二人ともめっちゃ泣いている。
「紅葉ぃ、無事で良かったよぉ……」
「箕輪……泉……」
私も思わずほろりと来てしまった。
「ふっ……」
その光景を見て子生と荒地の表情にも笑みが浮かんでいた。
「カリヤド」
二人と抱き合っていると、ベテルギウスが子分達とともに私の所にやって来た。
「スマナカッタ……オカゲデホントウノナカマガダレカワカッタヨ」
そう言いながらベテルギウスは子分達の方を振り返った。
「ううん、もう終わった事だし何とも思ってねーよ。それに洗脳が解けて本当に良かったべなぁ。大竹が言ってた事は全部嘘だから早く忘れてね」
私は笑顔でベテルギウスに言った。
「アア、ソウスルヨ。タダ、ドウテイトイウノハホントウダガ……」
そんなこと別に言わんでいい! と突っ込みを入れようと思ったが、
「別に童貞でも大丈夫だろ。あたしもまだ処女だしな」
と子生が慰めの言葉とともにさらりと凄い事を言ってのけたので、あえて突っ込まなかった。
ベテルギウス達は股間を押さえながら去って行った。
「あたしらもそろそろ帰るか。傷の手当てもしねーとな」
ベテルギウス軍団が撤退するのを見届けると、子生がそう言って歩き出した。私達もその後ろについて歩き出した。
「お、雨上がったか」
ふいに子生が足を止めて空を見上げた。いつの間にか雨は止んでおり、西の空が紅く染まっていた。太陽の光が地面の水たまりを照らしている。
私は雲の隙間から刺す夕日に目を細めた。
「――っ!」
その時、背後から鋭い殺気を感じた。
振り返ると一人の女が黒い傘を差して立っていた。
「ん? どうした紅葉」
子生が私の視線の先を見た。すると急に表情を強張らせ、
「あいつは……!」
と言って女を睨みつけた。
女はゆっくりと傘をたたみ、こちらに近づいて来た。
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