第22話ルークの過去

 太陽が少しずつ夜の帳によって隠されていた存在感を現わし始める時間帯。

 何時ものリンにとっては起きる時間より少し過ぎてしまっている位なのだが……起きたくても起きれなかった。

 リンの細い身体は、がっちりルークの長い腕と足に絡め取られていた。

 あろうことかルークの腕で、腕枕されている状態なのは百歩譲って未だいい。

 腕枕していない方の手で囲い込む様に抱き締められ、長い足はリンの足に絡める様に乗っかっている。正直物理的に少し重いのだが、不思議と嫌では無いのがまた、嫌になる。

 生理的嫌悪感は………無いのだ。

 その体を全て使いきった束縛は、それこそ下手なロープよりも頑丈だ。

 寝ぼけたルークに抵抗されながらも何とか起きることに成功したリンは、自分の仕事をするべく部屋を出ようとした。


「リン、何処に行くの?」


 いつの間のか眠りの淵より覚醒し、呼び止めたルークの声が何時もより険しかったのは気のせいだろうか?


「ルーク様の朝の支度の準備をしようと思いまして…」


 何も言わずに出ていこうとした事がどうやら間違いだったらしい。どうもまだまだ覚える事がたくさんある様だ。


「……そんなのは自分で出来るから、リンは俺の側にいて…」


「……」


 どうやら、黙って出ていこうとしていた事に怒っていた訳ではなくて、側を離れる事に苛立ちを覚えていたのが、リンにもやっと理解できた。


「……湯船の準備もしたいのですが……」


「いい………自分でやる」


 だから側にいろと、何時もなら我が儘を言っても、聞き分けが無い真似何てした事が無かったのだが、今日は頑なに離れたがら無かった。

 その事に一抹の不安を覚えたのだが、それでも薬を作って直ぐに夜通し馬車で走って来てそのままシリル様に付き添っていたのだ。リラックスした方が良いに決まってた。


「直ぐに戻ります。……準備が済んだらずっと側におりますから…」


「……」


 最後は無言だけれど否定しなかった事を肯定と受け取ってリンは頭を下げて、二人を残して部屋を出た。

 長く広すぎる廊下を歩き、ルーク様の部屋まで着くとリンは扉に違和感を覚えた。

 そこまで大きな感覚ではなかったが、何かが有りそうな…そんな感覚は次第に確信にかわっていく。

 それでもドアを開けないと言う選択肢はリンには無かった。だってここには守るべきルーク様はいない。幸いにも自分しかいないのだから、何かあっても対処が出来るし、万が一自分に何かあってもそれでも被害は最小限で済む。

 表面上は普通を装ってリンは部屋の奥まで進んでいく。

 大きな部屋が応接室、その奥に寝室とそのまた奥に浴室やトイレがある。

 気配は奥の方から伝わってくる。素人では無いのだろが気配の消し方がどうも荒い気がする。それでも王子の離宮迄入り込むのだから其れなりの手練れな筈なのだが?

 考えていても仕方がないのでリンはそのまま浴室に向かい蛇口をひねりお湯を出して湯を張った。

 平民は蛇口を捻ればお湯が出る、何て便利な生活はしていない。

 ちゃんと井戸で水を汲み火を起こしてお湯を沸かすのだ。


 魔道具を使用できるのは高位貴族以上だが、ここは王子様の離宮だ、魔道具があっても何の不思議はない。


「しかし便利だな……」


 リンの呟きはお湯が溜まる音より小さな物だったが、それでも相手には聞こえている筈だ。


「ねえ、貴方もそう思うでしょ?」


 リンは自分の背後に立った男に声をかけた。


「……気付いていたのだな」


 おや?……答える気はあるんだ。


「今更でしょう?……どうせ私の事も調べて有るんでしょうに」


 その間もリンは振り返らない。

 しかしその腕は何時でも戦える様に暗器に手をかけていた。


「……」


 男は無言。でも先程の声でどのくらいの身上なのかの目算は出来た。

 それも叩き込まれたリンの能力のひとつだ。

 親方ならもっと詳しく解るのだろうが、リンには未だそこまでの能力はなかった。


「ひとつ聞いても良いかしら?……狙いはルーク様ね?」


 単刀直入に切り込む。

 リンには回りくどい腹の探り合い何て面倒な事は出来ない。


「どうしてそう思う?……ここはシリル殿下の離宮だが?」


 嘲笑う様な声に若干のムカつきを覚えたがそこは無視しておこう。

 答える気が無いのなら、今すぐに実力を試すまでだ。


「馬鹿にしているのなら別に良いわ。無理して聞きたい訳では無いもの」


 二歩……正確には一歩半男が近付く気配があった。


「馬鹿にはしていないさ」


 更に半歩男が近付く気配がする。


「じゃあコケにしている?」


 リンゆっくりと振り向いた。

 そこには目算通りの位地に、これまた目算通りの長身の黒ずくめな男が立っていた。


「どちらでもない。……」


 男が走り出そうとするより速く、リンは男に向かって短刀を持った方の手を突き出した。

 リンの繰り出した短刀は。男の隠し持っていた仕込み刀で弾かれた。

 その反動で、二人は一旦距離を取った。


「いい腕だ……其なのに何故、お前は沈む船に乗ろうとする?」


「ルーク様の事を言っているのなら、それはあんたの検討違いよ。……あの人は私が沈ませはしない……いいえ、自ら進んで沈んだって引っ張りあげて説教してやる」


「ならば…お前も死ね!!」


 男が刀を持ち直すと大きく振りかぶり、丁度リンの首筋を狙っては来た。

 リンはそれを自分の短刀で防ぐとそのままの勢いで、男の顎を目掛けて蹴り上げた。


「死ねと言われて死ぬ馬鹿は、私も未だ見たこと無いわね」


 見事にクリーンヒットした蹴りにより脳震盪を起こした男に容赦なく踵落としをお見舞いし、そのまま留目とばかりに腹を蹴りつけた。

 リンは自分が思っていたよりもルークを下に見られた事が許せなかったらしいが、本人はその事に今未だ気付いてはいなかった。

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