18話 店名はこれなのですわ

「わあーっ」

「うふふふ、すばらしいですわ」


 リリアンナとハルトは内装も完了したメイドカフェに来ていた。二人の横では調理担当のリックとサニーが鍋などの調理器具を運び込んでいる。メイド候補生達も、物品の搬入を手伝っている。


「皆さんの着替えや休憩をするスペースはここですからね」

「はーい」


 メイド候補生達はハンガーや姿見をそちらに運んでいく。


「ちゃんと休憩所をとったんだ」

「ええ、街の中で賭けカードでもされたらたまらないですもの……」


 リリアンナはふうとため息を吐きながら、入り口をそわそわと見ている。


「リリアンナ?」

「そろそろですわ……あ、来ましたわ!」

「あいててて」


 リリアンナは興奮のあまり、ハルトの腕をばんばん叩いた。


「ほら、見に行きましょう!」

「なんなんだよ」

「アレですわ……私達の店の……」

「ああ!!」


 リリアンナとハルトは店の表に駆け出した。業者が一生懸命取り付けているのは店の看板である。


「でかいな」

「ほほほ……ちょっと欲張ってしまいましたかしら」

「えーと、メイドカフェ……めろでぃたいむ」

「そう、それが私達の運営するメイドカフェの名前ですわ」

「いいんじゃないかな」


 ここらへんの店の看板の三倍くらいある大きさのそれはパステルカラーに塗られている。


「この看板から先は夢の国なのですわ」

「うん」


 リリアンナがあんまり嬉しそうに言うので、ハルトはその笑顔にしばらく見惚れていた。




 そしてその夜……メイド候補生達は鏡の前ではしゃいでいた。


「ねぇ? 似合う?」

「リボンが曲がっているわよ!」

「はいはい、皆さん静かに! いいですか、メイドカフェでは皆さんの個性を売りにするんですから、自分らしい装いを。でもキチンと見える様に着てくださいね」


 そう、とうとうメイド服がメイド候補生達に配られたのだ。


「毎月の決められたお給金の他に、チェキやステージのリクエスト、今後始めるグッズの売り上げによってプラスのお手当があります。みんな頑張って下さいましね」

「はい、塾長!」

「その呼び方も今日でお仕舞いですわ」

「では奥様」


 リリアンナはそう呼びかけたイルマに向かってふるふると首を振った。


「これからは私の事を妖精さんと呼びなさい」

「よ……う……」

「要するに裏方の人間の事です。厨房の二人も呼ぶ時は妖精さんと呼んでくださいまし」

「分かりました、妖精さん」

「うふ」


 リリアンナは満足げに頷いた。メイドカフェの妖精さんになる。そう決心した前世の自分。志半ばで死んでしまい、とある世界で貴族の娘になっていた自分……。これまでの道のりを振り返り、感無量となった。


「それではあまり夜更かしをしませんように」


 リリアンナはそうメイド達に言い残して寮の部屋を出た。そのまま自室に戻ろうと思ったが、居間から明かりが漏れているのを見て足を止めた。


「ハルト様……?」

「ああ、リリアンナか。リリアンナも一杯どうだい?」


 居間ではハルトとウルスラがワインの杯を傾けていた。


「あら……では少しいただきましょうか」

「では奥様、事業の成功を祈って、乾杯」

「……乾杯」


 リリアンナはハルトのグラスとかち合わせた。一口飲むと、これはかなり上等なワインである。


「一応前祝いってね」

「これは高いワインを開けた言い訳よ」


 ウルスラはにやりと笑いながらグラスを空にした。


「ハルト様、今までご協力ありがとうございました。それからウルスラさんも。ウルスラさんが居なければ、きっともっと時間がかかってましたわ」

「そうそう感謝しなさいよ。このウルスラ様に」

「それにしても、オープンの知らせを王都に出さなくて良かったのか?」


 ハルトは少し心配そうにリリアンナに問いかけた。


「ええ、王子との婚約破棄で微妙な関係の方も多いですし……。あ、私のお友達は一人お知らせしましたけど」

「そうか」

「まずはこの土地で受け入れられる事ですわ。王都の客はそれからでもやってきますわ。なにしろ皆さん、新しいもの、珍しいものが大好きな方々ですから」


 リリアンナはそう言ってワインを飲み干した。


「私、頑張りますわ。ハルト様、ありがとうございました」

「おいおい……まだオープンもしてないんだよ? これからだって協力させてもらうよ」

「……ありがとうございます」

「そんなに感謝してるなら、感謝のキッスくらいしてやったら~?」

「ウルスラ!」


 顔を赤らめて、目の据わったウルスラが、ニヤニヤしながらソファーの影でそんな事を言っている。ハルトは思わず大声でウルスラをたしなめた。


「ごめん、ウルスラは絡み酒をするんだ」

「……でも、ウルスラさんの言う事ももっともですわね」

「え?」


 ハルトがリリアンナの言葉にびっくりして彼女を見ると、彼女もほんのりとアルコールに頬を染めて、少し酔っているようだった。


「ハルト様……」

「リ、リリアンナ……?」


 リリアンナはハルトの手を取ると、そこに口づけをした。


「……感謝のキスですわ。ではハルト様、あんまりお過ごしにならないでくださいましね」

「……ふ、ふあい」


 パタリ、と小さな音を立てて居間のドアが閉まると、ハルトはへなへなとその場にくずれ落ちた。


「やっわらかかった……これなんけ?」

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