第11話 お見合いと趣味嗜好は別?

 その日。立花と遥香は、居合わせてしまった抱擁の件について、昼休みの屋上のベンチで昼食を食べながら話し始める。あくまでも、不可抗力で望んで行ったことでもないため、ふたりの会話には恥ずかしいという感情しかなかった……

「べ、別に。いいのよ?好き合ってるふたりなんだから……」

「だから、違うってば!遥香ぁ。」

 あの時の遥香は、教室へと忘れ物をしたことで、ちょうどあの場所へと居合わせていた。そして、自分の目の前で繰り広げられている情事に、半ば興奮気味になっていた……

『なになに!どういうこと?ふたりとも、いつの間にそういう仲に……』

 幼い頃からの親友で、お互いの恋愛ごとの相談に乗ったこともあった遥香にとって、司に出会ってからの立花の乙女度の上がり方は、目まぐるしいものがあった。

 司が来るまでは異性に対して興味を示さなかったのか、ふりふりと流れのある女の子らしい私服を着るというよりも、機能的で動きやすくどちらかというと異性ウケしない洋服しか選ぶことは無かった。

 しかし、司が学園へと編入したことで、立花の周辺はガラッと変わっていった。最初こそ衝撃的な出会いとなったが、その日から日に日に、異性に対しての立花の好奇心がうなぎ上りになっていった。

 立花が最初のオシャレとして始めたのが、ヘアピンからだった。気軽にオシャレができるというのもあるが、オシャレをしたことのない立花にとっては、ヘアピンを買うのが精いっぱいだった。

 その後、なかなか気が付いてくれない司に対して、周囲が分かるほどに立花のオシャレが身についていった。ブリーツの入ったスカートに始まり、それまでの立花なら絶対に見向きもしなかった、レースのハイソックスすら履き始めていた。

 その様子に遥香も影響を受け、おしゃれに拍車がかかったのは、想像にかたかった。それは、遥香の周囲にも波及したことで、遥香の思惑とは全くかけ離れる結果となっていた……

「ねぇ。遥香。お見合い話が来たって言ってたけど……」

ざわっ!

 スレンダータイプでモデルスタイルの立花とは異なり、グラマーで出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる遥香は、同じ女性の立花が見てもうらやましい体形をしている。

 そんなことから、学園の男子生徒の最初の一目惚れの相手になりやすいらしく、頻繁に声をかけられている。数日前も、校舎裏に呼び出されたかと思うと、1年生の男子生徒から告白されたりと、色恋沙汰が絶えなかった……

 そんな遥香の人気を察した両親がほっとくはずもなく、どこの馬の骨とも知らない彼氏ができるくらいならと、見合い話を持ち込むようになっていた。そして、遥香の見合い話は、学園の男子生徒がショックを受けるのが日常になりつつあった。

「あぁ。あれ……断ったよ。」

「はぁ?なんでまた。」

 遥香がお見合い話を断るには、興味がないというほかにも別の理由があった。それは、相手が特殊な趣味の持ち主なこともあった。

 今回、両親が紹介したのは、学歴や成績は優秀なものの、顔合わせの後のふたりだけで会話をする時に、遥香の容姿やレース使いの服装を見た相手は、第一声が常軌を逸していた……

「あの、踏んでもらえますか?」

「えっ……」

 日本庭園を二人で歩いていたが、春先だというのに、真冬のような肌寒い空気がふたりの間に流れた。そして……ふたりの間に流れた真冬のような沈黙は、遥香のひとことで一掃された。

「お・こ・と・わ・りです。」

 さげすんだ目でそう言い放った遥香は、日本庭園を静かに後にし、両親に断る旨を伝えた。あまりにもろくでもなかったこともあり、両親にも何も言わずにお見合い会場を後にしていた。あとから人づてに聞いた話では、言葉攻めにも目覚めたらしいということが遥香へと伝わってきた。

「そんなにひどかったんだ……」

「ひどいも何も、踏んでくれって何よ。」

「確かにね……」

「それに、なに?言葉攻めにも目覚めたって、まったく……」

「ははは。」

 立花と遥香は、午後からの授業に向けて教室へと移動してきていた。その移動の間も、遥香の愚痴は止まることを知らず、立花は聞き役に徹する形になっていた。そして、話の内容はいつしか司と立花の話になっていた。

「そういえば!」

「な、なによ。急に。」

「昨日は何があったの?誰もいない教室で、ふたりっきりで……」

どよっ!

 午後の授業の開始を知らせる予鈴の数分前。教室にはちらほらと生徒が戻ってきていた。そこへ、立花が司のふたりが、誰もいない教室でふたりっきりという単語に、思春期真っ只中のクラスメイト達は、一斉にどよめく。

 立花は学年主席で、司も転入生でありながら代表を務めたほどの逸材。そんな学園の二大トップの色恋沙汰に、生徒たちは授業の準備をしつつも、聞き耳はしっかりと立花と遥香の会話へと傾けられていた。

「ちょっと!遥香。何てこというのよ!」

「だって、そうじゃない。私が目撃するまでは、教室でふたりっきりだったんでしょ?」

「それは、そうだけど。そうだけどさ、その話は屋上で済んだこと……」

 興味津々の表情で目を輝かせながら質問する遥香は、見合いの話をしている頃とはうって変わり、水を得た魚のようにいきいきと話し始めた。

 そんな遥香にことの次第を説明していると、話題の中心人物の一人が教室へと入って来る。司の机は立花や遥香の真後ろの席なこともあり、ふたりの会話が普通に司にも聞こえていた。遥香は司が帰ってきたことを良いことに、話の中に司も混ぜ始めた。

「ねぇねぇ。司くん、ちょっといい?」

「な、なんですか?」

 あまりにもにやにやしながら話しかける遥香に、一抹の不安を感じた司は身構えつつも質問に答え始める。司は授業前にのどを潤しておこうと、売店で購入していたパック牛乳にストローをさして……

「あの時、何してたの?」

ぶはっ!

きゃっ!

 たまたま、口に含んだタイミングでの遥香の問いに、思わず含んだ牛乳を吹き出し、目の前で司の方向を向いていた立花の顔にかけてしまった。遥香も少なからず被害を受けたが、一番の被害者は立花だった。

 司の吹き出した牛乳を、顔面で浴びることになってしまった立花。白い液体が髪や鼻先、頬などにうっすらと残ってしまっていた。かかってしまったのは牛乳だが、遥香には、全く違うものをかけられたように見えてしまっていた。

「もう、司くんたら。若いんだから……」

「あぁ。ついちゃった……」

「ご、ごめんなさい。」

 ポケットから取り出したハンカチでさりげなく、それでいて、何の脈略もなく立花の頬をハンカチで拭いてあげていた……

「あ、あの……」

「ごめんなさい。もうちょっとでとれるので……」

「ほほぅ~」

 司が立花に対して、何気なくしてあげているその行為は、遥香や周囲の生徒にとってはカップルのソレにしか見えなかった。立花は照れてはいたものの、司の方はごく普通に拭いてあげていた。

「もう、わかったから。あ、ありがと。司くん。」

「そ、そうですか。は、ハンカチ……」

「こ、これは。そ、そう。あらって返すから、もう少し待って。」

「そんな、洗って帰すほどの事でも……」

「いいの、私の気分だから……」

 ふたりのやり取りを見ていた遥香は、にやにやとふたりの様子を眺めていた。そんな遥香に、ちょっかいを出したくなる衝動が芽生え始めた。それは、決して邪魔をしたいわけじゃなかった。しかし、自分がお見合いで尽くしてくれる彼氏が欲しい遥香にとって、目のまえの光景にモヤモヤしてしまっていた。

 そんな遥香がおもむろに立ち上がると、あの時のふたりを再現するかのように、司に抱き着いてみる。さすがに、司が座っているので全く同じということはできなかったが、それなりにあのシーンを再現できていた。

「こんな感じよね?立花?」

「ちょっ!遥香さん!?」

 あの時の様子を再現している遥香と司を遠目で見ている立花。ふたりの様子を眺めつつ同じくっつくことでも、自分と遥香とは決定的に違う容姿に注目してしまっていた。自分とは違うあきらかに違う場所を、目で追っていた立花。そのことを考えると、モヤモヤし始めた。

『何を食べたらあんなに。』

 グラマラス体形の遥香を見ながら、立花は物思いにふける。異性を魅了するふたつのふくらみは、思春期の男子がホイホイと引っかかる。

『まさに、男子ホイホイよね。で……』

 立花と司が教室でやっていた状況を再現している遥香は、明らかに立花がしていないことまも色を付けて話を盛る。そんな遥香を見ていて、話を盛るのと同じくらい、立花は腹立たしかったことがあった。

「いつまで、くっついてんの!」

「あ~ん。」

 ふたりの間に強引に割って入る立花は、頬を膨らませて遥香に抗議する。確かに、立花はグラマーではなく細身のため、女性らしいふくよかな感じではない。かといって、機能美といった具合のスレンダーボディーだった。

『私だって、牛乳飲んでるのに……』

 立花とて、乙女である。大人の女性や包容力のシンボルでもある、豊満な胸に憧れて、子供の頃には自分もそうなるものだと思っていた……

 しかし、1年、また1年と成長していく度に、立花と遥香の差は大きくなっていった。遥香は順調に豊満な体へと成長していくものの、立花は取り残されたような感覚に襲われていた。それは、学園に入学しても同じだった。

 立花と遥香は、親友で買い物なども一緒に行動することが多かった。一緒に買い物をすると、ナンパを受けるのは決まって遥香の方で、立花は声かけられることが少なかった。

 遥香と買い物した時は、このようなこともあった。それは、いつものように遥香と一緒に買い物をしようと、待ち合わせをしたときの事だった……

「今日は、これを着てくれないかな?」

「ちょっと、遥香。これ……」

「うん。男物。」

「えっ!私に、男装しろと?」

「うん。」

「えぇっ……」

 立花と遥香が一緒に買い物に出かけると、決まって遥香が声をかけられることがおなじみになっていた。うっとうしくなった遥香は最終手段として、立花の『男装』という奇抜な発想だった。

「スレンダーな立花なら、男装も余裕でしょ。」

「いや、私。女の子なんだけど……」

「大丈夫、大丈夫。」

 そんなことがあった立花と遥香は、二人で出かける場合に立花が男装することが多くなっていた。

 腐れ縁でもある立花と遥香は、酸いも甘いも一緒に体験していた。そのため、遥香は立花が困った顔をするのが大好物なようで、たまに立花を困らせて楽しむようになっていた。

 今日の遥香の行動は、これがあった。確かにあの時、立花と司は抱き合ってはいたが、それは立花の体質によるものを起因としていた。

「まったく……」

「てへっ。」

 これが、立花と遥香の日常である。

「司くん。鼻の下、伸びてるわよ。」

「いや、これは……」

「やっぱり、私よりいいよね……」

「そ、それは……」

 今回の遥香の行動で、司の立場が微妙になった一日だった……

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