異世界でメイドカフェを開くためなら何でもします。だから勇者様、私と結婚してください!

高井うしお

プロローグ

「君とは婚約破棄だ!」


 王子は拳を握りしめ、震えながら叫んだ。しん、舞踏会の会場は静まり返る。


「ふふふ……おほほほほ!!」


 リリアンナはそれを聞いて高らかに笑った。


「望むところですわ、テオドール殿下」

「いいのか、もう君を娶ろうという貴族はいないだろう!?」

「かまいませんわ」

「お前のような性格の悪い女は初めてだ! 訳の分からない我が儘に、私への誹謗中傷と枚挙にいとまが無いではないか!」

「ほほほ、私が常に貴方の思い通りになると思ったら大間違いですわ! 貴方は貴方のかわいい人と仲良くしていればよろしくてよ。では、これで失礼いたします」


 リリアンナはカツカツをヒールの音を鳴らして、広間を出て行った。


「リリアンナ! お前、なんてことを……!」


 リリアンナの父親の公爵は怒りに震えながら、彼女を追いかける。


「言ったでしょう、お父様。私には夢があるのです」


 そう言って呆然としている公爵を置いてリリアンナは王城を後にした。



※※※



 その数日後、勇者ハルトとその一行は王城の広間に通され、王と謁見をしていた。


「此度の魔王討伐、大義であった勇者ハルトよ」

「はっ……」

「褒美に、そなたに領地を与えよう」

「はい、ありがとうございます」


 ハルトは深々と頭を垂れた。そしてこれまでの苦難を噛みしめていた。


(聖剣アクアゾット……君の最後の力で奴を討伐する事が出来た。感謝するぞ)


「それで……ハルト、君はまだ独身だったな」

「は、十六から今まで……憎き魔王を倒すため修行と戦いの日々を送って参りましたゆえ……」

「そうか、それではお前に妻を与えよう」

「……は?」


 ハルトはいきなりの提案に気の抜けた返事をしてしまった。


「相手はシャンデルナゴール公爵の娘、リリアンナという」

「あのっ、それは……」

「王家の遠縁にあたる娘だ。この話を受けなければ、領地の話は無かった事にしてもらおう」

「そんな……」


 勇者一行は王の一方的な通達を受けて広間を出た。あまりの展開に呆然としているハルトを女賢者ウルスラがつっつく。


「ハルト~、しっかりしなさいよね」

「あ、ああ……」

「まったくお人好しなんだから。領地だって全然栄えてない田舎だし、押しつけられた公爵令嬢だって、あれきっと訳ありよ」


 ウルスラの言葉も耳を通らない様子のハルトを彼女はひっぱたいた。


「もうっ! しゃきっとしなさい!」

「俺に……嫁?」


 その呟きを聞いてウルスラははぁーっと長いため息を吐いた。


「……仕方ないとは思うわよ。だってあんた二十九にもなって童貞だもん」

「ど、童貞ちゃうわ!」

「そういう所が童貞なのよ」


 はてさて、問題はあるもののハルトは王の提案を受け入れる事にした。さすがにこれまでの苦労を共にした戦友たちにも褒賞を与えなければならないし、ウルスラの助言もあったからだ。


「押しつけられた花嫁なんてしばらくして離縁してあんたは田舎でのんびり暮らした方がいいわ。今まで大変だったんだし」

「そうだよな、ウルスラ」


 ハルトが与えられた領地モンブロワは田舎だけれども、気候の良い土地だった。


「まずは畑仕事でもして、のんびり暮らそう」


 豊かな緑に囲まれた土地に豪華な屋敷。ハルト達が呑気で暮らして居られたのも――数日の事だった。


「あの、婚約者のリリアンナ様がいらっしゃいました!」


 ある日の午後、家令のエドモントが眼を白黒させながらハルトがくつろいでいる居間にやって来た。


「え? なんの知らせも無かったよな?」

「はあ……でもそこまで来ておりまして……」

「しかたない、ここに通してくれ」

「もう、来ておりますわ」


 リリアンナはグッと扉を明けて入ってきた。それが、ハルトとリリアンナの初対面だった。


「……どうも」

「初めまして、リリアンナ・シャンデルナゴールと申します」


 ハルトはその絹糸のような黒髪と切れ長の青い眼に見入ってしまった。そう、少し冷たい印象はあるが、リリアンナ嬢は絶世の美人だったのだ。


「あのあのあの! 佐藤晴人と申します……」

「佐藤ですか……よくある名前ですね」

「はい、すみません……え?」

「日本人としては」


 そう言ってリリアンナはにっこりと笑った。その微笑みにハルトは見入ってしまう。


「私、この世界に生まれる前は鈴木でした」

「……え?」

「私は転生者なのです。転生前は鈴木あんな」

「本当に……?」


 ハルトは思わず前のめりになった。同じ世界から、形は違えどやってきたと言うのだ。興奮しない訳がない。それも同じ日本人。


「私には夢があったのですが、志なかばで死んでしまったのです。その未練でこうして前世の記憶があるのかもしれません」

「ほう……夢?」

「はい……私の夢は……メイドカフェの妖精さん(運営する人)です。それになれるなら私は鬼になります!」

「……はぁ!?」


 リリアンナは力強く宣言した。そしてハルトを見つめる。


「妖精さん……?」

「ええ、メイドカフェの裏方を担当する人の事です。勇者様、私の夫となるからには私の夢を応援してくださいますよね?」

「えっ、それってどう言う……」

「お金を出してくれますよね?」


 えっ、こいつやばいやつやん……先程見惚れていたくせにハルトの眼はこれ以上ないくらいに泳ぎまくった。


「いやー、それはどうかなぁ?」

「えっ、そしたら離婚するんですか? やだ、王の名前で鳴り物入りで結婚したのに出来るわけないじゃないですか」

「そ、そうだよね……」


 ああ、前評判以上の人物がやってきた。果たして、ハルトはこのリリアンナ嬢と夫婦となれるのだろうか……。

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