第146話 抱擁


「ディルク……」


「アシュレイ!」


少し驚いた顔をしたディルクが、ベッドから体を起こそうとして、痛みに顔を歪ませる。


「あ!まだ大丈夫じゃなかった!」


「ハハ、バレたか……」


ベッドに横たわるディルクの側まで近づいて行く。

膝を折って、目線をディルクに合わす。


「またいっぱい泣いたんだな。目が赤くなっている。」


「だって……レクスが……。」


微笑んでディルクが、私の頬に触れようとする。


急いで触れられ無いように、少し後ろに退いてしまう。


「アシュリー?」


「私に触れたら、またディルクが倒れちゃう!」


「……同じ様に言うんだな。」


「え?」


「大丈夫だ。アシュリー。」


ディルクの伸ばした手が、私の頬にあてられる。


「私に触ったらダメなんだ……」


「どうして?」


「みんな私を忘れていくもの……」


「忘れないよ……」


「でもっ……!」


「もし忘れてしまっても、必ずすぐに思い出す。アシュリーの、その暖かさを忘れる事なんか出来ない。」


「ディルク……」


ディルクが伸ばした手を、そっと右手で触れてみる。




ディルクの過去が見えない……!




驚いて、ディルクの顔を見る。


「どうした?」


ディルクが私の頬を撫でる。


その手を、左手で恐る恐る触れてみる……



「私が誰か……分かる…?」



「俺の大好きなアシュリーだ……」



嬉しくて、涙が出そうになって、思わずそのままディルクに抱きついてしまう。



ディルクにしっかりと抱き締められる……



「ディルク……大好き……」



「俺も大好きだよ。アシュリー。」



その言葉が嬉しくて、思わず微笑んでしまう。



それからゆっくりと目を閉じて



そっとディルクと口づけをした。



触れられる事が嬉しくて



触れている事が嬉しくて



ただ唇を重ねる



ディルクが上体を起こして



私を下に寝かせて



それからまたディルクの顔が近づいてくる



目を閉じて



ディルクの唇を



ただ受け入れるように



何度も



お互いを確認するように



何度も



何度も



唇を重ねていく





「うっつっ……!」


「ディルク!大丈夫?!」


「あぁ、大丈夫だ……。」


ディルクは体の痛みに耐えながら、またベッドに横たわった。


「まだ無理しちゃダメだ。体も熱いし、ちゃんと寝ておかないと!」


「くっ!こんな時にっ!」


「ふふ……いつも無理をするからだ。」


「あぁ、そうだな、自粛しないとな。」


「ゾランも凄く心配してた。」


「ゾランはいつも大袈裟なんだ。」


「そんな事……そうだ、ディルクじゃなかった!」


「え?」


「リドディルクって名前だった。」


「あぁ……。」


「どうしてディルクって?」


「言いにくいだろ?」


「え?」


「幼い頃、俺は自分の名前なのに、ちゃんと言えなかったんだ。」


「ふふ……そうなんだ?」


「精霊達に名前を聞かれた時に、上手く言えなくて、ディルクって言ってしまったんだ。」


「ルキスもディルクって言ってた。」


「それからは、外で名乗る時はディルクって言ってるんだ。」


「そうだったんだ……」


「アシュリーと……」


「え?」


「一緒にいた男は誰だった?」


「エリアスの事?」


「レクスが、その、エリアスって奴とアシュリーが、その……キスしてたと言っていた。」


「あれは!ただっ!偶然当たっただけでっ!」


「……気をつけて欲しい。」


「はい……あっ!」


「どうした?」


「あの青い髪の綺麗な女の人っ!」


「姉上の事か?」


「お姉さんだったんだ……」


「あぁ。拐われていてな。それで助けにあの会場まで行ってたんだ。」


「そうだったのか……」


「アシュリーがドレス姿でいた。」


「それはっ!潜入するのに、その方が良いかなってっ!」


「凄く綺麗だった。」


「……っ!」


「誰にも見せたくないって思った。」


「ディルク……」



ディルクと手を握り会う。


それから私の頬を撫でる。


私もディルクの頬を撫でる……


好きな人と触れ合える事が、こんなにも幸せに感じるなんて……


でもレクスは……


誰にも触れ合えないんだ。


レクスの事を考えると、また涙が溢れて来そうになる。



「レクスの事を考えてる?」


「分かるの?」


「心配と不安の感情が流れて来たからな。」


「どうしたら良いんだろう……」


「アシュリーはもう分かってるんだろ?」


「ディルク……」


「浄化させるのは……満月の夜が良い。苦もなく天に還りやすい。」


「エリアスもそう言ってた……」


「別れるのが辛いか?」


「……。」


「レクスも辛い筈だ。でも、離れる事を決めたのなら、それはアシュリーの為だ。」


「うん……」


「レクスは幼いが、ちゃんと男なんだ。分かってやれるか?」


「……うんっ……」


「また大きな目にいっぱい涙を溜めて。」


ディルクが私の涙を拭う。


「ディルク……ありがとう。会えて良かった。」


「俺もアシュリーの暖かさに触れたから、凄く体が楽になった。」


「本当に?」


「本当だよ。」



それからまた、ゆっくり唇を合わせた……




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