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 昼食も済んでいよいよ遊園地に繰り出した有紗の手は早河の腕をしっかりと掴んでいる。


「早河さん、ジェットコースターはダメなんだよね?」

『ダメってほどでもないけど……』


有紗は彼の腕にすり寄って笑い声を漏らした。


「元刑事の探偵さんが怖いものがジェットコースターって可愛いっ!」

『怖いとは言ってない』

「じゃあ乗る?」


早河は無言で視線をそらす。有紗がまた大笑いした。


「無理しなくていいよ。ジェットコースターに乗らなくても遊園地は楽しめるもん! 早河さんと一緒ならなんでも楽しい」


 それは早河が見た有紗の久しぶりの笑顔だった。ここのところ泣いている顔しか見なかった有紗が楽しそうに笑っている。


自分と一緒にいることで有紗が笑ってくれるなら、心の傷が少しでも癒えるのならどれだけでも一緒にいてやりたい。でもそれはできない。


「早河さーん! 早く!」


 先に乗り物待ちの列に並んだ有紗が早河を呼ぶ。ジェットコースターは回避できたが遊園地に来たからには他のアトラクションには乗らなくてはいけない。


有紗が並んでいる列はフリーフォール。あれもジェットコースター並みで垂直に立つ大きなアトラクションを目の前にして目眩がしそうだ。

刑事時代の過酷な仕事の方がマシに思えてしまう。遊園地ほど早河に不似合いな場所はない。


 フリーフォール、バイキング、空中ブランコ、ミラーハウスと遊園地の定番アトラクションを乗り継いで有紗は観覧車を見上げた。


『次はこれ?』

「うん。やっぱり観覧車には乗らないとね」


観覧車の順番待ちをしている間、有紗はバッグから巾着袋を出した。中に入る金平糖の包みを出して空にかざす。

色とりどりの金平糖が青空に鮮やかに映えた。


「何色になるかなぁ。当てっこしよ」

『ゴンドラの色をか?』

「うん。私は赤だと思う!」


 ここの遊園地の観覧車のゴンドラは赤、橙、黄色、緑、青、紫、ピンクの七色があり、ひとつずつ色が違う。

順番待ちの列から自分達の番を数えると赤色のゴンドラが回ってきそうだ。

有紗は赤色の金平糖を袋から出して手のひらに乗せた。


「早河さんは? 探偵さんだから何色が来るか推理してよ」

『俺はホームズでもポアロでもないぞ』


そう言いつつ、早河は首を伸ばして順番待ちの列の前方を見た。早河達の前には四組並んでいて順番で行けば一組目のカップルが緑、二組目もまたカップルだったがこちらは青、三組目の家族が紫、四組目の小学生の少女四人組がピンク……なるほど、有紗の言うようにこのまま行けば自分達はピンクの次の赤色のゴンドラになる。


早河は三組目の家族連れに目を留めた。彼は確信した顔で有紗の持つ巾着袋からピンク色の金平糖を出して口に入れた。


『ピンクだな』

「えー? なんで?」

『前に並んでるあの親子見てみろよ。小さい女の子がいるだろ?』


前の列の親子連れは三人家族で3歳くらいの女の子がいる。


『あの子がさっきからずっとソワソワしてる。あれはトイレに行きたいんだ』

「あー……!」


 有紗が納得の声を出した直後、小さな女の子は母親に手を引かれて列から離脱した。父親も列から離れて順番がひとつ早くなる。


『観覧車に乗るのにトイレ我慢するのはキツイ。ここからトイレまでは距離があるし、一度列を外れて後ろに譲るしかなくなる』

「そっか! だからピンクって言ったんだね。前の人がいなくなると順番が早くなるから」

『そういうこと』


たった今、あの親子連れが乗るはずだった紫色のゴンドラに早河達の前にいた小学生四人組が乗り込んだ。次がピンク色だ。


「早河さんやっぱり凄い! 人のことよく見てる」

『刑事時代の癖だな』


 係員が早河と有紗が乗るピンク色のゴンドラの扉を開けた。ゆっくり動くゴンドラに飛び乗って扉が閉められる。しばしの空の旅だ。


少しずつ地上を離れて上昇するゴンドラの窓から有紗は外を見下ろした。姿が小さくなる人々とおもちゃの国みたいな遊園地が一望できた。


『有紗……』

「なぁに?」


彼女はわざと向かい側にいる早河を見ないようにした。彼を見ずに返事だけを返す。


『俺……なぎさと結婚するんだ』


無言で景色を眺める有紗の心は静かだった。予感していたことが現実になっただけ。そこに驚きはなかった。


「……うん。なんとなく、そうなのかなぁって思ってた。なぎささんの話をする早河さん、とっても優しい顔してたから。女ってね、そういう勘は働くんだよ」


まだ早河の顔は見れず、窓に当てていた両手を下ろして膝の上で握る。


「だけど……結婚かぁ。付き合ってるのかもとは思ってたけどまさかこんなに早くに結婚するとは思ってなかった。それはちょっと……びっくり」

『そうだよな』


 有紗にどんな言葉をかけても慰めにはならない。中途半端な優しさも慰めも有紗を傷付けるだけだ。


「いつ結婚するの?」

『クリスマスまでには婚姻届出そうと思ってる』

「うわぁ……もうすぐじゃん! なぎささん、早河なぎささんになっちゃうんだね」


やっとの思いで顔を上げた有紗の瞳は懸命に涙を堪えていた。


「去年は二人とも恋愛感情はないって言ってたのにやっぱりくっついちゃってぇ」

『有紗に嘘つく形になっちまったな。悪い』


 頭を垂らす早河の隣に有紗は移動した。彼女は彼の腕にしがみついて顔を寄せる。


「ホントだよ。嘘つき。でもしょうがないよね。早河さんはこんなに格好いいし意地悪だけど優しいし、喧嘩は強いし仕事はできるし、さすが私の好きな人! なぎささんも優しくてお料理上手で美人だし、私にとってはお姉ちゃんみたいな人。……だから」


有紗は早河の頬にキスをした。


「許してあげる。結婚する相手がなぎささんなら文句ないもん。結婚おめでとう」

『ありがとう』


精一杯の有紗の笑顔に早河も精一杯の誠意で応えた。

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