2話 これが事業計画なのですわ 

 リリアンナは頬を紅潮させ、僅かに息を乱している。ハルトはただただぼんやりとそれを眺めていた。


「と、いう訳で……勇者様、私にはもはやあなただけが頼りなのです」

「俺だけが……」


 そう言われると弱いのがハルトである。これぞ童貞力。


「そっかぁ、まあ試しにやってみてもいいかな……。魔王討伐も終わって暇だし」

「……本当ですか?」


 リリアンナはバッとハルトの手を取った。細く柔らかい彼女の指の感触にハルトの体温は急上昇する。


「んなっ、なっ……」

「それでは私は着替えてまいりますわ」


 そうしてリリアンナは居間を退出した。ハルトはへなへなとその場に崩れ落ちた。


「……こりゃ大変だわ」

「わっ」

「何よ、お化けでも見たような顔して」

「居たのかウルスラ!」


 そう、ウルスラはリリアンナが突入してからずっとその場に居たのだ。


「居たわよ! 息を殺していたけどね!」

「自慢げに言うなよ!」

「あんたにとっては魔王より厄介かもしれないわね。あんたの嫁は」

「うーん」


 ハルトは残念な想像力でリリアンナとの結婚生活を想像してみた。が、その想像は先ほどのリリアンナの強烈なダンスパフォーマンスにすぐにかき消されてしまった。


「で、メイドカフェってなに?」

「それは……そっかウルスラにはわからないか。メイドがお給仕してくれる店だよ」

「それの何が楽しいの? ただの店と変わらない感じがするけど」

「えーっと、メイドさんがかわいい恰好して、おまじないとかしてくれるんだよ」

「え、魔法使いなのにメイドをするの……?」


 この世界では魔法使いはいわば専門技術職である。ウルスラは大分混乱しているようだった。


「いや、そのおまじないはお遊びっていうか……」

「やっぱりそれの何が楽しいかわからない」

「俺も行ったことないからわかんないよ……」


 ウルスラはこのままハルトには任せておけない、と思った。


「私がしっかりしなきゃ……」


※※※


「勇者様!」

「あの……ハルトでいいですよ」

「ハルト様、企画書をお持ちしました。ハルト様にもわかるように手を加えたつもりです」

「あ、うん」

「やはり、細かい部分も納得していただかないと」


 リリアンナは夕食も取らずに資料を煮詰めていたらしい。厚い紙束をドン、とハルトの前に置いた。


「すごいね、これリリアンナが全部……?」

「はい」


 ハルトは書類をめくった。そこにはびっしりと綺麗な字で事業計画が記されていた。


「私のやりたいのはいわゆる秋葉原系のメイドカフェです。ロングスカートのメイドも尊いのですが……」

「こっちにもいるもんね」

「そうです! 貴族や富裕層相手にするためには萌えかわいいミニスカメイドが必要なのです!」


 リリアンナは一枚の紙を取り出した。それはメイド服のデザイン画だった。ピンクのワンピースにフリルのエプロン、コルセット風のベストがスタイルを引き立てるようになっている。


「おお、かわいい」

「でしょう」

「まさかこれも……」

「はい、王都一番のサロン、マダム・ジョルジェにオーダーいたしました」


 まじか、とハルトは呟いた。リリアンナの本気がひしひしと伝わってくる。


「こちらへ嫁ぐ事が決まってすぐにカフェの立地も調べました。この地域は農業が主で最も賑わっているのはこの屋敷もあるワーズの街です。そこの大通りの用地をとりあえず押さえてあります……ハルト様の名前で」

「えっ」

「申し訳ありません、でもメイドカフェはこの世界の人々にとっては未知のものです。分かりやすい場所にないと」


 そう言って、リリアンナはまた別の紙をハルトに提示した。


「これは……カフェの設計図? と完成予想図か……」

「はい。秋葉原のメイドカフェは雑居ビルなどにあってあまり中が見える店は少ないのですが……」

「大きな窓があるんだね」

「そうです。中が見える事で安心感が生まれると。それから厨房のスペースも十分にとっています」


 リリアンナの桜貝のような爪が設計図をなぞった。


「それはなんで?」

「まずは飲食店としての評判を高めたいのです。きちんとした料理を提供する。メイドの良さを知って貰うのはその次の段階です」

「なるほど……この世界でやっていけるようにリリアンナは考えた訳だ」


 ハルトがそう言うと、リリアンナはこくこくと頷いた。


「そうです……! そしてこれはあくまで計画です。実際は資金がないと……」

「それを俺に頼みたいって事か」

「はい、それに人集めが必要です。優秀な人材を集めないと」

「そうか、なら俺の名前を使いなよ」


 ハルトはリリアンナの目を真っ直ぐに見つめてそう言った。


「……! いいのですか!」

「ああ、構わないよ。リリアンナ、俺もキミに謝りたい事がある」

「……? なんでしょう?」

「俺は王に押しつけられた花嫁のキミを最初からないがしろにしようと考えていた」

「それはしかたありませんよ。相当強引なやり口だったと聞いていますし」


 そう言うリリアンナの言葉にハルトは首を振った。


「俺はこの世界に来て、どこか非情にならないと生きて来れなかった。だから忘れていたんだ。リリアンナも一人の人間だって事に。こんな……」


 ハルトは分厚いリリアンナの作成した事業計画書を手にすると、彼女を見つめた。


「本気で考えて、本気で生きてる人間にはちゃんと向き合わなくちゃいけないって事を、俺は思い出したよ」

「ハルト様……」


 リリアンナはハルトの言葉に目を潤ませると、ハルトにしがみついた。


「ありがとうございます!」

「あうっ、あ、うん……」


 リリアンナから香るずずらんの香りにハルトは目を白黒させながら頷いた。


 




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