第12話 ユサを手放す理由
「…………」
捕まえた花房を本殿に連れていったあと、御子神を交えて問いただそうとするが、花房は口を開かない。おまけに誰も自分から切り出そうともしないので、ポトリと汗が畳の上に落ちる音だけが聞こえるのがこの異様さを物語っている。
御子神や大山はともかく、花房はなんでだんまりなの。御子神の家に忍び込んで道具たちをめちゃめちゃにしたのに……もう辛抱たまらない! 花房がしでかしたことの怒りが後押しとなり、沈黙の突破口を開いた。
「花房、なんで宝物殿の中に泥棒してまでユサを取り戻しにきたの。事情話してくれれば、返したのに」
「うん。秘密を守るのもウチの役目だから」
御子神も援護するが、花房は黙ったまま。あー、もう。なんで言わないんだよ!
「どうせお前ら心の中で俺を笑っているんだろ。男のくせに、汚いウサギのぬいぐるみを持っているって」
えええ!? そんなことぜんぜん思っていないよ! 御子神も同じなようだけど、侮辱されて顔がこわばっている。怒りがさく裂する一歩手前で大山が代わりにしかった。
「何つまらない意地張ってんの。みみみも霊和もそんなこと考えるわけないでしょ。捨てられたところを拾ってあげたのに、私の監督不行き届けがなってなくてごめんね二人とも」
「お前はいつから俺の親になったんだ」
「実友、今日はツッコミする権利はないから」
ぐいっと花房の頭をつかんでたたみの上に押し付けた。なんだか本当にお母さんと意固地な子供のやり取りみたいだ。
でもなんとか花房のことをバカにしていないことをわからせないと……
「なんで蔵の中に忍びこむまねなんかしたの」
「御子神の家の蔵に物を置いているのを、聞いたんだよ。今日塾休みだから、どんなのか中をのぞくだけにしたかったんだ。けど……あんな暗くてほこりまみれの場所に置きっぱなしにされているのが我慢ならなくて」
とびれとぎれにつむぎだされる花房の口からは、ユサへの愛が伝わってくる。大事なぬいぐるみがほこりだらけの中に保管されていると思えば許せないと感じるだろう。
「してないよ。ユサは私の部屋に移しているから、今持ってくる」
突然御子神が強い口調で言うと自分の家へユサを取りに行くと、僕もその後を追いかけた。
ユサを腕の中に抱えて本殿に戻ってきた。近くで見ると綿が出ていた穴は新しい糸でふさがっている。これでまだ直せていないところがあるというから驚きだ。
「さっちゃん! 迎えに来てくれたんだ」
喜び弾けるユサが僕の腕から離れて、花房に飛びつこうとする。だめだよ。動いたらお化けがとりつかれていると思われちゃう。
腕の中で押さえつけながらユサを見せると、感激の声を花房がもらした。
「綿は? 背中のあたりから出ていただろ。目の部分も外れかけていたのに直ってる」
「持ち主に返す時に、直せる部分は直そうと思って。大事にしているものだってわかったから。でもまだ耳の折れているところとかは直っていない」
「そうか。大事にしてくれてたんだな」
やっとわかってくれた。花房がユサの頭を愛おしそうになでると、ユサも合わせてきゅうと本物のウサギが嬉しい声を上げるみたいに鳴いた。
「なあ、御子神。ユサを預かってもらえないか」
まさかのことで僕らは目を丸くした。けど、一番驚いているのは
「さっちゃん、私と離れ離れ?」
花房にはユサの声は聞こえない。だから再会できたはずなのに、再びお別れする理由を伝えられない。ユサが霊園に捨てられた時もそうだったのだろう。
だから、僕がユサが一番聞きたいことを伝えるんだ。
「花房なんで……ユサを取り戻しに来たんだろ。なんで手放すの」
「塾の成績が最近落ち込み気味で、次の模試まで成績を上げるために母さんが家庭教師を雇うんだ。俺の部屋にユサを置いてあったら家庭教師から見られて体裁が悪いからまた捨てられる」
そんなことでと思ったが、学校で大山が「いつまでも持っているのは恥ずかしいから」というのを思い出した。でもあまりに理不尽だ。持ち主にとっても、ユサにとっても。
「何しんみりしてんの! 実友が次の模試で満足のいく点を取って家庭教師を辞めさせれば済む話じゃない。私も勉強教えるから。それでもだめなら、私が子供の持ち物を勝手に捨てていいのですかって詰めてやるから」
「勉強を教えるのは俺の方だろ。お前の母さんから志望校の合格ラインまでいかないから、夏休みの間俺に勉強教えてくれと頼まれて時間割いたんだからな」
ぴょんと花房の肩をつかみ、大山がいつもの調子のよい口調で励ました。こういう時大山の空気を変えれる力は強い。
けど逆に勉強を教えられたら意味ないじゃないか。……ん? もしかして花房の成績が落ちた原因って、大山にあるんじゃ。
「ツッコミ禁止令はまだ続いているから! 今日一日、私に対する意見などは受け付けません」
「お前勝手だなぁ」
急にさっきの禁止令を取り出して口を封じる大山。やっぱりそういうことか。
ようやく雰囲気が和んできたところで、腕の中に抱いていたユサがつんつんと僕の腕をつついた。
「レイワ、ミワ。お願いがあるの」
大山と花房が言い合いしているうちに、ユサに耳を近づける。
「じゃあ花房、預かる前にユサがきれいになるところ見ていってよ」
ユサのお願い。それはきれいな自分の姿を見てほしいとのこと。もともと花房に返す前に洗う予定だったのですぐにユサに了承した。三ヶ条其之一『物は常に清潔に!』だ。
「深山、きれいにするのはいいが。ユサは洗濯できないんだ」
「問題ないよ。洗濯しなくてもきれいにする方法がある」
***
御子神が手慣れた手つきで裂け目をぬいあわせる。一本の針と糸が手の動きに合わせて動くさまはすごいという声しか出なかった。折れた耳の部分は花房の希望でそのままだ。折れた部分はユサとの思い出だから直さないでほしいとのことだ。
「うん。できた」
「それじゃあ、ユサをきれいにするね」
取り出したのはユサが入れるほどの大きさのビニール袋と重曹。
重曹は万能洗浄剤と豪語してもいいほどすごいのだ。水回りのぬめりや汚れには重曹をふりかければ。臭いや油がこびりついた壁には水で溶いた重曹スプレーを吹き付ければと何でもできる。
もちろん洗濯できないユサみたいなぬいぐるみにも重曹が活やくする。
まずは袋の中にユサを入れて、その中に重曹をふりかける。そして袋の口をしばって思いっきり振る。
「これで三十分待って重曹を落とせばきれいになるよ」
まじまじと見ていた大山と花房は信じられないと言いたげに僕を直視する。
「これだけ? ほんとに?」
「こんな簡単なことできれいになるのか」
「掃除に関しては私より詳しいから保証する」
「家事が上手いみみみの口からそんな言葉が出るとは、やるね霊和」
大山がサムズアップすると、僕も同じくサムズアップを返した。
置いておく間に本殿から離れて、宝物殿に歩いていく。鍵がないので先ほど入った窓から中つくも神たちが大丈夫かのぞくと、柱時計さんが待ち構えたように立っていた。
「男の子よ。よく捕まえてくれた。香炉を助けてくれたこともふくめて感謝する」
「あの時は必死になっていたから。ところでさ、御子神がここに来ないとまずい理由ってなんなの?」
ここに来た目的。先ほど柱時計さんが御子神が来ないとまずい理由を聞くためだ。柱時計さんは渋い顔つきになって、コッチコッチと中の振り子を揺らしながら訳を話してくれた。
「ここは代々御子神の家の者が管理する場じゃ。我らは代々主様と対話し従っていた。じゃが、当主がまったくここに来ないとなると他のつくも神たちは従わんじゃろう。ましてや先ほどの危機的状況になっても来ないとなると」
信頼が得られないということなのか。でも御子神はどうして宝物殿に入りたがらないんだろう……
「なに見ているんだ深山」
ドキリと心臓が飛び跳ねて、危うく脚立から落ちそうになった。見下ろすと、花房が脚立の下に立っていた。
「えーっと、大事な物がころがっていないか中の様子を見ていたんだよ」
「そうだったのか。ここ数日迷惑かけてすまなかったな。きょうはく状を送ったり筆箱を落としてすまなかったな」
「やっぱり筆箱を落としたのは花房だったんだ。でもなんで僕にだけきょうはく状を送ったの?」
御子神にはきょうはく状の紙は入っていなかった。なんで僕にだけ送ったのか理由を知りたい。
「稲垣とよくつるんでいるからだよ。御子神と急に親しくなった縁で、ボスの稲垣に聞かれでもしたら、あっという間にクラス中に言いふらされて、俺は終わりだよ」
なんだって!? 稲垣とは向こうから一方的にからんできているだけなのに。酷い誤解だ……
「大山はからかったりするが、人を笑うためのことはしない。御子神もああいう性格だしな。」
「もしかして新学期から御子神のことを見ていたのは、好きだからというわけじゃ……」
「誰が言ったんだよ。ユサが大切に保管されているか心配だったからだ。第一勉強に集中したい時期だからそんなこと考える暇はない」
ああ、そういうことだったのか、稲垣の勘違いだとわかると、僕は安心した。
***
三十分経った重曹まみれのユサを掃除機できれいにする。汚れが重曹に吸われたユサは、本来の白い生地の姿に戻った。それを見て一番に声を上げたのは大山だ。
「おお! 買ったばかりのユサだ。小さい頃を思い出すよ、花房が外に出ても肌身放さずユサを連れまわしていたのを」
「余計なこというなよ」
二人とも満足してくれたようだ。これで一件落着だね。
隅々まで掃除を終えたユサを御子神が持つと、ぺこりと一礼する。
「それではユサは大事に預かりますので」
「ああ。三人とも、俺のわがままのせいですまないな。後日、荒らしてしまった蔵の中をもとに戻すから」
「今日は遅いし、また今度ね。二人ともご迷惑をおかけしました。また学校でね」
元気よくお別れをする なんだかんだでいいコンビだ。あの二人、僕も御子神もあんな風になれたらなぁ……なんて。
二人の姿が見えなくなると、急に疲れが出てたたみの上に倒れた。
「はぁ。なんかここ数日色々あって大変だったね。でも花房がユサを捨てなくてよかった。家のお役目がこんな大変だなんて思わなかったよ」
「深山君。私、立派に家のお役目果たしていると思う?」
え? 返す言葉に困った。
宝物殿で柱時計さんが、御子神が宝物殿に入らないためつくも神たちから信頼を得られないと告げられた直前で、お役目を果たしているかと判断を仰ぐのは酷なことだ。
しばらく悩んだ末、起き上がった。
「思うよ。ユサのことをがんばって直そうとしたり、僕に代わってあの稲垣の前でグローブを使うように言いのけたもの。掃除だけの僕よりずっと、家事もお役目も果たしているよ」
「……ありがとう。でも私ダメダメなんだ。きっと深山君の方ができるとはずだよ。お役目も、家事も」
僕に向けたそのほほ笑みは、心から笑っていない。残暑の暑さで消えてしまいそうな、悲しさを隠す氷の仮面がはりついている。そんな笑みだ。
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