5話 力強い味方なのですわ

「……え!?」


 二人は驚いて見つめ合った。そして恐る恐る先に口を開いたのはハルトだった。


「だって、布だぜ?」

「何を言っているんです。この複雑な編み! 丁寧な仕事がしてあるのが分かります!」

「へへへ、奥様の勝ちだね。旦那様。奥様の手にしているのはこの店で一番出来のいいレース生地だ。この辺の村ではね、冬の農閑期に農家の女将さん達が内職をするのさ。その中でも一番の名人が作ったのがそのレースという訳さ」

「なるほどなー。さすが公爵令嬢だわ」


 ハルトはうーん、と唸った。リリアンナはそんなハルトをよそに店主に問いかける。


「それにしても安くないですか?」

「そう言って貰えるとありがたいね。でもここら辺は有名なレースの特産地でもないからね、こんなもんだよ」

「あの、このレースをあるだけ下さい」

「本当かい!?」


 リリアンナは同じレース生地を全て買い占めてしまった。


「どうするんだい、それ」

「これを使ってメイドの衣装を作るのです」

「そりゃかわいいだろうな」

「違うんです!」


 リリアンナはハルトの言葉を遮った。


「もし……メイドカフェが評判になったら、このレースの産地も名前が響き渡るでしょう。そしたらこの土地もレースの特産地になることになります」

「ほう……」

「……なんせ、私は領主夫人ですから」


 リリアンナはちょっと頬を赤くして先に馬車に乗り込んだ。ハルトはその後ろ姿を見送りながら、口笛を吹きたい気分になっていた。


「では、帰りましょうか我が家へ。領主夫人」

「からかわないでくださいまし」


 ハルト達を乗せた馬車はやがて屋敷に着く、迎えに出た家令のエドモンドは馬車の後部座席に満載になったレース生地とそれに埋もれるようにしている主人達を目にして必死に驚きを隠していた。


「ハルト様、それは……」

「ああ、エドモンド。これ、物置にでもしまって置いてくれ」

「かしこまりました……」


 慌てふためくエドモンドを尻目にハルトとリリアンナは家の中に入った。


「ちょっとそこの二人待ちなさい!」


 すると大声で二人を呼び止めるものが居る。ウルスラである。


「どうしたんだ、そんな顔して」

「二人とも居間まで来て!」


 二人が居間に入ると、そこは惨憺たる有様だった。


「これは一体……」

「あら、私の企画書」


 そこには付箋や注釈がびっしりと貼られたリリアンナの事業計画書が散乱していた。


「これ、私の部屋にあったはずですのに……」

「聞きたい事があります!」


 ウルスラはリリアンナの声を遮って、目の前の企画書を指差した。


「奥様はこの片田舎に最高級レストランでも開くつもりなのかしら?」

「えー?」


 ハルトはウルスラの指し示した書類を見つめた。内容はメニュー案と価格案だった。


「これがどうしたんだ?」

「どうしたんだ、って高すぎます! ここは王都ではないんですよ」

「それは、ある程度しっかりしたお料理を出したくて……」

「だとしても高すぎます!」


 ウルスラは絶叫した。そう、リリアンナとハルトは分かっていなかったのだ。この国の庶民の『そこそこ』『しっかり』が。ハルトはその辺人に任せっぱなしだったし、企画書自体も概要しか見ていなかった。一方のリリアンナはそれこそ相場を知らなかった。日本でならともかく、ここではリリアンナはほぼ現金を持ち歩くことすらなかったのだから。


「いいですか、価格はこちらで決めさせてもらいますからね!」

「あ、でもメニューは変えないでくださいませ」

「……この訳の分からないメニューを?」

「はい。その訳の分からないメニューがあるのがメイドカフェですから」


 ウルスラは微笑みを崩さないリリアンナを前にしてため息をついた。


「……分かったわよ」

「それにしても困りましたわ。王都から料理人を連れてくるつもりでしたのに」

「地元採用にしなさい。その方が賃金も抑えられるわ」

「仕方ないですわね」


 その様子を見ていたハルトはうんうんと頷きながら二人のやり取りを見ていた。アイディアのリリアンナと実行のウルスラ。良いペアじゃないだろうか。


「ウルスラ、これからも頼むよ」

「……!! 冗談じゃありません! いいですか、このお嬢さんの企画書は穴だらけです!」

「例えば?」

「この内装!なんです、クレテール製の家具なんて手入れするのも恐ろしいわ!」

「なーるほど」


 ハルトはウルスラの注釈を入れた企画書を見た。そこには無駄と思われる出費と代替案がそれぞれ掻き込まれている。不明点には付箋も貼られている。


「さすがウルスラだね。賢者様だけある」

「そりゃそうよ! 本当ならこの頭脳、国の中枢がほっておきやしないんだから!」

「……なのにこんな田舎にいるんだよな、俺のせいで」

「ハルト……」


 ウルスラはハルトを見つめた。違う、ハルトのせいではない。中央の政治から国の英雄を閉め出した国の勝手なやり口に腹を立てて勝手について来たのは自分だ。ウルスラはそう言いたかった。


「な、ウルスラ。俺達と一緒にメイドカフェを作ろう。そして王都のやつらをビックリさせてやろうぜ」

「……う、しょうがないわね」


 こうして、異世界メイドカフェ運営チームに力強い仲間が増えたのだった。

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