第6話

「奥様、奥様」


あ、会社遅れる。誰だよ、妙なアラーム入れたのは。


目が覚めました。異世界だよ、異世界、と自分に言い聞かせます。


家政婦、もとい、家政婦長のミルドレッドさんが私の顔を覗き込んでいます。口を開けていなかったことを心より願います。


昨夜のチェックでおおよその使用人の名前はわかりました。使用人は圧倒的に男性が多いので、この人はミルドレッドさんで間違いはないでしょう。(男性が多いのは、いざとなった時に、家人を守れるよう、どうしても剣を使える人が必要だからかと思われます。)


「おはようございます。お起こしして申し訳ございませんが、ガヴァネス(住み込みの家庭教師)がご自宅からお戻りになり、奥様にお目にかかりたい、とおっしゃっていらっしゃいます。いかがなさいますか?」


いや、顔ぐらいあらいたいです。


「シャワ、いえ、顔を洗って着替えますので、マーティアン先生には、先に子供達の様子を見てもらってそれから書斎に来ていただくようお願いしてくださいな。あ、リリアはどうしています?」


ミルドレットさんは、既にリリアの様子を見てきたようです。


「リリア様は、まだベッドを離れられるご様子ではありません。熱もあるのではないかと。お医者様をおよびいたしますか?」


私が失恋した時は、次から次へ知らない人に会うのが結構キツかったことを思い出しました。婚約破棄が16歳の少女(これも年鑑から確認済みです)にどれだけダメージがあるかは察して余りあります。とりあえずは様子見ですね。


「いえ、お医者様は、リリアに聞いてからにするわ。マーティアン先生には、ルディの事をお願いして。」


ミルドレッドさんと一緒に控えていた侍女のエイミィさんと主寝室に行き(場所確認!)すばやく着替えて(どうせ代わり映えのしない喪服ですから)顔を洗って書斎に戻りました。


マーティアン先生は既に書斎に来ていました。赤毛に限りなく近いブラウンヘアで、緑の瞳に知性が宿る妙齢の女性です。20歳過ぎかと思われます。


「マーティアン先生、ご自宅の方はいかがでしたか?」


まずは無難な世間話から、と思ったら、いきなり眉をひそめられました。


「母は相変わらずです。お金がない、希望がない、気分が優れないと。」


おっと、いきなり突っ込んできますね。ひょっとして賃金交渉なのかしら、これ。


「思い余った妹が、自分も働きに出ると言い出しました。」


「妹さんは・・・」


「まだ、13です。侍女やコンパニオンになるには若すぎるのですが、下働きならできるのではないかと。」


いや、やめましょうよ、児童労働は。


「お母様はなんと?」


「父が亡くなって以来、我が身の不幸を嘆くばかりで、妹の行く先など考えられないようです。」


あら、ちょっと棘があるように感じるのはなぜかしら。


「・・・そうですか。でも妹さんがいなくなると、お母様もより一層寂しくなるでしょうし、仕事を探すのは、もう少し時間をかけて考えた方がよろしいのではなくて?」


「そうですね、早急に決めなくてはならないとは思っておりません。・・・奥様はいかがでした? 久々の夜会ですし、リリアさんにも少しは気晴らしになりましたでしょうか?」


吹っ切ったように話題を変えてきたマーティアン先生。どうやら先生は、愚痴愚痴がお好きではないようなので、端的に説明します。


「ああ、リリアは、ローランド殿下から婚約破棄を申し渡されました。」


マーティアン先生の顔が、『なんですと?』と『今なんつった?』になりました。

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