第3話 幼馴染と秘密は使いよう?
司の衝撃の告白から数分。立花にとっては数時間膠着していたように感じていたが、その沈黙の封を切ったのは、立花のほうだった……
『えっ?なに言ってるの?人のおならを嗅ぐとかどうかしてるわ……』
一般の思春期女子にとって、自分から出たものを嗅がれるほど恥ずかしいことはない。それにも増して、首席で研究者の孫は「嗅ぎたい」と言い始めているのだから、悶々と考え込んでしまう……
『ひ、ひとまず。嗅ぐかどうかは、置いておいて、理由を聞かないと……』
司の突然の告白に、動揺しつつも立花は司がどうしてそんな考えに行き当たったのかを知りたいという、興味が芽生えた。
「な、なんで。か、嗅ぎたい…の?」
「それは……」
司が理由を言い始めようとした直後、その言葉を遮るかのように、一人の少女がふたりの話の間に入ってきた。
「ちょっと待ったぁ!」
「えっ?あ、遥香……」
「は、遥香さん?」
学園の中でもTOP2に入るモデル体型の遥香は、学園の生徒からも人気がある。それを示すかのように、ファンクラブの会員数が校内生徒の6割以上を、遥香のファンが占めている。
そして、必然的に遥香のファンは立花のファンも兼ねていることが多く、比率的には立花のほうが若干の多くなっていた。立花とは異なり、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、俗にいうところのグラマー体型だった。そんなことから、女性のファンというより男子生徒のファンのほうが多かった。
それにまして、風紀委員を兼ねていることで、風紀委員の王女とも呼ばれていたりする。また、役員の中には遥香の下でこき使われるのが好きな特殊体質の生徒もいた。
「なんで、遥香がここに?」
「いやね。立花が屋上に男を連れ込んだ。っていう話を聞いてさ。こんな楽しい…、もとい、風紀委員として見過ごせないでしょ。」
「遥香ぁ。あなたは……」
「だって、あれほど奥手な立花が、学園内を案内するという体とはいえ、屋上に連れ出したって聞いたら、ねぇ。」
遥香の行動原理としては、「楽しいこと」を最優先で考えて行動することから、その分りやすい行動から親近感を抱く生徒も多く、ファンを増やす要因のひとつになっていた。
「まったく、遥香は楽しいこと優先で行動するんだから……」
「えっへん!それで、こっちの子が……」
「はい、司。近衛司です。」
「司君ね。遥香よ。よろしくね。」
「よろしくです。」
「で……」
「で?」
「『おなら』を嗅ぎたいのはホント?」
『ぶっ!』
学園のアイドル級の美少女でそれなりに人気のある遥香から、『おなら』の単語が飛び出てくると、あまりにも滑稽で吹き出してしまう立花。
「遥香ぁ。女の子が『おなら』って……」
「えぇっ。だって、おならはおならでしょ?」
「そうだけどさ、もう少しオブラートに包むとか……」
「いいじゃない。それに、司くん。それって、私のも嗅ぎたいの?」
「えっ、どうしてです?」
「あらっ。そっけない。」
「興味ないといえば、嘘になりますが……」
「ふ~ん」
興味深そうに司の顔をのぞき込む遥香は、楽しそうという感情が全面ににじみ出ていた。そんな遥香の姿に危うさを感じた立花は、ひとまず学園の案内を続けることにする。
「司くん、ほら、学園の案内を続けるわね。」
「は、はい。」
「わたしも行っていい?」
「なんでよ!」
「いや、楽し……もとい、風紀委員としてね。」
「遥香。隠しきれてないよ。『楽しそう』だからでしょ?しょうがないわね。司くんもいい?」
「はい、僕はどちらでも……」
それから、遥香を含めた立花ご一行は学園の施設を一回りする。彩萌学園は一回りするだけでも苦労するほど広く、商業エリアも紹介するとなれば、授業の合間だけでは足りるはずもなく、休日を利用して学園の正門で待ち合わせすることになった。
「今日は、回れてもこれくらいだから、今週末の日曜を利用して、商業地区を回りましょ。いい?」
「はい。お願いします。」
「じゃぁ、日曜ね~」
「日曜10時に正門前で。」
「はい。」
「は~い」
それから、各々の学園都市内にある自宅へと帰宅していく。その帰宅途中。立花は屋上での司の告白を考えて悶々としていた。
「もう、なんなの?あの子。おなら嗅ぎたいとか、変態?変態なの?これだから、男子は……」
立花の悶々とした考えは、自宅に帰宅してからも続き、食事中の両親との会話でもその話題が出た。
「今日は、転入生が来たんだろ?知り合いの子息が来るとは聞いてたが……」
「来たわよ。って、知り合い?」
「覚えてないか?子供の頃、よく遊んだじゃないか。司くんだよ。」
「司くん?」
父親のイメージの司と立花のイメージの司ではかなりのイメージの差が生まれていた。それと同時に、立花にとって初めて出会った男の子であったことを思い出したことで、屋上の衝撃の告白にプラスαの衝撃が立花を襲うことになった。
「はぁ?あの子が司くんなの?いや、司くんなんだろうけど……」
立花の想い出の中の司は、一緒にどろんこになるまで楽しく遊んだイメージと、男の子らしい強い一面もあった印象があった。しかし、今日転入した司はというと、「おららが嗅ぎたい」と爆弾発言をしている印象しかなかった……
「まぁ、研究者のご子息だから、あの子も興味を持ち始めた分野もそろそろあるんじゃないか?」
「えっ?あ、あるみたいよ……」
両親の手前、あの頃の司をイメージしている父を見ていた立花は、今の司が『女の子のおなら』に興味を示した。なんてことを言ったら、それこそ家族間の問題では済まなくなってしまうことが目に見えていた。
「彼も、思春期の男の子だから、当然女の子にも興味を示すんだろうけど……」
「そ、そうだろうね。」
「お?男前になってた司くんにあったんだろう?どうだった?かっこよかったか?」
「ま、まぁ。」
「う~ん。なんだ?その返事は。そこまででもなかったのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
立花の父としては、対外的にも私的にも研究者の孫な上に好成績の男子生徒であれば、容姿端麗の娘を持っている親としては、ぜひとも仲良くしてほしいものである。
「今日は用事があって会うことはできなかったが、学園に両親が来ていたらしいからな。立花からもよろしくと言っておいてくれ。」
「わかったわ。それと、今度の日曜は、彼と商業エリアを回ることになってるから。」
「彼?」
「いや、彼氏とか、そういう意味じゃないからね。勘違いしないでよ?」
「分ってる。」
食事の合間で、ピンポイントで『彼』という言葉に反応する母は、この家で一番の舵取りを担っていたりする。微妙な変化や些細な言動を追求することが多いことで、学生時代は言葉攻めで名を馳せたらしい……
一方の父はというと、そんな母の言葉攻めに興奮したらしい……。立花の父も母も大概の”変態”だった……そんな両親の間に生まれた立花も、どこかを引き継いでいるのだろうが、立花は心底から引き継いでほしくないと思っていた……
週末が過ぎ、約束をした日曜が訪れる。いつものように立花は自分の部屋で着替えをしていると、母が顔を出しニヤニヤしながら、立花の様子を見ていた。
「なに。母さん。」
「いや、楽しそうだなぁ~って、やっぱり、思春期の乙女としては、身だしなみ重要よね……」
「は、はぁ?そういう関係じゃないから……」
「いいのよ、私もあなたくらいの年代は……」
「分ったから、言葉攻めで父さんを落としたんでしょ?」
「えっ、あ、あれは……お父さんの反応がかわいくて……」
「はいはい。ごちそうさま。」
「いいい?お母さんが言いたいのは……」
「はいはい、男の子は年頃が一番危ないって言いたいんでしょ?」
母親の言葉を遮るようにして、自宅を出発した立花。その背中を目で追うようにした母は、こんなセリフを残す……
「わたしの言いたいのは、そういうことじゃないんだけどね……」
「まぁ、若いふたりに任せましょうか……」
そのことを知らない立花は、約束の通りに学園都市の中にある商業エリアを回るために、一度学園の校門へと集合する。
「あら、結構。オシャレしてきたのね。立花。」
「えっ?こんなの、普通よ。」
「私服もいいですね……」
「あら、ありがと。」
正門前で待ち合わせした、立花と遥香と司は、商業エリアへと足を向ける……そんな立花と司の様子を見ながら、遥香は何かしら考えている様子だった。
『……どこで、しようかしら……』
立花の横顔を見ながら考え込む遥香の姿は、立花から見ても遥香の考えが丸見えだった。
『……遥香。あなた、よからぬこと考えてるわね。そんなにあたしに恥をかかせたいのかしら?……』
商業エリアを司に案内という題目の元で、ひそかに立花と遥香のせめぎあいが始まっていた。一方の司はというと、大人しくふたりの後ろをついてきていた。
「ふたりとも、仲がいいんですね?」
「えっ?」
「あぁ。そうよ。幼馴染だし。ね。立花。」
「そ、そうよ。腐れ縁というやつね。」
「へぇ~見ていても、伝わってくるので仲の良さが……」
「そ、そう。それはよかった。」
司を商業エリアを巡るうちに、ふたりがよっぽど仲がいいのが伝わるほどに、何かしらやり取りをしていた。時には、品揃えを紹介している立花の横に立ち……
「ここの店の品ぞろえは豊富で……」
『いまだ!』
つつ~っ!
「あひゃっ!」
「『あひゃ?』」
「い、いえ。なんでもないですよ。なんでも……」
『ちょっ、何てタイミングで背筋をなぞるのよ!』
『いやぁ。立花って、緊張しすぎると、その。出ちゃうでしょ?』
『あなた、まさかそれを狙って?!』
『えっ?何の事かしら~』
『恐ろしい子……』
ふたりがそんなやり取りをしていると、聞いていた司も思わず笑いだしてしまう……
「本当にふたりは、仲良しなんですね……」
「えぇ。なにしろ、小学校からの腐れ縁んだからね。」
「へぇ。そんなに長く……」
「こっちは、困ってたけどね……」
「えぇっ?どうして~」
「どうしてもなにも、あなたがいっつも……」
「いっつも?」
「あっ!」
立花がそのあとを言いそうになったとき、遥香の口元が妙にニヤついたことで、立花は察していた。
『遥香。あのことを司さんの前で言わせる気?』
『………』
横に並んだ遥香は人差し指を口に当て、もちろん!といった表情をしていた。そうして、立花は遥香の基本的な行動原理を思い出した……
『あっ。そうだ、遥香は「楽しいこと優先」だった……』
それからというもの、司への商業エリアの案内と並行して、遥香への注意もしなければいけなくなった立花。そのことがかえって緊張につながり、容赦なく立花のお腹を刺激していく……そして……
「こ、こんなところかな?商業エリアは……」
「ありがとう。立花さん。遥香さん。」
「いえいえ。いいのよ。これくらい……」
何とか、事なきを得ていた立花のお腹は、少しの刺激で暴発しそうになってしまっていた。すぐにでもトイレに直行し、発散したかったが遥香がそうはさせてくれなかった……
「ところでさ。司くんはどうして、女の子の『おなら』に興味を持ったの?」
『遥香ぁ~それ、今聞かなきゃダメなことなの?』
立花の心の奥底からでた訴えは、当然のように遥香には届かず、話が進んでいく……
「えっとですね。話長くなりますがいいですか?」
「いいよ。別に……」
『いやぁ。よくないから……』
「それはですね……」
それから、かれこれ10分。立花の我慢の時は続いた。かろうじて男子におならをまじかで聞かれたり、嗅がれたりする思春期女子として、致命的な状況は免れていた。それでも、少しの刺激で出てしまいそうになっていることには変わりなかった……
「へぇ~食べ物が一緒でも、性別によって匂いが変わるのね。」
「はい。それはもう。なん十通りもあって。それで……」
「それじゃぁ。これから……」
遥香はどうやら、司に立花のおならを嗅がせたいらしく、どこまでも司を立花へと仕向けようとしてくる……しかし……
「いえ。今日は。この辺で。それに、立花さん。具合悪そうなので……」
「えっ?あ、あら。そう?」
「き、気をつけて帰ってね。」
「はい。それでは、ふたりとも、今日はありがとうでした。」
案内してくれた二人に挨拶を済ませた司は、立花と遥香の前から帰宅していった……それと同時に、抑えていた立花の感情が爆発した。
「ちょっと!遥香ぁ。いい加減に!うっ!」
「ほらほら、あんまり大声出すと、でちゃうよ。」
「それでも、司さんの前では、出すわけには……」
「頑張ってたわねぇ~こうすると……」
さっ!
「やめんかい!」
おなかがリミットに近づいている立花にとって、少しの刺激もダム決壊の引き金になってしまいかねないために、必死に静止していた。
「もう、わかったわ。諦める……じゃぁ。また明日ね~」
「ほら、かえってかえって!もう。遥香ったら……」
それからというもの立花は、不用意に出てしまわないように周囲に気にしながら、かろうじて自宅に到着し、トイレにたどり着くことができた。数秒後、この時とばかりに盛大な音がトイレの中に響いたのだった……そして………
「あっ!母さん……」
「あなたの、特殊体質を受け止めてくれる異性が、現れるといいんだけど……」
「もぉ。母さん。悲しいこと言わないでよ……」
「あら。いるの?そんな稀有な殿方が?」
「それは……」
ふと。司の事が頭をよぎる………
『君のおならを嗅がせてください……』
その言葉を思い出した立花だったが、『あれは変態!』と理由付けして、なかったことにしていく……
「な、なんでもない。」
「うちの旦那も、それなりにねぇ。『変態』でねぇ~。わたしが怒れば怒るほど、喜ぶのよねぇ~」
「はいはい。両親の性癖なんて、聞いた私は、どうすればいいの?」
「いい?男は『変態』でできてるのよ。」
「はぁ。何を言ってるの?母さん……」
「いずれ、あなたもわかるわ……」
「はいはい。」
そんなある意味ずば抜けた両親の助言をもらった立花の日常は過ぎ去っていくのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます