第16話

白地から呼び出された往古は、愛知県の南部の繁華街にあるスナックで白地から情報を得ようとしていた。

各地のやくざ組織との利害を超えた接触のある白地には、重要な情報が集まることが多い。


「あんたがマル暴の刑事としてやっていくのに有利になるようなこと教えますわ。そのかわり、本部の動きをたまに教えてくれればいいんや」

「秘密にしなければならないこともありますから、すべてお話する約束は出来ません」

「それは分かってますわ。あんたに迷惑がかからない程度の情報でいいですわ」

白地という男は、警察との付き合いが本当に上手そうだ。

相変わらず、油断のない目つきと、柔和な表情が同居する底知れない恐ろしさがある男だった。

「その話というのはな。この前の殺しのことや。本当の犯人は警察の上層部がやらかしたことなんだそうだ」

往古はまさかこんな話が飛び出すとは思わなかった。

身内が犯人とはどういうことだ。

「もちろん直接手をだしたのは、どこかの殺し屋だらうが、それに支持を出したのがあんたらの身内ということやな」

往古はウィスキーを持つ手が震えた。

「なんてったって名古屋の組は日本で一番大きい組織やし、名古屋で極道をはって百年にはなろうかという老舗やからな。政財界も含めてそれなりの人脈はあるでしょ。しかし、所詮極道や。邪魔なものは消すんや」

「しかし、そんな情報をもらっても自分ではそうしようもないし」

「だから、そういうこと言っているわけではないがな。あんたが県警本部で生きていくための参考やということや」


往古は帰りの電車のなかで疲れがどっと出た。

自動車警ら隊にいれば、こんな気分を味わうことはなかったろう。

自分の職務を忠実に遂行していれば、無事に定年を迎えられただろう。

憧れの県警本部勤務という夢の実現が自分を追い詰めようとしていると感じていた。


それは白地から聞いた話だった。

「名古屋の若頭とおたくの県警副本部長が繋がっているんですよ」


県警の副本部長は、次の本部長候補だった。

もちろんキャリアである。

政府与党には彼の東大の同期の閣僚もいる。

副本部長に一番近いのが組織犯罪対策本部の本部長だったのである。

本部長は組対の圧倒的な上司だった。

逆らうものなどひとりもいない。

本部長派閥がすべての課員ということだった。

そこに往古が放り込まれた。

往古は正義感の塊であった。

県警本部で働きたいという夢がある一方で、警察官として絶対に悪を見逃してはいけないという思いも強い。

それが、白地の言葉で一挙に谷底に突き落とされたのである。

白地の言ったことを胸に閉まって、そのことは根底にありながらマル暴の刑事としてのキャリアを積み重ねていく。

そうやっていれば運がよければ主任刑事くらいにはなれるかもしれない。

そうなれば、女房や子供たちにも大きな顔が出来る。

しかし、しかしだ。

それは往古の正しい警察官としての生き方の終わりを意味することになる。


自宅に帰るまでには、やはりこのまま胸に閉まって、念願の本部勤務の警察官としてやっていこうと決意していた。



⑰に続く。




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