第25話 おっぱいとパンツ……どっちが好きなのかと聞かれても答えられないように

『ルリエール視点』


「ついに、見つけたぞ!?

 魔界へと通じる入り口を」


 黒い瘴気が漏れだした石造りの扉を指差して、立派な口髭くちひげを生やした学者風の男性が叫び声をあげた。


「教授。

 碑文に書かれていたことは、真実だったんですね。

 魔界へ通じる扉の『封印』を維持するためには、若者の純粋なエネルギーを注ぎ 続ける必要があり、若者を一定時間拘束するために私立春夏秋冬学園は、建設された。

 善良な学生たちを扇動せんどうし、騒ぎを起こさせたことによって、若者の純粋なエネルギーが弱まったことで、封印も弱まっているみたいです。

 すべて計画通りですね。

 あとは、魔界の支配者である『リリスリリムリリン』を倒し、我々にかけられた忌まわしき『死の呪い(原罪)』を解くことができれば!?

 この脆弱極まりない肉体ともおさらばすることができますわ」


 びっしりとグレーのスーツを着た女性も歓喜の笑みを浮かべて、学者風の男に話しかける。


「ああ、苦労して娘たちをこの学園に送り込んだかいがあったというものだ」


「愛理沙おじょうも、みちるおじょうもいい仕事をしてくれましたからね」


「ああ、俺の想像を超えた働きをしてくれたな。

 おかげで、こんなにも早く封印が解けるとは、嬉しい誤算だぜ」


 ルリたんとみちるたんは、物陰に隠れてそのやりとりをこっそりと覗いていた。


 あやめたんの姿はどこにもなかった。


 おそらくここではない別の場所に監禁されているのかもしれないわね。


「クソみたいな父親に言ってやりたいこともあるかもしれないけど、ここはルリたんに任せて。

 あやめたんの捜索をお願いできるかな? みちるたん」


「わかりました。

 二手にわかれましょう。

 あたしがここに残っても足手まといにしかなりませんからね。

 それからお気遣いありがとうございます。

 あとできれば、父を傷つけることなく、穏便に解決してくれると嬉しいです」


「善処はしてみるわ」


「ありがとうございます」


 そう言って、みちるたんは、来た道を戻っていたわ。


「貴様らをこれ以上、先に行かせるわけにはいかんぬのだ」


 先手必勝と言わんばかりに、油断しきっている相手に攻撃をしかける。


「教授、危ない。

 避けてください」


 弟子とおぼしき女性が声をあげた。


「遅い」


 鋭く伸びた爪から繰り出される、必殺の乱れ引っ掻きが学者風の男を襲う。


「またつまらぬものを引き裂いてしまったのう」


 学者風の男が着ていた衣服をすべて切り裂き、素っ裸にした。


「そこの女っ!?

 素っ裸になりたくないなら、そこの男を連れてこの場を立ち去れ。

 立ち去らぬというのなら――――――」


「今日のところは、おとなしく帰ることにするわ。

 だって、わたしはまだ……嫁入り前の女の子ですもの。

 こんなところで素っ裸にされるなんて、考えただけでも発狂モノです。

 それでいいですね、教授」


「いたしかたないか。

 ……こんなところで……命を落とすわけには……ぐぁああ……」


「これで、形勢逆転ね。

 道を開けなさい。

 この男が死んでもいいの」

 

 男の顔面を鷲掴みにしたまま女は、ルリたんに向かって脅しおかけてきた。


「俺に人質としての価値があるとは思え……ぐぁあっ……」


「人質は人質らしく、おとなしくしてなさい。

 私にはわかるの……ぐはぁ……はぁ……ぁぁぁ……ば、ばかな……こんな細い……糸……ごときで……」


「人質をとったぐらいで、ルリたんに勝てるとでも思ったのが大間違いよ。

 出合いがしらに勝負は決していたのよ」


「ぎゃああああああっ!?」


 ルリたんは、一気に勝負を決める。


「この女みたいに肉塊になりたくなければ、今すぐにこの場から立ち去れ。

 さもなければ――――――」

 

「ひぃいい」


 早くも漂い始めてきた死臭も手伝い、男は悲鳴を上げて、脱兎のごとく逃げ出してしまった。




++++++++++++++++++++++


『大助視点』


「姫川さん、姫川さん」


「グギャアアア」


 異形化した姫川さんに呼びかけるも、うなり声を上げるだけだった。


 対話をする余地すらないのかよ。


 こんなことになるなら、とっとと姫川さんに告白しておけばよかったな。


 あっという間に壁際まで追い詰められた。


 もう逃げ道がないぞ。


 どうする。どうしたらいいだ。


【何を迷う必要があるでありんすか!

 簡単なことでありんす。

 殺せばいいでありんす。

 別に罪の意識を感じる必要はないでありんす。

 ……アレは……もはや、人ではないでありんす……化け物でありんす……自我を失い……本能のままに生きる野蛮なケモノでありんす】


 彩妹ちゃんに憑依していた九尾の狐の声が聞こえてきた。


 だが、その声は以前……聞いたモノよりも……荒々しく。


 そして禍々しいモノだった。


【―――――――――】


「しっかりしなさい。

 王子様は異能バトル学園ラブコメの主人公でしょう。

 なら、みんなが笑顔になれる道を選びなさい」


 俺が放心していると、ありさちゃんの叫び声が聞こえてきた。


「一体、何を言ってるんだ。

 厨二病はとっくの昔に卒業したんだよ」


「もしかして、本当にわからないんですか?

 王子さまは、予想以上にバカで愚かな人間だったんですのね。

 あっ!? でも、異能バトル学園ラブコメモノって。

 そういうタイプの主人公が多かったですわね。

 なら、仕方ないのかもしれませんわね。

 今、何が起きてるのか? ちゃんと順をおって説明してあげますわ」


 ありさちゃんのどこか芝居がかった台詞に、立ち振る舞いに、俺は背筋がゾッとするほどの寒気が走り。


 これまで一度も見せたことないような妖艶な笑みを浮かべて。


「ここに来る前に『ニンニク料理』を口にしませんでしたか」


「よくわかったな。

 ニンニクがたくさん入った餃子を食べてきたけど、もしかして……それが原因なのか」


「ええ、姫川家は『ドラキュラ伯爵の血を色濃く受け継いだ一族』ですから。

 吸血鬼の魂は肉体ではなく、血液に宿るという性質があります。 

 普段の彼女なら、何の問題もなかったのでしょうが。

 精神的に弱っているところに、吸血鬼の弱点であるニンニクの匂いを嗅いだことで防衛本能が暴走を起こしてしまったのだと推測できます。

 そして自らの血液を他の生物に浴びせることで、その肉体と精神を変質させてことから人々から畏怖され……きゃあっ」


 ありさちゃんの悲鳴が聞こえた瞬間。


 時が戻る。


 イヤ、違うな……これは『事象の反転』だ。


 攻撃を受けた後の方が、肌のハリやツヤが格段に良くなっている。


 まるで産まれたての赤ちゃんのような肌だ。


「そして妾たちの一族は、フランケンシュタインの血を色濃く受け継いだ一族ですから。

 だから攻撃を受ければ受けるほど、細胞が活性化して、自然治癒力が高まるのも……鬱陶うっとうしいわね。次から次へと……」


 異形化した生徒たちが一斉に襲いかかってきた。


 伸びた10本の爪で連続攻撃をしてきた。 


 素早い身のこなしに、的確に急所を狙ってきやがるぜ。


 ふざけやがって、体術の方もなかなかやるじゃないか?


「どうやら、悠長に話している場合じゃないみたいだな。

 端的に解決方法だけ教えろ」


「服を脱がしてください。

 ドラキュラ伯爵の最大の弱点と言えば日の光。

 つまり『太陽』ですから。

 気絶させることができれば――――」


「わかった。

 俺は服を脱がすのは得意なんだ。

 奪衣婆の血を色濃く受け継いでいるからな」


 そう叫び、俺は素早く『化け物』の背後に回り込み、衣服を脱がす。 


 脱衣術は秘中の技。


 人前で披露することは、固く禁じられているけど今は……非常時だ。


 父も母もきっと許してくれるだろう。


「グギャアアア」


 まるで断末魔の声を上げ、その場に倒れ込んだ。


 不思議なことにも『衣服を着た』状態でだ。


「素っ裸じゃなくて、残念だったわね。

王子様」


 俺はありさちゃんの叫び声を無視して、化け物たちの服を次々と脱がせていく。

 

 ヒトを全裸にする技なんて、脱衣術なんて、生きるために何の役にも立たないと思っていたけど――――――それは間違いだったのかもしれないな。


『無理やり力任せに服を脱がすなど言語道断。

 脱衣術の神髄しんずいとは、誰一人として傷つけることなく、争いを止めることで武術だということをきもめいじておけ!? ダイスケ』


『特に女の子の服を脱がす時は、全神経を集中させて、優しく丁寧に、そして素早く脱がすのがコツよ、ダイちゃん♥』


 脳裏をよぎり父と母の言葉。


 今は、脱衣術を教えてくれた両親のことを誇りに思っている。


 そして最後の姫川さんの衣服も剥ぎ取ると同時に、色々な感情が俺の中に流れ込んできた。


 波長が合う、とても言うのだろうか。


 怒り、恨み、ねたみ、そねみといった誰もが感じるやりきれない想いが流れ込んでくる。


 それと同時に、どれだけ姫川さんが俺のことを大切に思ってくれていたのかも伝わってきた。


そう――この時もきっと、考えるよりも先に、身体が動いていたんだと思う。


 俺は彼女の背中と膝裏に両手を伸ばして――――


「おりゃぁっ!」


「えっ!」


 そのまま自分よりの身長よりも小さく、可愛らしい彼女を軽々と持ち上げる。


 まさにそれはお姫様抱っこ。


 直後、あまりの展開に唖然としていた観客席から――――おおおぉぉおおぉぉっ!

 

 歓声があがる。


 姫川さんが正気を取り戻したことで、事態は収束したみたいだな。


「美男、美女って感じで絵になるわよねえ、あのお二人。

 本当にお似合いだわ」


「だって、あの理沙様が!? 

 一目置かれている方ですもの。

 ただ者ではありませんわ」


「ええ、そうですわね」

 

 事実、周囲からは好奇の眼差しが向けられ。


 はしゃぐ声には羨望せんぼうの色がはっきりと滲んでいて。


 からかわれているのだと疑う気持ちを打ち消した。


 俺はそのどよめきのなか、軽快なステップでミスコン会場を後にする。




+++++++++++++++++++++




 殺妹ちゃんが無事に救出されたという報告を受けた俺たちは、仲良く手をつないでアトラクションを一つ一つ巡り、ドキドキとワクワクのデートイベントを楽しんだ。


 ちなみに犯人はありさちゃんの熱狂的なファンだった。


 どうしてもありさちゃんを優勝させたかったみたいだな。


 そして最後のアトラクションに選んだのが『観覧車』だ。


 列はスムーズに進み。


 あっという間に俺たちの順番がやってきた。


「次のカップルの方、足元に気をつけて!? どうぞ」


 係員のお姉さんは優しい口調で、揺れるゴンドラに誘導する。


 密閉型のゴンドラに乗り込んだ俺たちは、対象線上に座った。


 ハンカチを座席に引くあたり、お嬢さまらしい気品を感じて、やっぱり絵になるな。


 ゆっくりとゴンドラが上昇していく。


「大好きな人と一緒に観覧車に乗るのが、幼い頃からの夢だったのよぉ」


「面と向かって言われると、なんだか面はゆいな。

 姫川さんに渡したいモノがあるんだ]


 引き締まっていた頬が緩み、幸せそうに微笑む彼女を見て。


 俺はズボンのポケットからキレイにラッピングされた正方形の箱を取り出す。


「婚約指輪の代わりと言ったらなんだけど。受け取ってもらえるかな?

 うまく言えないだけど、俺にとって姫川さんは、特別な人なんだよ」


 それは、ウソ偽りのない純度百パーセントの本当の気持ちだった。


「えっ!? ウソっ!? う、嬉しい……」 


 ネコみたいに大きく見開かれ、姫川さんは驚きの声を上げ。


 たわわに実った胸がぷるんと揺れ、つられて俺の視線が上下してしまう。


 顔を真っ赤にして、姫川さんはうつむき、かすれた声でボソボソと

 

「そ、そこまで私のことを考えてくれていたなんて……」

 

 まるでゆでダコみたいに理沙は、顔を真っ赤に染めて。


 プシュ~ッといまにも煙が立ち上がりそうなくらい、恥ずかしそうにモジモジさせ。

 

「あ、開けてもいいかな」


「うん、いいよ」


「手作りの猫の『ぬいぐるみ』なんて……ふふふ。 

 実に露璃村くんらしい、素晴らしいプレゼントだわ。

 ありがとう♥」


「喜んでくれたみたいで、俺も嬉しいよ」


 そして花火を打ち上げる音が聞こえた。


 どうやら後夜祭が始まったみたいだな。


 校庭では『フォークダンス』が行われていた。


 音楽に合わせて踊る男女の姿が目に映る。


「フォークダンス……始まっちゃっなあ」


「その……今夜は『2人』でいることが、大事だと……思って……いた……から……」


「それもそうだな。

 姫川さんの言う通りかもしれないな。

 ありがとうな、こんな俺と一緒にいてくれて」


「見て、露璃村くん。キレイな打ち上げ花火だわ」


「ああ、そうだな。

 俺たちのことを祝福してくれているみたいだな」


「露璃村くんって、意外とロマンチストなところがあるのよね」


「それがお互いさまだろう」


「それもそうね。ふふふ」


「本当にキレイな花火だな」


「ちゅっ……」


 何の前触れもなく、いきなり頬へキスをしてきた。


 甘い体臭に混じって、汗ばんだ香りが伝わってくる。


 ほんの数秒のキスだったけど、このことは『一生』忘れないだろうな。


 ロマンティックな雰囲気にちょっと酔いかけていたが、そんな甘酸っぱいキモチなど、どこかに飛んでしまうようなエロティックなキスだった。


 ある意味、唇にされるよりもエッチなキスだった。


「これはお礼のキス。感謝しなさい」


 なぜか? 上から目線の物言いだった。


 相変わらずツンデレだな。


 やっぱり姫川さんは、世界一萌え可愛いぜ。


 そして観覧車から降りると、殺妹ちゃんが俺に詰め寄ってきた。


「ダイスケくんの嘘つき。

 好きなのは、わたしだけだって言ったのに。

 やっぱりお姉ちゃんのことが好きだったんだね」


 ここで、そうだよ。


 好きなのは、お姉さんの方だよ、と俺が答えれば『この姉妹の関係性は修復不可能なほど壊れてしまう』ことは、目に見えて明らかだった。


 そんなことになったら、姫川さんが悲しんでしまう。


 それだけは、絶対にダメだ。


 俺が原因で、姫川さんと仲違いしてしまう……未来なんて……選べない。


 だから……と……言っても『殺妹ちゃんのことが好きだと』答えても、きっと信じてもらえないよな。


「おっぱいかパンツどちらかなんて選べないよ」


「わけのわからないことを言って誤魔化すつもり。

 ちゃんと答えてよ。

わたしとお姉ちゃん、ダイスケくんはどっちが好きなのよ」


「俺には、どちらかを選ぶなんてできないよ。

 おっぱいとパンツ……どっちが好きなのかと聞かれても答えられないように、俺にはどちらかを選ぶことなんてできないよ」


「……もう、ダメ……ぷっ、ふははははははっ……」


「お、お姉ちゃん……笑い過ぎだよ……」


「だ、だって、真剣な表情で滅茶苦茶どうでもいいことを叫ぶんだもん」


「何やら面白い話をしているみたいね。

 妾たちも立候補してもいいかしら、王子さまの花嫁候補に」


「真面目な話をしているところに、割り込みなんて失礼だよ、愛理沙お姉ちゃん。

 でも、あたしも主さまと結婚して、子どもは3人ほど産みたいかな」


 優勝トロフィーを小脇に抱えたありさちゃんと、みちるちゃんが姫川姉妹を押しのけて、俺に迫ってきた。


 彼女たちの瞳は、何かを期待するようにキラキラと輝いている。


「ごめん……やっぱり、俺には誰か一人を選ぶなんてできないよ。

 だから……もう少しだけ……時間を……くれないか」


「露璃村って、本当に優柔不断な男よね」


「まったくお姉ちゃんことが好きなら好きだって言えばいいのに、ダイスケくんって、ほんとうに素直じゃないんだから」


「妾たちも別に王子さまを困らせたいわけじゃないから、今すぐに答えてくれなくてもいいわよ」


「主さま、あたしたちはいつまでたっても、ゆっくりと考えてちゃんと答えを出してね。

 約束だよ」


「ああ、わかった」


 そして誰一人として悲しむことなく、俺たちは後夜祭を心ゆくまで楽しんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る