第32話
王妃誘拐事件。これはとても重大な事件だ。謀反を疑われてもおかしくはない。犯人は間違いなく極刑となるだろう。
もちろん、会場の警護に当たっていた責任者のクルトも処罰は免れない。
「自分は番様の護衛をしておりましたので」というのがクルトの言い分だ。ふざけるなと私は拳を握り締めて怒りを抑えた。
「部下の失敗は上司の失敗でもあるのよ。それとも、あなた方はユミルさえ無事ならそれでいいということかしら?」
大変な目に合ったのだからゆっくり休んで欲しいというシュヴァリエ、ノルン、フォンティーヌには申し訳ないけど休んでなんていられない。
「いえ、そういうわけでは」
さすがに自分の本分を思い出したのか、クルトは目を逸らす。
「確かに警備の甘さはクルトの過失かもしれないが、そもそも誘拐をされるような行動をとったお前にも問題があるのではないのか」
「私を会場から追い出したのは陛下ですよ」
「そ、それは追い出されることをしたお前が悪いのだ。だ、だいたい、王妃と言うのなら常に護衛をつけて行動するものだろう。ユミルだってそうしている」
「私が来た時に護衛すら用意してくれていない方のセリフとは思えませんね」
「だ、だいたい、お前に護衛が必要なのか。近衛の話だと、お前を誘拐した悪漢の死体が見つかったそうじゃないか。それにその、血まみれの姿。お前が殺したんだろ。一人で対処できるのなら、護衛などそもそも不要ではないか」
陛下の言葉に誰もが息を飲んだ。さすがのクルトも陛下の言葉には頷けなかったようだ。
「陛下、それでは我々の存在意義がなくなります」
随分と的外れなことを言っているようだけど。それに幾ら幼馴染だからといって公私混同しすぎだろう。陛下や私の許可もなく口を開くなんて。
同じ幼馴染であるフォンティーヌは立場を弁えてずっと黙っているのに。
クルトもフォンティーヌも陛下の幼馴染だから今の地位につけられたのだろう。その方が御しやすいとジュンティーレ公爵は考えたに違いない。
現に出来ぞ来ないが順調に育っている。フォンティーヌ一人では対処に限界があるし、綻びも出ている。
「つまり陛下は私に死ねと仰っているのですね」
「なっ!誰もそんなこと言っていないだろう」
「同じことですわ。王族がどれほど危ない立場に居るのか。公爵のお人形でしかないあなたには分からないでしょうけどね」
「うるさいっ!」
どうやら傀儡である自覚はあるようだ。顔を真っ赤にして怒鳴った陛下が私を殴ろうと手をあげた。
「「陛下っ」」
「「妃殿下」」
クルトは陛下を後ろから羽交い絞めにし、私と陛下の間にはシュヴァリエとフォンティーヌがいた。ノルンは魔法で障壁を作って私を守った。
「放せ、クルト」
「いけません、陛下。落ち着いてください」
「クルト、陛下を放すな。陛下、落ち着いてください。陛下も王妃様も落ち着いてください」
陛下がじたばたともがくせいで手や足がクルトに当たり、彼は痛そうに顔を顰めていたけどそれでも陛下を放したりはしなかった。
「男として女性に暴行を振るうのは容認できません」
たまにはクルトもまともなことを言う。
「陛下」
周囲の慌てぶりを見たおかげで少しだけ私も冷静になれた。頭に上っていた血を意識的に下げて、怒り狂う陛下を静かに見つめた。
都合の悪いことには目を瞑り、綺麗なことにだけ目を向ける。図星をさされると癇癪を起す。まるで子供ね。
「陛下は一人で何人の敵を滅ぼせますか?竜人は獣人の中で最強と言われています。あなたの腕力や脚力を持ってすれば、あなたにとってほんの些細なことでも私たち人はひとたまりもないでしょうね。なら、あなたと同じ竜人があなたの敵として現れたらあなたは一人で何人殺せますか?」
質問の意図が分からないのか、少しだけ落ち着いた陛下はソファーに座りなおして私を睨みつける。
「一人ですか?二人ですか?それとも十人ですか?なら、それ以上の数があなたを殺そうとやって来た場合、あなた一人で対処できますか?」
「できるわけないだろう」
即答だった。自分のさっきの言葉との矛盾に気づかないあたり彼には考える頭が本当にないようだ。まぁ、ジュンティーレ公爵がそういうふうに育て上げたんだろうけど。
それでも彼は疑問に思い、立ち止まることもできたのだ。自分が傀儡であるという自覚があるのなら尚更。
己を悲劇の主人公に見立てて、それに酔って、甘えて、何もしなかった彼に同じ王族として同情する気はない。
「私も同じです。だから近衛がいるのです。だから近衛は団体で敵に立ち向かうのです」
私の言わんとすることが分かったのか、陛下は気まずそうに視線を逸らす。
「あなたは、視線を逸らしてばかりね」
「?」
私の声が小さすぎて陛下には届かなかった。ただの独り言なので言い直すつもりはない。言っても意味などない。
「私は疲れたので休みます。フォンティーヌ、この件に関して調査をお願いします」
「畏まりました」
「待ってください。何でフォンティーヌなんですか」
「クルト、私はあなたに発言の許可を与えたつもりはありませんよ。あなたはいつから私より偉くなったのですか」
「っ。申し訳ありません。発言の許可を」
「発言を許可します」
「調査は近衛の役目。なぜ俺ではなくフォンティーヌにその任を与えるのですか?」
「簡単な話です。私が近衛を信じられないからです」
クルトは信じられないものを見る目で私を見る。自分の今までの態度のどこに信じられる要素があるのだろうか。
まさにお臍でお茶が湧かせるとはこのことね。
「今回の不始末は近衛の責任です。それに近衛の半数がジュンティーレ公爵の縁故。もみ消されるかおざなりの調査をされておわりでしょうね」
「まるでジュンティーレ公爵がこの件に絡んでいるような言い分だな」
陛下の言葉には本当に呆れるばかりだ。己を傀儡としている人間を信じられるなど私には到底真似できない。
「誰が犯人か私には分かりません。不用意な発言をするつもりもありません。ただ、あなたの味方が必ずしも私の味方ではないことだけは確かでしょうね。それでは失礼します」
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