第九話 いらいらと変化
「あー。もう……いらいらする……」
晩御飯を食べ、銭湯に行ったら、気持ちまできれいさっぱり――とはいかなかった。まだあたしの胸の奥の方には、ぐずぐずと煮え切らない黒っぽい感情が渦巻いているままだった。
「何よ、正義、正義って……ばっかじゃないの?」
本当は分かってる。
一番馬鹿なのはあたしだ。
ムキになって、子供みたいなのもあたしだ。
でも。
だってさ。
だってだよ。
(おうおう、へなちょこの正義の味方になんざ負けるなよ! 悪の組織の力、見せてやれ!)
そういって、かっか、と笑いながらあたしの応援をしてくれていたのは銀じいだ。
(正義って名乗ってる奴らがいつも正しいだなんて一体何処のどいつが決めやがったんだ!? おめえが正しいと思えば、悪の組織だって正義なんだぞ)
そう言って、必ず悪が倒されなきゃいけない子供のごっこ遊びの《お約束》をひっくり返してしまったのも銀じいだった。
だから、あたしたちの戦隊ヒーローごっこは周りから見たら少し奇異なものに映った筈だ。はじめのうちは、期待を裏切られ敗北を喫することになった美孝が半べそをかきながら家に帰ってしまうこともあった。でもしばらくするとあたしたちは、最後まで勝敗の分からない戦いの行方に魅入られたように夢中になって遊んでいたものだった。
「麗だって、それは分かってる筈なのに……」
理解してくれている筈、それが間違いなのかな。
あたしが言ったとおり、もうあたしたちは子供じゃない。中学生だ。だから、ただ無邪気にあの頃のようなごっこ遊びに興じることなどできないのかもしれない。正義が正しいという意味、悪が悪であるという意味を知ってしまったのだから。
半分大人で、半分子供。
それが今のあたしたち。
「だったら、全部大人の銀じいは何であんなこと言ったのかな……? 正義がいつも正しいなんて何処のどいつが決めたんだ、なんて……」
そう言えば、和子おばさんが言ってたな。男なんていつまで経っても子供なんだよ、って。あれ? それは違うか。
「あーあ。良く分かんないや……」
結局残ったのは、明日学校に行くのが億劫だってことだけだった。あたしは、ごろん、とベッドの上で寝返りを打ち、ぼんやりと視線を部屋の中へ彷徨わせた。
静かだ。
銀じいがいなくなってから、この家は一緒に死んでしまったみたい。店先の閉めっ放しのシャッターには『当分の間、休業します』と書いた紙が貼り付けられている。今夜は風が強くて、その紙が煽られ、ひたひた、とひっきりなしに音を立てていた。
そこで、ふと、こう思った。
「そうだ! あれって、結局何だったのかな?」
視線の先には、例のブリキ缶があった。
隣には銀じいの書いたメッセージが丁寧に広げられ、さらにその隣には剥がしたガムテープがボールのように丸められて転がっている。あたしはむくりと起き上がり、窓から差し込む月明かりだけを頼りに近づいていった。
ぱかり。
中身には何の変化もない。
VRゴーグルと指輪。
「うーん……」
ノーヒント。
でも、その分、やれることは二つだけだ。
「被って、嵌める、それしかないよね……って!」
次の瞬間――世界が変化した。
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