第30話

「ここまで来れば大丈夫だろう」

何とか男たちを撒いて、私と私を助けてくれた不審な男は誰もいない小屋に身を寄せた。

一息ついたところで私は男を見る。

フードを目深に被っている為に顔は見えないがチラチラと見える肌色が他国の人間であることを示している。

褐色の肌にまさかという思いが過ぎったがそれは有り得ないと浮かんだ考えを即座に否定した。

「危ない所を助けていただき、ありがとうございました」

相手が何者であろうとその事実に変わりはないので私は頭を下げてお礼を言った。

私がそんな行動に出るとは思わなかったのかまじまじと私を見る男の視線を感じた。

すっと伸ばされた手が私の頬についた血を拭ってくれる。

褐色の肌だから何となく暖かい手をイメージしていたけど男の手は運動して火照った体には気持ちが良いぐらい冷たかった。

顔を上げて男を見るとフードの隙間から黒い髪と金色の目が見えた。

「勇ましい姫だな。武道の心得があるのか?」

『姫』という言葉にどう反応していいか分からない。

恩人とは言え彼が私の味方ではない以上、身分は隠し通した方がいいはずだ。

私の心情を読み取ったかのように男は喉を鳴らして笑った。

「そう警戒するな。何も取って食いはしない。テレイシアの王女よ。愚かな王に従うのはなかなか骨が折れるだろう」

この人は私の正体を知ってる。

私は覚悟を決めて、男を見据えた。

「私はカルディア王国王妃、エレミヤ。改めてお礼を申し上げます。助けていただきありがとうございました」

「偶然だ。気にするな。訳あって名前と身分は伏せさせてもらう」

横柄な言い方だが様になっている。

立ち姿も美しい。多分人の上に立つ教育を受けたことのある人なのだろう。

息をするように人を従わせてしまうカリスマ性が彼から滲み出ていた。

「お前の護衛は?」

「私がいないことには気づいているはずなので、捜索はかかっていると思います」

シュヴァリエたちが気づいて動いてくれると思う。それに指示はフォンティーヌが出すだろうし。

ここで陛下が動くと言えないあたりが何とも情けないが。

「随分とノロマな従者を持っているようだな」

王妃の護衛はシュヴァリエ一人だけ。二十四時間体制での護衛は無理だし、男性である以上護衛の場は限られている。

ノルンは女性で魔族だから護衛としては役に立つかもしれないけどあくまで侍女。

護衛の経験もなければ修羅場の経験もない。一般人なのだ。できて多少の時間稼ぎぐらいだろう。

もちろん、目の前の男がこのことを知っている訳もなく。

私の従者を無能と断罪するのは致し方ないのかもしれない。ただ、気に入らないが。

「こちらにも事情というものがあります。何も知らないのに勝手なことを言わないでいただきたい」

きっと彼を睨みつけると、男は面白いものを見つけた子供のような顔をした。

フードに隠れているのではっきりとは見えなかったけど。

「なかなか気の強い女だ。お前、俺と一緒に来い」

・・・・・・は?

「ふ、ふざけないでください!私はこの国の王妃です!」

男は逃がさないと言わんばかりに私の手首を捕らえる。

「誰も必要としてはいないだろ」

「っ」

分かっているけど、そんなはっきりと言わなくても。

これでも年頃の女の子なのだ。

愛のない政略結婚だと分かっていても多少の夢は見る。誰だって不幸になりたいとは思わないし、不幸になると思いながら道を選択しているわけではないのだ。

「あなたには関係のないことです」

「殿下っ!」

男が何かを言いかけた時、小屋の外から切羽詰まったようなシュヴァリエの声が聞こえた。

男は無言で私に部屋から出るように指示した。

男とはここでお別れだ。

私は軽く頭を下げて小屋を出た。ドアが閉まる際「またな」と男は言った。

まるで再会を約束するような言葉に問いかけようとしたが、答えを拒否するように既にドアは閉められていた。

「殿下っ!」

私を見つけたシュヴァリエが駆け寄ってきた。彼はざっと私に怪我がないことを確認した。どこにも怪我がないのを確認するとほっと胸をなでおろした。

「ご無事で何よりです。申し訳ありません。殿下の護衛でありながらお守りできず」

「あなたのせいではないわ。私の不注意が原因よ。気にしないで。それより早く戻りましょう」

「・・・・・・はい」

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