第22話 広報PV

 《明朝から昼にかけて、首都圏への台風の直撃が予想されるため、明日は休校と致します。間違って登校しないように注意して下さい。》


 夕方、学校からの緊急連絡メールがスマホに入った。臨時休校。台風で大変な思いをする人もいるわけだから、はしゃぐわけにはいかない。でも、学生の身としては予定外の休校は、やっぱり嬉しい。


「お兄ちゃん、明日は学校はお休みだよ。寝ぼけて出かけちゃダメだからね」


 日頃の行いのせいか、結衣が心配して釘を刺してくれた。


「大丈夫。これからゲームするから。明日は多分寝坊する」


「分かった。じゃあ朝ごはんを用意しておくから、好きな時間に食べてね」


「ありがとう。いつも助かる」


 そう。この後はゲーム三昧だ。


 このところ、夏休みの課題であるレポート提出に追われて、ゲームにはあまりログインできていなかった。たまには夜更かししてもいいよね。


 夕飯を食べて、風呂を済ませたら早速ログインだ。



 *


 今日は、A&C組男子合同で狩りに行くことになっている。


 合同体育のときにC組男子三人と話す機会があって、彼らも同じゲームをやっていることが分かった。せっかくだから、今度一緒にやろうってことになっていた。それがやっと今日実現するというわけだ。


「これで全員?」


「全員。A組五人と今川、C組三人で計九人」


「パーティはどうする? 戦力的に偏ってると思うんだけど」


 C組の三人の職業はこんなだった。


 片桐 [侍 ]【槍】【弓】【刀】


 平野 [侍 ] 【槍】【弓】【刀】


 脇坂 [侍 ] 【槍】【弓】【刀】



「全員侍なのはまだいいとして、なんでお前ら、三人揃ってメイン武器が【槍】なの?」


「だって」


「ねえ」


「戦国武将って言ったら、やっぱり槍でしょ」


 言いたいことは分かる。戦国時代には上泉信綱や塚原卜伝などの有名な剣豪もいるけど、実際に合戦で活躍するのは槍が多いんだよね。あと弓も。


 一方のA組男子は。


 結城 [隠密]【小刀】【暗器】【鎖鎌】


 武田[侍]軽戦士 【槍】【刀】【弓】


 上杉[侍]バランス型戦士 【刀】【小刀】【槍】


 北条[侍]防御型戦士【盾】【大盾】【斧】


 斎藤[僧侶]【錫杖】【経典】【戦棍メイス


 今川[華師]【華杖】【水華】【火華】


 ゲーマーの結城プロデュースにより、見事に職業がバラけている。でもC組の三人が加わると、圧倒的に後衛が少なくなる。


「女子の知り合いなら後衛職が何人かいるけど」


 と一応提案をしてみたが。


「せっかくだから、男だけのパーティがいいな。ポーション類を持っていけば、物理ばかりでもなんとかなるんじゃない?」


 あっさり却下。そうなるかなとは思っていた。男子だけの気軽な集い。これを重視しているメンバーが多かったから。よって、このまま出発することになった。



 今日向かうのは、ふたつ目の街「森羅」の西にある「トレントの森」。名前の示す通り、メインの敵は植物系モンスターのトレントだ。


 トレントの弱点属性は火。でも森の中で火華法を使うと、100%の確率で「森林火災」というフィールド系状態異常が起こり、フレンドリーファイアを酷くしたような現象が生じることが分かっている。


 でもうちの唯一の華師である今川は、攻撃華法としては水華をよく使うから、その点は問題ない。


 トレントは、幹の部分だけでも成人男性と同じくらいの丈がある。つまり、枝葉を含めると見上げるような大きさになるわけだ。この森にいる雑魚トレントは二種類で、水分が抜けてカラカラになった倒木のような外見の「デッドトレント」と、瑞々しくて一見ほかの木と区別がつかない「ヤングトレント」になる。


 やっかいなのは後者の方。


 プレイヤーが目の前を通り過ぎる時はじっとしていて、油断しているところを死角から襲ってくる。


 ……はずなんだが。


 目の前では、目を疑うようなことが起きている。それは北条だ。


 普段は大人しめで「おっとり」という言葉がぴったりの彼が、別人のようになってブンブンと縦横無尽に斧を振るっている。まさしくキャラ変と言っていい。


「いやあ、これは楽だねえ」


 そして北条が通ったあとは、すっかり枝打ちが済んでいて、ぽっかりと道が開けていた。


 北条が両手に持っているのは、大小のフォレスト・アックス、いわゆる伐採斧だ。西洋斧の特徴である弓型に湾曲した曲線柄に、刃渡りが広くカーブした刃がついている。それが北条の手によって木の枝や幹に正確に打ち込まれ、鋭く食い込み切断する。切れ味抜群の破壊力だ。


 俺たちは北条の後ろについて行って、丸裸になった木の内で、動き出したものに止めをさすだけ。


「なにあれ?」


「ああ、北条? あいつリアルスキルあるから」


 は? いったいなんの? 剣道や薙刀ならともかく、斧でリアルスキルって。


「リアルスキルって、まさか斧の?」


「まあ、そう言ってもいいかな。正確には伐採のだけど」


 伐採。いかにも箱入り育ちみたいな北条が。ギャップあり過ぎ。


「この歳でなんで?」


「北条の母方の家が林業王として有名な家で、いくつも山を持っている。母方の爺さんが、山仕事をしていて、実際に山の中に入って森林の保全管理をしているんだって。今も現役だそうだ」


 小さい頃から、家の事情でその祖父宅に預けられていた北条は、さすがに山仕事にはついていかなかったものの、木登りや枝打ちなんかはお手の物なんだそうだ。人は見かけによらないって、こういうことか。

 

「にしても、すごいね。助かるけど」


「だろ? 防御型ビルドで打たれ強いし、一人で先行しても安心安全。エリアボス戦になるとまた話が変わるけど、雑魚なら北条にお任せで大丈夫」


 そうして順調に森の中を進み、とうとうエリアボス戦の行われる「森の臍フォレスト・ネーヴ」と呼ばれる開けた空間に到着した。


 エリアボスは、大型のトレントである「エンシェント・トレント」 。その本体は戦闘エリアの奥にデンと構えていて動かないが、代わりに厄介な樹魔法を使ってくる。


 目の前の地面が急にボコッと割れ、太い根が勢いよく飛び出してきた。それを瞬時にかわしつつ、振り下ろした刀で根を薙ぎ払い、【剛腕】を効かせて強引に断ち切る。ミシミシと裂かれるようにぶった切られた根の残骸が、地面に転がった。


 北条のフォレスト・アックスには樹特効が付いているので、ここでもメイン・アタッカーは彼に任せ、火力と技術のある上杉がサブ・アタッカー。他の侍たちは、手に刀を持ち、樹魔法により地面から飛び出してくる根の処理をする遊撃班になった。


「そろそろくるから下がって!」


 戦況を見ていた今川の掛け声と共に、俺たち遊撃班は後方の安全地帯に一旦下がる。前方を見ると、大盾に装備をチェンジした北条と、その大盾の防護範囲に入る上杉の姿があった。


 そして樹魔法「刃葉吹雪」。


「エンシェント・トレント」から放たれた夥しい数の刃状の葉が、辺り一帯の空気を切り裂いた。あれ、当たったら痛いじゃすまなさそう。いや、VRだから痛覚制限してあるんだけどね。それでも防具がボロボロになるのは避けられない。


「刃葉吹雪」がおさまると共に、再び「根攻撃」が始まり、それが一段落するとまた「刃葉吹雪」……といった具合にパターン攻撃が繰り返し行われる。それを順調にチームワークで乗り切った俺たちは、無事、最初のエリアボスである「エンシェント・トレント」の討伐を果たした。


「やった!」


「みんなお疲れ!」


 いいね。こうやってチームで何かするって、凄く楽しい。


 ◇


 九月半ば。HRが終わって後に、結城が話しかけてきた。


「武田、メール見た? 俺たちのアバターが、来週から流れるバトフラの広報PVに出るみたいじゃん」


 広報PV?のつまりCM的な映像ってこと?


「なんで?」


「なんでって、モニターを引き受ける時に、アバターを映した映像を宣伝に使いますよって同意項目があったじゃん。まさか気づいてなかったとか?」


「うん。そんなのあった?」


「あったあった。だからリアルばれしないように、アバターは思いっきりファンタジックに作ったわけだから」


 と言ってきたのは斎藤。


「みんながカラフルだったのは、そのせい? 俺、やっちゃった?」


「いや、大丈夫だと思うよ。やっちゃってるって思ったら、最初の時に作り直しを勧めている」


「武田は元々が色素薄い系だから、黒で正解だと思った。それに年齢もかなり上げてたし、セーフセーフ」


 みんなが寄ってきて、慰め? てくれる。


「あれっとは思ったんだ。普段ストイックな上杉までやけに派手だったから」


 失敗しちゃったぜ。


「心配しなくても大丈夫だよ。ゲーム会社もそこら辺は分かってるから、上手くエフェクト入れて誤魔化してくれるはず」


「そうそう。男性モニターに総スカン食ったら大変だしね」


 それならいいんだけどな。同意書ってちゃんと読まないとダメなんだね。反省。これからは、ちゃんとしよう。



 ◇


 激しく交わされる剣戟、走り抜ける騎馬隊と巻き起こる砂塵。艶やかな衣装で戦う美しい男女の姿。TV画面いっぱいに、躍動感溢れる映像が映し出されている。


 《戦国絵巻華風伝バトルフラワーゲイル


 あの超大作シミュレーションゲーム「戦国鬼武者烈風伝BRブラッディレイン」の流れをくむ新作RPGが、今ここに花開く》


「お兄ちゃん、バトフラのCMやってるよ!」


「見る! 今行く」


 急いでTVの前にいる結衣の隣に移動する。ちょうどオープニングムービーが終わり、ゲーム内映像を編集したと思われる動画に切り替わった。


 これって、トレントを倒しに行った時のやつか。あの時は、北条がバッサバッサと大活躍だったから、俺はあまり映らないかな?


 ……という予想を裏切り、思いっきり映っていた。


「これって、お兄ちゃんのクラスの男子?」


「うん。それとC組の男子も混ざってる」


 うわっ。ドアップになった。端から見ると俺ってこんなキザな感じなの? いや、きっと編集のせいだ。そうに違いない。


「男子だけのパーティなんて珍しいね」


「確かに。他に見かけたことはないな」


 すぐに他の男子の映像に切り替わってよかった。おおっ! 上杉格好いい。やっぱり刀を振るう姿が映えるな。


「女子のクラスメイトとはゲームしないの?」


「してるよ。時々パーティを組んでる」


「じゃあ、あえてこの映像が選ばれたのは、やっぱり男性ばかりだから?」


 ありうる。男だけのパーティなんて珍しいだけに、注目は浴びそう。でも。


「男性がゲームしているからって、そのゲームをやってみたいって思うもの?」


「その男性によるかな? お兄ちゃんたちほどカッコよければ、十分にありかもしれないよ」

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