CHAPTER 12


「ぐぉあッ!」

「叢鮫ッ! ――トォォオッ!」


 そんな中、叢鮫さんは鋼鉄食屍鬼の1匹に膝を噛まれ、苦悶の声を上げていた。そこへ畳み掛けるように、他の個体も彼を喰らおうと一斉に群がっている。


「バイカー・まんじキィィック!」


 だが、叢鮫さんに襲い掛かる悪鬼の群れは――まんじ状に身体を捻りながら放たれた、仮面戦士の飛び蹴りによって阻止された。


 飛蝗の仮面に相応しい跳躍力と、それを活かした蹴りの破壊力。その両方が重なり合い、生み出された衝撃が――悪鬼達を纏めて吹き飛ばして行く。

 だが、仮面戦士は全く慢心する気配もなく、傷付いた叢鮫さんに紅い手を差し伸べていた。その手を握り返した叢鮫さんの膝からは、かなりの流血が窺える。


「……敵は多いな、叢鮫」

「そうだな。……だが、大した問題ではない」

「あぁ。……今日は俺とお前で、『ダブルバイカー』だからな」


 だが、手当てをする猶予もなく――次の鋼鉄食屍鬼達が迫ろうとしていた。叢鮫さんは何かを思い立ったかのように、肩を貸している仮面戦士の方を見遣る。


十文字じゅうもんじ!」

「……わかった! バイカー・スイング! トォォッ!」


 その視線から彼の意図を汲み取った、仮面戦士――もとい十文字さんは。なんと叢鮫さんの両脚を掴むと、ジャイアントスイングの要領で振り回し始めたのだ。

 見るからに無謀極まりない所業なのだが……これが彼らなりの「作戦」なのだろう。勢いよく投げ飛ばされた叢鮫さんは、そのまま盾を突き出して鬼の群れに体当たりを敢行した。


 盾の硬度と叢鮫さんの質量、そして十文字さんの膂力にモノを言わせた、荒技中の荒技だ。

 どうやら、その威力は無茶に見合うほどのものだったらしく――投げられた叢鮫さんが地面を滑り停止するまでに、夥しい数の鋼鉄食屍鬼達が、ボーリングのピンのように吹っ飛ばされていた。


「……う、くッ!」

「叢鮫ッ!」


 体当たりを終えて激しく地を転がり、横たわる叢鮫さん。そんな彼に駆け寄り、肩を貸す十文字さんは――この無謀な技を咄嗟に考案した戦闘改人に、呆れたような笑みを零している。


「……全く。こんな無茶は、これっきりにしてくれよ」

「無茶をしないと奴らには勝てん。……それにどのみち、お前がいないと出来ないことだ」


 そしてそれは、鉄仮面に笑みを隠した叢鮫さんも同様だった。一方、彼らの連携を目の当たりにしたルクファード陛下は、わなわなと肩を震わせている。


「何という膂力なのだ、あの男……! 奴の目的と名は、一体……!?」


「――正義。バイカーマスク2世」


 彼の問いに、遥か遠くの戦場から毅然と答える仮面戦士は――雄々しい眼差しで、陛下の紅い眼を射抜いていた。すると、そこへ新手の鬼達と共に、彼らを追って来た「魔法少女」が現れる。


「君、叢鮫に手当てを頼む!」

「はいっ! ――防壁バリアッ!」


 ピンクのグラデーションが掛かった、白い絹のような長髪を靡かせて――颯爽と叢鮫さんの側に舞い降りてきた彼女は、素早く身を翻してステッキを翳す。

 ドーム状に展開された光の膜が、鋼鉄食屍鬼達の接近を阻んだのは、その直後だった。得体の知れない魔法に行く手を阻まれ、鬼達は困惑した様子で膜を叩いている。


「君は……」

「もう大丈夫ですからね! ――治癒リフレッシュ!」


 その防御魔法と、並行して。彼女は紅いスカートをはためかせ、再びステッキを振るい――血が止まらない叢鮫さんの膝に、眩い光を注いで行く。

 すると、彼の膝がみるみる修復されて行き――あっという間に、血が完全に止まってしまった。その現象に冷静な叢鮫さんもさすがに驚いたのか、何度も膝を摩っている。


「膝が……!」

「さっすが結衣ゆい様! 傷付いた兵士に癒しを施す、聖女の如きその振る舞い! やはり私が見込んだ魔法少女――」

「ガーネット! うっさい!」

「ああん、結衣様のいけず!」


 だが、物凄く賑やかにはしゃぐステッキを、魔法少女が叱る瞬間――消失していく膜を越えて、鋼鉄食屍鬼達が一気に雪崩れ込んできた。

 叢鮫さんと十文字さんは、魔法少女を守ろうと彼女の前に立ち、同時に身構える。――だが、次の瞬間。


「全力全開――大砲バングッ!」

「……!」


 彼女の魔法によって創出された、巨大な鉄砲玉が撃ち出されると。膜の内側に踏み込んできた鬼達を、一気に迎撃してしまうのだった。

 まるで。叢鮫さんの回復にリソースを割くことで、膜が消えてしまうことも……それによって、鋼鉄食屍鬼達が迫ってくることも。全て、織り込み済みだったかのように。


「……大したものだな、その若さで」

「でしょう!? 超凄いでしょう!? ホラホラもっと結衣様を褒め称えて――!」

「あーもー! やめてってば恥ずかしい! も、もう私行きますね! それじゃっ!」


 それが魔法少女の作戦だったのか、単なる偶然だったのか。あるいは……あの喋るステッキの秘策だったのか。それは分からないが、少なくとも叢鮫さんはまぐれだとは思ってはいないようだ。

 矢継ぎ早に3種類もの術を使いこなして見せた魔法少女に、叢鮫さんは賞賛の言葉を送りつつ――恥じらいながら飛び去ってしまった彼女を、静かに見送っていた。


「……礼を、言いそびれてしまったな」


 再び、鬼達との戦いに戻りつつ――何かを惜しむように呟きながら。


 ――そして、ついに輝矢君達が魔人に迫りつつある中。他のヒーロー達から遠く離れ場所で1人、静寂を纏い戦場を歩む僧侶がいた。

 瞼を閉じ、全方位から迫り来る鋼鉄食屍鬼達も意に介さず、穏やかな面持ちで瞑想している彼は――まるで、この怒号と轟音の絶えない世界から切り離されているかのようだ。


「……ッ!? おい、あんた! アブね――!」


 そんな無防備な彼を、血に飢えた鬼達が放置しているはずもなく。魔人の配下達は牙を剥き、一斉に襲い掛かってきた。

 だが、火弾さんの呼び掛けにも反応を示さない、水色の着物を纏う僧侶は。その首に掛けた、赤黒い数珠を僅かに揺らすと。


「――良いイチモツをお持ちのようで」


 その一言と共に。疾風の如く、異形のかいなを振るう。


 何が起きたのかは、すぐには分からなかった。それは私より近い場所から、彼の「技」を目撃していた火弾さんも同様だったらしい。


 私達の理解が追い付いたのは――鋼鉄食屍鬼達の、地獄のような慟哭が天を衝いた時だった。

 これまでもあの鬼達は、何十とヒーロー達に打ちのめされ、悲鳴を上げ続けていたが……今のような絶叫など、聴いたことがない。


 痛みという一言だけには決して収まらない、深く残酷な絶望。その一端を刻み付けられたかのような、叫びであった。


「あぁ……これでまた一つ、魂が救われる」


 至福の笑みを浮かべる僧は、自身の周囲でのたうちまわる鬼達を一瞥もせず、満足げに歩を進めている。まだまだ「救わねばならない」者達を、追い求めるかのように。

 もちろん――それが意味する先など、私には到底考えられそうにない。それは彼の「技」を目撃してしまい、戦慄を覚えている火弾さんも同様であった。


「……お、俺は何も見てねぇぞ。何も」


 彼の理性は先程の一閃を、記憶から消し去ることを選んでいる。それが賢明だろう。私もそうする。

 あの僧が歩み出そうとしている「道」からは――さしもの火弾さんも、全力で目を逸らすしかない。決して振り返ることなく、進み続けるしかないのだ。


 仮面の色以上に青ざめているであろう、彼の背中を見送りつつ。私は気を取り直すと、剣呑な眼差しでその行く先を見据えていた。


 ――PALADIN-MARVELOUS。CAPTAIN-BREAD。ROBOLGER-X。


 彼ら3人が向かう先は、あの漆黒の魔人。いよいよ――最後の決戦が始まるのだ。


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