第46話 悲劇の少女
ローズは随分と怖がっていたが、これといった魔物が出ることもなく、順調にヒットたちは先に進むことが出来た。
そしてその内に、洞窟内の凹みを利用して作られたような簡易的な牢屋を見つけた。中には白骨化した遺体が幾つも横たわっていたが、その中で1人だけ、まだ息がありそうな女性を見つける。
恐らく元々は白のローブを着衣していたのであろうが、それも殆ど破れてしまっていて裸とそう変わらない状態だった。
「おい、大丈夫か?」
牢屋の鍵を破壊し、中に入ってヒットが先ず声をかける。ただ格好が恰好なのでヒットはあまり近づくこと無く、メリッサが抱き起こすようにして頭を持ち上げたが――
「酷い……」
思わずメリッサが零す。悲痛そうな声音であった。確かに死んではいない……だがひどい有様だった。四肢は切断され、片目は潰れ、耳は削げ落ち、歯も完全に抜かれていた。残された目からは光が消え失せ、虚ろな瞳でただ虚空を眺めていた。
ここで何があったかなど考えたくもなかったが、想像するには容易かった。
ヒットがローズに睨むような目を向けると、彼女は視線をそらした。どこか焦ったような面立ちだった。
「……この子がお前の言っていた治療師か?」
「……」
「答えろ。この子と同じように今すぐその四肢を切り落としたっていいんだぞ?」
「ぐっ、そ、そうよ……」
唇を噛み締めながら、ローズがか細い声で答えた。その表情からは多少なりとも後悔の念が感じられる。ここまでひどい有様だとは思っていなかったのかも知れないが、だからといって許されるものでもないだろう。
「メリッサ……この子は、どうなんだ?」
どうなんだ、とは助かるのか? という意味だ。確かにかろうじて息はあるようなのだが、状態的に虫の息にも感じられる。
するとメリッサは首を横に振り。
「生命力も低いし、生命力と回復力低下の状態異常もついています。このままだとポーションも効果がありません……」
メリッサの鑑定でわかったことだ。ゲームでもあった状態異常であり、特に生命力低下は深刻な状態異常だった。
「どうしようもないのか……」
無念そうに呟くヒットだが、ふとあることを思い出しそれを手にとった。ソーンが使おうとしていた赤い石だった。
「メリッサ、これは鑑定が出来るか?」
「やってみるね」
そしてメリッサが鑑定するが、首を横に振った。
「鑑定不能って……」
「熟練度が上がった鑑定でも駄目なのか……」
相手の精神的な弱点までわかるようになったメリッサでもだめとなるとかなり珍しいものなのかも知れない。
だが、手がかりが全くないわけでもなかった。ヒットはローズを振り返り、彼女に石を見せ問い質す。
「この石、あいつは超技能石と言っていたが一体なんなんだ?」
「あまり良く知らないわ……」
ヒットが殺気を込めて剣の柄に手をかけるが、本当よ! とローズが叫び。
「それについてはあいつあまり詳しいことは教えてくれなかった。でも、何か使用するとスキルの向こう側が見える筈、とは言っていたわ。あの様子だとあいつも使ったことはなかったんだと思うけど……」
「スキルの向こう側、か……」
ヒットはローズの言葉を反芻する。その意味を完全には理解できないが、石の名称と合わせて考えれば一つの憶測は可能だった。
「一か八かだ……」
そしてヒットは虫の息で今にも死んでしまいそうな少女の前に立ち、石を握りしめる。
「ヒット、大丈夫?」
「少なくともソーンはこれを使おうとしていた。自分に害が及ぶものを使うことはないだろう」
ヒットはそこだけは大丈夫と、そう考えていた。勿論確実とは言えないが、今彼女を助けようと思うならこれに賭けるほかない。
問題は思った通りの効果が現れるかだが、これに関してはもう神にでも祈るほかない。
後は使用方法だが、ソーンの行動を思うにこれは自らの意思で使用する道具だと考えられる。なのでヒットは石を握りしめ使用するイメージで発動しろと念じた。
すると赤い石がヒットの手の中でより強く輝き始める。するとヒットの全身も赤い光に包まれていった。メリッサが心配そうにしていたが、大丈夫だ、と安心させる。
体の内から湧き上がる何かを感じた。同時にスキルを使え、と命じられているようにも思えた。
なのでヒットはメリッサの腕の中で虚空を眺め続ける少女に向け、キャンセルを使用した。イメージは、この場で少女の身に起きた出来事の全てのキャンセル。ゴブリンにされたことも、体と心に受けた傷も、その全てをキャンセルする! そう、強く念じたのだ。
刹那――赤い光が閃光となり、そして少しの間を置いて弾けたように光は消え去り、同時にヒットの手の中にあった赤い石も砕け散った。
どうやら一度しか使えない石だったようだ。ソーンが使うのを躊躇っていたのはきっとその為だろう。
問題はその効果だが――
「え? ひ、ヒット、彼女の腕が! それに傷が!」
「あぁ」
「嘘! 信じられない!?」
これにはローズも驚いたようだ。何せメリッサの腕の中にいる少女は無くしたはずの腕も足も元通りとなっており、傷もすっかり消え去り、破れていた筈のローブも着衣され解れ一つみられなかったのだ。
なんなら手には杖だって握られている。まさに全てが元通りになったかのようなそんな状態だった。
そして、光が消えてからしばらくすると閉じられていた少女の瞼がピクピクと震え――直後ポッチリとした大きな銀瞳が開かれた。失われたと思われていた光が瞳に溢れている。勿論両目ともにしっかりと無事だ。
「あれ? え、と、ここは?」
そして彼女が口を開くと、抜けていた筈の白い歯もしっかり生え揃っており、若々しい、というよりもどこか幼い高めの声がその口から発せられる。
「よ、良かった! 無事なのですね!?」
「え? キャッ! え、え? あの、貴方は? て、え? お、大きい!」
感極まってかガバっとメリッサが少女を抱きしめた。ただ、当然だが少女は戸惑っているようである。メリッサにもその大きな胸にも。
「色々と説明が必要そうだな……」
ポリポリと頭を擦るヒット。どうやらかなりの力を秘めた石だったようだが、イメージ通りに状態がキャンセルされたなら確かに戸惑いしか生まれないわけであり。
「え~と、そもそもここは一体……あ!」
そして少女の目がローズに向けられた。ローズはその視線に耐えられなかったのか顔をそらす。見捨てたのは彼女たちだ。どんな顔をしていいかもわからないのであろうが。
「よかったローズさんがいた! あの、今一体どういう状況なんですか?」
だが、彼女にとっては更に戸惑いに繋がる質問が少女から持たなされた。少女はまるでローズから受けた仕打ちを綺麗サッパリ忘れているような、そんな顔をしていた。
パチクリと無垢な瞳を瞬かせる少女。それにヒットは、はぁ~とため息を漏らし。
「やっぱこうなるか」
そう困ったように呟いた。
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