第13話 餓鬼

 この手紙には、およそ聞き覚えのない言葉が並び、およそ面白みに欠ける内容で、かつ、ほとんどの単語が何かの代名詞のように使われているので、書き手と読み手の本人同士でしか理解できないのではないかという印象をまず持ちました。ほとんどがひらがななのは、利き手で書いていないからなのでしょうか。私はこのようなことを考えながら、雅美さんに、

「ふじゃいんというのは仏教の不邪淫のことですかね」

「そうなんですか、よくご存知ですね。私にはわかりません」

「社長が二十六年前に、不邪婬というから、女性に何か悪いことをしたんでしょうか」

「わかりません」

「はあ。で、社長はそれによって相当の罰を受けなければならないと」

「ええ」

「でもこの書き手はずっと社長を守ってきたと。二十六年間」

「そのようですね」

「で、今になって何故だかわからないけれども、『がき』というから、餓鬼がやって来て社長を喰うと」

「餓鬼って誰のことを指しているんでしょうか」

「雅美さんがわからないのに、知りませんよ、そ、そんなこと」

「ですよね」

「で、それにあたって代々木八幡に来いと、『わかっているな』って何でしょうね」

「まあ、手ぶらでは来るなと」

「手ぶらって?」

「うんまあ、まとまったアレじゃないですか」

「アレ、ですか」

「まあそんなところだと思います」

「で、雅美さんは、この社長宛の怪しい手紙を読んじゃったと」

「秘書ですから」

「もうそれはいいです」

「これ、まだ書きかけのようだと思いませんか」

「『なぜ、今になって』。確かに文末としては不自然ですね。手紙はこれだけですか」

「はい。それだけです。そんな終わり方しませんよね」

「ええ。。。ん、十八日の月曜日って今日じゃないですか・・・」

「『十三日の金曜日』じゃなくて良かったですよネ~」

「ふざけてます?」

「本気です」

「でも、それにしても不気味な言葉が並んでいますね」

「気味悪いでしょ?」

「今夜、代々木八幡へ。神社へ来いってことですか」

「薄気味悪いでしょ〜?ヒュードロドロ」

「やっぱりふざけてる」

「ごめんなさい、本気です。この手紙を書いた人、誰だかわからないけれども、わざわざ直接家に来て、ポストに投函したんだから、この人もこの人なりに本気だと思います」

「んんん。。。」

 手紙の内容しかり、誰なのかわからない人が直接雅美さんの家に行って投函したと思われることしかり、私は何か不気味で薄気味悪い感じを持ちました。背筋にひんやり嫌な汗も感じました。その人は社長宅の住所を知っている。でもちょっと待って。近隣の人なら誰でも知っているし、社長のような社会的地位が高い人ならなおのこと。単なる悪戯や嫌がらせと思えなくもありません。私は雅美さんがどんな風にこのことを捉えているのか聞いてみようと、

「で?」と聞いてみました。

「で?って?」

 やばい、あの好奇な目になってる。。。

「いやいやいやいや、雅美さん、何考えてるんですか。真に受けるんですかぁ」

「真に受けるというかぁ、、、」

「いやいやいやいや、真に受けて、代々木八幡に行くんですかぁ」

「行かないと癪だと思いませんかぁ」

「いやいやいやいや、癪だとかって話ではないでしょぉ」

「二人で行けばなんとやら」

「え?」

「ん?」

 完全にやばい。

「いやいやいやいや。私も行けってぇ?」

 雅美さんがあの持ち前の好奇な目で私を見つめています。やばい、これ、雅美さんのいつもの作戦。まずい。決まって無邪気ににっこりと好奇心旺盛な眼差しで相手の感覚を麻痺させて自分のペースに持ち込むんだ。確実に危険な状態、回避しなきゃ。。。

「行くだけですよぉ~、すぐ帰って来るんだったら」

 はぁ、、、私という人間は何故こうも押しに弱いのでしょう。いやいや、私が弱いんじゃない、雅美さんが強いんだ。あの眼で射られたらだいたいの人は落ちる。

「良かったぁ~。断られたらどうしようかと思った」

 店内の時計を見ると十二時五十分。いつの間にか雅美さんのオムライスは半分無くなっていました。そうだ、私が手紙を読んでいる間に食べちゃったんだ。

 でも、このあと、この手紙の中にはとても複雑で壮絶な人間の運命が隠されていて、それがきっかけで血生臭い殺人事件へ発展するという、雅美さんにとっても私にとっても人生の転換を余儀なくされる展開が待つと誰が思い描けたでしょう。いいえ誰もできなかったに違いありませんでした、ただ一人を除いては。しかも、それが手紙に書かれていた二十六年前の出来事に端を発すると気づいた頃に雅美さんは、、、。

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