第5話 水着と海は魔法のコラボ
「これ……授業だよね?」
「えぇ。授業よ。」
「毎回思うけど……これ……」
「ただ遊んでるだけよねっ!」
今日の立花と遥香と司は、学園のすぐ近くにある海岸の白浜海岸へと来ていた。時期も始業式の頃より数ヵ月が経ち、気候も安定してきたことから海での授業となっていた。
学園には、プールもあるがほとんどは海を使い、プールを使う場合は天候が悪い場合や海が荒れた場合にのみプールを使用することになっていた。そして、この二人の関係も……
『あれから、ずっと会話できてない……』
何度となく、立花は『あの事』について、司に聞こうとキッカケを作ろうとしていた。ある時は、授業終了後に声をかけようとし、司が答えるもタイミングよく担任から呼び出しがかかったり、授業が終わった後に時間を作って連絡を取ってと思っても、タイミングが合わずにすれ違ったりと、あと少しというところで司との時間を作れずにいた。
「ねぇねぇ。立花。最近、あなたのうわさ聞くんだけど……」
「なに、どんなうわさよ。」
「あなた。司さんの事……」
「ん?」
「『好き』なの?」
立花の頭の中で、『好き』という言葉がリピートされるほどの衝撃が立花の中を巡った。立花としては、うわされるほどに司を意識していたわけではなかったが、周囲が立花と同じように感じていたかは別の話だった……
「えっ!な、なんで。そ、そんなことになってるの?」
「最近、司くんと話しようとして、タイミングを見計らってるでしょ?」
「それは、あの事を聞きたくて。それで……」
「でもね。ほかの生徒からしたら、学園のアイドルが初めてひとりの異性へ興味を持ち出したんじゃないか?って、ファンの間ではひっきりなしだよ。」
「そんな。」
「ファンもね。司のスキルや家柄とか知ったら、納得した様子だけど……」
「いや、納得されても……好きだから追いかけてる訳じゃ……」
「でも、ファンはそうは見てないみたいよ。」
立花としては、好きも何も話しをしたいだけだったが、男の子の背中を追いかけてるように見えていたことで、『学園アイドルに訪れた春』かのように、ファンの注目を浴びていた。ファンの中には、ふたりの関係を応援する生徒もいるほどだった。
かといって、立花としても司に対して、そこまで敬遠するような感情は抱いていなく、むしろ少しずつ興味が湧き始めていた……
「それは……。興味はない?と聞かれたら……ないこともないけど……」
「やっぱり。」
「でも、でもね。それは、単純に友達やクラスメイトとしてね。」
「はいはい。」
「う~ん。信じてないな。その顔……まぁ。いいけど……」
学園のすぐそばにあるこの白浜海岸は、授業で使うこともあるが学園が休校な時などは普通の海水浴場としても営業している。そんなこともあってか、学園の敷地内ではあるものの、海の家なども存在する。学園が使用する場合にはさすがに営業はしていないが、それ以外の場合には営業している姿を見かけることもある。
そんな白浜海岸での授業。司や立花は休憩を取りながら授業を受けていた。立花と遥香が一緒に休憩したとき、遥香はとんでもないことを言い出した。
「立花。あたしたちの水着さ。」
「えっ。」
「あたしたちの水着。布地が小さいのが当たり前よね。」
「なにを言ってるの?遥香。こういう水着なんだもの。」
学園の水着は支給される水着と自分で用意する水着の二種類があり、生徒自身で選ぶことができるが、ほとんどの生徒が自分で好きな水着を用意し着用している。というのも、学園の水着ではオシャレなデザインもなく、シックでポピュラーなものしかなく、デザイン性に富んでいるわけではないことで自分で選ぶ水着を着用する生徒のほうが多数を占めていた。
「これ。『水着』と見るか、『下着』と見るかで、見方変わるよね?」
「はぁ?なに言ってるの?遥香。水着に見るに決まってるでしょ。どうして下着としてみるの。」
遥香がこの話を始めだすと、それまで各々ではしゃいでいたはずの生徒が、遥香の話声に聞き耳を立て始める……
「だってさ、うちら。デザインがいいからビキニとかよく選ぶじゃん。」
「ま、まぁ。」
「更衣室の中で、ビキニに着替えるけど、同じ布面積だよね。これ。」
そういいながら、自分の水着の胸部分の布地を引っ張る遥香。それを見たクラスの男子生徒がこちらを見るという状況になっていた。
「遥香っ!あんまりいじくらない!」
「えっ。う、うん。」
「それで……」
「だから、ビキニ着るのはいいんだけど。下着と同じだよね?面積的には……」
「まぁ。確かにそうだけど。水着のビキニってこんなもんでしょ?」
「だからさぁ。見ようによっては、『下着で』水泳やってるようなもんだなぁ~って……」
その話を聞き終わった立花は、幼馴染でもある遥香の時折見せるこの言動を、端的に言ってみた。
「遥香ぁ。あなた、中身。おっさんよね。わたしのおなかが辛いのに背筋さすってきたり……」
「こう?」
ツツツゥゥゥ~
「あひゃっ!」
立花のこの驚いた声で、周囲の生徒が一気に立花のほうを向いたのは言うまでもなかった。その注目に、周囲に一礼してから座りなおすと周囲はなかったかのように戻っていった。
「ちょっと!遥香ぁぁ!」
「はいはい。」
それから、立花と遥香の水着か下着か談議はしばらく続き、授業も終了し着替えることに。その矢先……
「立花さん。ちょっといいかしら……」
「はい。なんでしょう?先生。」
「ちょっと手伝ってもらえる?すぐ済むから。」
「は、はい。」
そして、立花は先生の手伝いを済ませ、先生はいつものように校舎へと戻り、戸締りを兼ねて最後に立花が着替えることになった。
「遅くなっちゃったなぁ~早く着替えないと……」
立花は小走りで更衣室へと向かうと、そこにはいるはずのない人が着替えをしていた……
「えっ?司くん?」
「あれ?立花さん?どうして?」
「それは、こっちのセリフ。どうして女子更衣室で着替えてるの?」
「は?えっ。ここ、男子更衣室ですよ?」
「そんな……。だって、こっちは女子更衣室って……」
「いや、こっちは男子更衣室って……」
「んんん?」
白浜海岸にあるこの更衣室は、しっかりと男女に分かれてはいるものの、壁が男女で色分けしているわけではないことで、壁の色で間違いを確認することができなかった。つまり、どちらかが間違えて更衣室に入ってきていることは間違いなかった。
「司くん。ほんとにここ、男子更衣室?」
「本当ですよ、ちょうど着替えてる途中なんですから……」
「そんなうそ!わたしが信じると?この位置は私のロッカーの前で半裸になって、あなたは何を……って、あれ?」
立花が自分の正当性を司に伝えようと詰め寄って、ロッカーをのぞくとそこには、女子用の立花の制服と下着がかかっているどころか、紛れもなく男子の司の制服がぶら下がっていた……
「えっ?あれ?」
「『あれ』って、だから。ここは『男子更衣室』ですって。」
ロッカーの中を確認するまで、自分の制服がかかってると思い込んでいた立花にとって、イレギュラー中のイレギュラーだった……つまり……
『まって。これって、わたしが男子更衣室に入ったの?しかも……は、半裸の着替え中の司くんのいる更衣室に?』
こういう時の思考回路というものは、いつもより数割増しで高回転するもので、立花の脳内でフル回転を始める。
『どうする?この状態をほかの生徒に見られでもしたら、あたしが水着姿で司くんの着替えてる男子更衣室に突入したことになってしまう……』
そして、こういう時の予想は、立花にとって悪い方向に傾いてしまうことを示すかのように、更衣室の外からは男子生徒の声が近寄ってきた。
「えっ!男子!?どうしよう……」
立花のいる場所は、ちょうど海側からもかなり遠く、海側の出口から出るには時すでに遅し。何とか空いているロッカーでもあれば、そこに隠れることはできるであろうが、下手に音を立てれば、近寄ってきている男子生徒に気が付かれかねない。立花が方法を探っていると、司が立花の手を取り……
「立花さん。こっち!」
「えっ!」
司が立花を引き寄せたと同時に、男子生徒が更衣室へと入ってくる……
「お~い。まだ着替えてたのかよ~司ぁ~休み時間が終わっちまうぞ~」
「うん。わかった。先行っててくれるか?すぐ追いかけるから。」
「うん。それはいいが、ん?何かあるのか?そんなにロッカーに密着して……」
「いや、ないよ。なにも。」
「ならいいけど……早く来いよなぁ~」
「あぁ。」
この会話の間。立花はどこへ行ったかというと、司のロッカーの中にいた。
『ちょっと!これ、どういう状況よ!』
「てか、司くん!体近い!」
「しっ!落ち着いて。何とかやり過ごすから……」
声にならない声で何とか意思の疎通をしていた二人だったが、立花の心臓は高鳴り続ける。それはもう、心臓の鼓動だけでバレてしまうのではないかというほどに。立花もいきなり司とこんな近距離で密着するなんて、想像だにしなかった。そして、立花にとってのドキドキは抜け出せない状況に陥ることになる……それは……
「あれ?君は、後輩の司くんだよね。始業式見たよ。」
「せ、先輩?どうして?」
「どうしても何も、次。うちらだからな。」
「えぇっ!」
『えぇっ!どうして、そうなるの!』
ロッカーの中と外で密着する形になってしまった、立花と司。互いが互いを意識し始めた矢先の出来事で、お互いが否応なしに意識してしまう状況はいつまで続くのだろうか……
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