第十二話 ようこそVRの世界へ

 こつこつ。


 やけに人工的な素材でできた通路を、足音を鳴らして歩いていくあたし。




 ――待って。

 いや、ちょっと待って。


 何でスリッパ履きなのにこんな足音するの?




 ふと足元に目を向けると、


「……う、うーん?」


 何だ、このやけにゴツいブーツっぽいの。こんなのいた覚えがない。というか心なしか見える世界が普段と違っている。背が高くなったみたい。


「これもVRだからってこと? ……って、手!」


 両脇に掲げた自分の手を見ると、黒いグローブに包まれた大きな手が視界に入った。ぐっ。握る。ぱっ。広げる。どうやらこれは間違いなくあたしの手ってことみたいだ。ついでに背中に手を回して触れた物を引き寄せてみると、真紅のマントをまとっているらしいことが分かった。きょろきょろとあたりを見回すが、一本道で何もない。鏡がないのがもどかしい。


「これ、アバター……ってことなのかな?」




 他に何か――あった。




 目の前に広がる方じゃなく、VRゴーグルの視界の片隅に、どうやら銀じいの――今のあたしの名前らしい物が表示されていることに気付いたのだ。




 ――アーク・ダイオーン。




 咄嗟にそれが何を意味するのか分かったのは、さすが孫であるあたしだ。にやにやした。




 アーク・ダイオーン=悪大王。




「銀じいのネーミングセンスなんて丸わかりだよ」


 はっきり言って、超ダサい。


 でも、いかにも銀じいらしくって笑いが込み上げてくる。どうやらこの仮想世界のあたしは悪の支配者ってことなんだろう。


 うーん……。


 でもさ、銀じいってこういうゲーム嫌いな筈なのに。凄く、すっごく意外な気がする。しかもこのゲーム、レベルの概念がないみたい。何処どこを探してもそれらしい表示がない。


「……とりあえず進むしかないみたいだから、とっとと行っちゃおっと。ごーごー!」


 こつこつこつこつ。


 ひたすら進んで行くと、ようやく次の扉らしいものが見つかった。

 迷わず開ける。




 すると――。




 うわあん。

 堰を切ったように、一斉にさまざまな話し声があたしに襲いかかってきた。




「おお……アーク・ダイオーン様がお見えである」

「久し振りじゃないッスか! 今までどちらに行ってたんスか!?」

「お待ち申しておりましたよ、我が主」


 ちょちょちょちょっ!


 思わず、ひいっ、と腰が引けて防御の姿勢を取ると、今声をかけたばかりのアバターたちが目をぱちくりして戸惑とまどった表情を浮かべているのが分かった。


 まずいっ!

 今のあたしは悪の支配者、アーク・ダイオーンなのだ。


「あ……うむ。少しばかり用事があってな。皆には無用な心配をかけた。済まぬな」


 途端、彼らの表情が柔らかく和んでいく。


「何と……勿体もったいなきお言葉」

「良いんスよ! 俺ら、アーク・ダイオーン様に会えるだけで嬉しいんスから!」

「その通りにございますよ。さあ、玉座へお掛けくださいませ」


 最後にうやうやしい態度と共に片眼鏡を左目にめたマッドサイエンティスト風の優男が言うと、それを合図に脇から走り出たせむし男がその玉座とやらの上をポケットから取り出した上質のシルクのスカーフでささっと掃いて丁重に会釈をした。


「あ――ああ。で、では、座らせてもらおうかな」


 ……気が進まないけど。


 だってこの玉座、髑髏とか棘とかうにょうにょとか、悪っぽいモチーフ満載なんですけど!


 あ。

 意外と座り心地良いかも。


 で、あたしはその高みから、大広間に集まっている面々の姿形を改めて眺めてみた。




 全員、怪人、と評するのが正しいのだろう。ありがたいことにVRゴーグル越しに見るとそれぞれ名前が頭上に表示されている。最初に声を発した朱塗りの鎧姿の巨漢は、鬼人武者さんと言うらしい。


 次にちょっと軽めの科白を吐いた細身の男は、見る限りは普通の人間ぽくも見えたけれど、全身黒づくめでぴっちりとしたタイツの上はいかにも忍者です!と言いたげな網シャツを着ていて、両手は肘から手首までのバンドみたいなものが巻かれていた。名前は……抜丸さんか。やっぱり忍者だよね、これ。


 最後の落ち着いた雰囲気のマッドなサイエンティストさんの名前は、ルュカントゥスさん。やばい。これは噛みそうである。そんなあたしの不安を他所に、肩までの黒い髪を物憂げに掻き上げつつ、玉座に座る主の姿を今も静かに見つめている。


 他にもいろいろいた。何処からどう見ても昆虫っぽいアバターや、うっとりするほど透き通った水晶のようなゼリーのような身体をしたアバター。トカゲや恐竜っぽいアバターもいる。単純な見てくれだけでなくって、背格好までもバラバラだ。




 が――。



 その中に一人だけ、見たことのある姿を見つけたあたしは思わず、ひゅっ、と息を呑んだ。


「お、お前は……!?」

「……ンだよ。また説教でもしようってのか?」


 思わず指を差してしまったのを避けるように、無造作にパーカーを羽織っただけの金色の髪をした青年が背中を丸めて嫌そうに口元を歪めた。その端から真っ白なギザギザの歯が覗く。


 ゴールデン・タウロ。


 それが彼の名前――危うくトラックにかれそうになった見ず知らずの少女の命を救った男の名前だった。


「なンだって、毎度俺様なんぞに構うンだ? 放っておけば良いじゃねえか? ったく……」

「い――いや。そうではない。そうではないのだ」

「ンあ?」


 とは言ったものの。

 アーク・ダイオーンが御礼を言うのは筋違いかー。


 うーん、と悩んだ挙句あげく、こう言った。


「お、お前は良い奴だ。この私は知っている。それを伝えたかったのだ。それだけなのだ」


 これならセーフ……だよね。

 少し呆気に取られて、ぽかん、とした表情を浮かべたタウロだったが、


「……ち。悪の組織の一員が、良い奴だって言われて喜ぶ訳ねえだろうが。勝手に言ってろ」


 そう吐き捨て怒ったように、ぷい、と大広間から出て行ってしまった。

 隣で、ふふふ、と笑う声がする。


「照れているんですよ、タウロは」

「そ、そうか? ええと、ル、ルュカントゥス?」

「いつものようにルュカで結構ですよ」


 ありがたいです。助かります。


「タウロは……いつもあの姿なのか、ルュカ」

おっしゃっている意味が分かりかねますが?」

「う……。い、いや、何でもない。気にするな」

「では、そのように」


 ルュカさんはあたしの妙な質問に疑問を持たなかったようだ。でも、あたしの方は疑問だらけだった。


(どうしてタウロは、現実世界でも同じ姿だったんだろう……?)


 見間違える訳がない。というか、見間違えようがないくらい同じ姿だった。だからこそ、彼だと気付いたのだ。


「放っときゃいいんスよ、タウロなんて」


 抜丸さんが含みのありそうな口調で吐き捨てた。


「ああやって、いつも突っ張ってりゃ構ってもらえるって思ってるんスからねー」

「ううむ……そういう訳にも……」


 結局どうすることもできず、しきりに引き留める皆に再会を約束して元の世界へと戻った。




 何だかその夜は、わくわくして眠れなかった。



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