テンプレ28 「第3の四天王」

 階段を登りきるとそこには一室が用意されていた。


「……昔はなかった」


 初めて見る部屋だったが、部屋の中央よりやや後ろに設置された重厚なデスク。その上に積まれた書類を見て、すぐにネブラ専用の仕事部屋だと推測できた。

 クロネは渡されていた書類をデスクの上へ置き、一瞬だけ仕事量の多さに同情の色を浮かべた。


「……試験は許さないけど」


 それから部屋を一周見回す、以前にあったはずの階段が続く位置には今は書類棚が設置されており、その後ろは壁になっている。

 ここで行き止まりのように見えるが、事実ネブラは狙撃を行っている。どこかに隠し通路があるのは自明じめいの理だろう。


 クロネは一番怪しい書類棚を調べ始めたが、一向に隠し通路は見つけられずにいた。


「……まだるっこしい」


 クロネは、「ゼログラビティ」と唱えると書類棚は紫の光に包まれる。


 しかし書類棚は紫に光るだけで、ピクリとも動かない。


「おかしい。……浮かない」


 ゼログラビティは本来なら物体の重力をゼロにする魔法なのだが、書類棚はその状態にあるにも関わらず浮かばないということは――。


「……壁に付けられている」


 動かせないよう。もしくはここまでの階段の入り口のように何か仕掛けが施されている可能性があるということだった。


 クロネは一瞬逡巡してから、軽くなっている中身だけを宙に放り、空になった書類棚に手をかざした。


 書類棚は次第に紅く染まっていく。


 どろりっ!!


 書類棚は原型を留めない程に溶け、後ろの壁の全面をさらけ出す。


 クロネは壁をコンコンッと叩き、そこだけ周囲の壁と音が違うのを確認するのと火球を生み出し叩きつけた。


 壁はボロボロと崩れ去り、謎の空間が現れる。

 その空間に足を踏み入れると階段が出現し、その先にはうっすらと光が見える。


「……外に続いてる。前と一緒」


 仕掛けの数々には驚かされたが、最後には自分が見知ったかつての通路の出現に郷愁きょうしゅうを誘い、同時にほっとする。


 階段を登りきると、そこには1つ目の魔物、魔王四天王のネブラがイスズのトラックの方向を向き、目から幾度となく光線を放っていた。


「ネブラ……。書類なら下に置いた。今すぐ戻れ」


「ギギッ! 書類だとっ! そんなものあとだ! さっさと出て行け!」


 クロネの方を一度も見ることなくまくし立てる様に告げる。


「……へぇ」


「それとお前、中途採用の者だな。野良ノラの時はそんな舐めた口調でも良かったかもしれんが、これからは厳しいからな! 次そんな口を利いたらどうなるか――」


 ガァンッ!!


 全てを言い終わる前に、ネブラの体は地面へと押し付けられた。

 まるで自身の体が2倍にも3倍にも重くなったような感覚に狼狽ろうばいする。


「ギッ、ギギッ! な、な――」


 ネブラはそこで初めて気づいた。

(な、なんで中途採用のやつがここに来れるんだ? 2重、3重の仕掛けを施し、正しい手順を知らぬものには辿り着けないようになっているのに。い、いや、そんなことより、この魔法ッ! この重圧プレッシャーは――)


「……で、口の利き方がなんだって?」


 ネブラはなんとか体を動かし、視線の方向を後ろの人物に向けると、自身の考えが正しかったことを確信する。


「ギッ、ギッ。せ、先代魔王クロネ」


「……ふぅん。ボクのこと呼び捨て?」


 クロネは軽く指を振るうとネブラを襲う重力がさらに重くなる。


「す、すみません。ク、クロネ、様」


 息も絶え絶えになんとか、『元』魔王の名を口にする。

 クロネは重力魔法を解除し、ネブラを自由にする。


「ギィ、ギィ、た、助かりました」


「……あれ、ボクたちの」


 クロネはトラックのジョニー号を指差し告げる。


「ギギッ。い、今の魔王様の命令でして攻撃を止めることは……」


 伺うようにネブラはクロネの表情を見ると、柔らかな笑みを浮かべていた。あまりにもこの場面に似つかわず、ぼんやりと自分はこれから死ぬのだと感じた。


「……今の魔王、裏切らない?」


「ギギッ?」


 何を言われたのか理解できずにいるネブラは、素っ頓狂な声をあげる。


「ネブラ。……ボクはキミを評価してる。魔王を裏切りボクの元に再び戻るのなら、今までの非礼はなかったことにしよう」


 服従か死か、その2択を迫られていると直感したネブラは、少しも思案することなく決断した。


「ギギッ。クロネ様についていきます!!」


 元々、クロネが魔王の座から陥落したため今の魔王についていたネブラ。自身の命と忠誠を天秤にかけられたら、迷いなく自分の身を第一に考えるのは自然なことだった。

 ネブラはひれ伏し、忠誠を誓う。


「……ふぅ。良かった」


 クロネは自然と表情が緩む。

 それは幼子が浮かべる笑顔。年齢や種族関係なく全てのモノを魅了する表情だった。

 

ひれ伏していたネブラは残念ながらその顔を見ることは叶わなかったが、ぽつりと呟いたことだけは聞こえ、「今、なんと?」と聞き返した。


「……ッ」


 クロネはさっと後ろを向き、「なんでもないッ!」と強い語調で答えた。

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