第15話
ばんっ
ノックもなしに勢いよく自室のドアが開く。
すぐさまシュヴァリエが私を守るように陛下の前に出る。
「どけ」
シュヴァリエが視線で「どうしますか?」と問うてくるので私は彼に下がるように指示を出した。
それにしても単純な男だ。彼を出したければユミルにちょっかいを出せばいいなんて楽な相手と喜ぶべきかしら。ただ、言葉が通じないから厄介なのよね。
「言ったはずだ。ユミルを虐めるなと」
「虐めた覚えはありません」
どんっ
陛下がテーブルを殴った。ぎろりと睨みつけてくるけど、全く怖くはない。お姉様の方が比べ物にならないぐらい怖い。
お姉様に視線を向けられただけで心臓が止まった人間がいるなんて噂が出回るぐらい迫力のある人なのだ。女王とはそれぐらいの迫力がなければ貴族を統制することなんてできない。
「嘘をつくなっ!」
彼にとっての正義はユミル。ユミルが言ったことが全てなのだ。
ガキ。
私は心の中で毒づく。荒れ狂う心を鎮めるために紅茶を一口飲む。
すーっとミントの爽快感が喉を通り、全身を巡って沸騰していた私の血液を穏やかにしてくれる。
これで少しは冷静に対応ができる。
「陛下」
お姉様を真似て低く唸るような声を出すと陛下はたじろぐ。大事に、宝物を宝箱に仕舞うように育てられたのだろう。だから彼は王家の長子でありながら少しのことで動揺するのだ。
王族なら多くの一癖も二癖もある人間に揉まれて成長する。感情の殺し方も彼らから学ぶのだ。
でも、陛下は子供がそのまま大人になったような人。普通なら貴族に食い潰されている。
「やっていないことをやったと証明することは私にはできません。それと、あなたはそろそろ思い出すべきだと思います」
私の言葉に陛下は怪訝な顔をする。
「俺がいったい何を忘れていると言うんだ?」
彼の言葉には皮肉気な笑みが漏れてしまった。
「私がテレイシアの元王女ということです。レアメタルの輸出を止めさせてもよろしいのですよ」
「何だと!そんな我儘が通ると本気で思っているのか!」
レアメタルとはテレイシアで産出される鉱石であり、武器の元になるものだ。
輸出を制限されればまともな武器が手に入れることが難しくなる。
「通りますよ。私のここでの境遇を訴えれば」
自国の王女が嫁いで冷遇されている。それを許せば大国テレイシアの権威が揺らぐ。お姉様がそんなことを許すはずがない。
「友好国の関係にひびを入れるつもりか」
「それをなさろうとしているのはあなたの方でしょう。ここまで冷遇されてひびの入らない関係なんてありませんわ」
「冷遇なんかしてないだろう」
「後宮に入れない王妃がいますか?侍女にも護衛にも苦労する王妃が居ますか?」
「殿下、陛下にとって大切な番様にそれらを割くのは当然のことです。陛下には番様がおられます。それでも番様ではなくあなたを王妃に添えました。それのどこが冷遇だと言えるのですか?」
侮蔑を込めた眼差しでクルトが私を見る。
隣にいたフォンティーヌがクルトを殴ったのが視界の隅に映った。クルトは文句を言おうとフォンティーヌを見るが、彼の絶対零度の顔に怯える犬の幻影が見えた。
「クルト・ワイル・グリーンバーグ。誰が発言の許可を許しましたか?私の前に立つのなら最低限の礼儀ぐらい身につけなさい。それと現状を認識できないのなら発言はしないことね。自らを貶めるだけだわ。私としても不快にしかならないし。口を閉ざすことがお互いの為よ」
私は馬鹿な彼らに分からせるように彼らを見据える。お姉様を思い出しながら人を従える王者の風格とはこういうものかしらね。
「もう一度言います。忘れているのなら思い出してその身と心に、魂に刻みつけてください。私はカルディアス王国の友好国であるテレイシアの元王女です。あなた方に見下されることもユミルよりも格下に扱われることもあってはならないのよ。私に何かあればテレイシアが黙っていないわ。それを理解したうえで行動なさい」
私はそれで終わりだと私は彼らを追い出した。
追い出す前に侍女ヘルマを解雇する旨を陛下には報告した。文句を言うとした陛下をフォンティーヌが遮った。
「ここは後宮ではありませんが、本来なら後宮の使用人の任命権は王妃様にあります。ヘルマを解雇することを殿下が決めたのならっこちらが否を言うべきことではありません」
彼の言葉に陛下は渋々ながら従った。ただ帰り際に「自分から切ったんだ。人手不足になってもお前のせいだからな」と言っていた。
任命権は私にあるのだから私が自分で選ぶ旨は忘れずに伝えて置いた。
やることはまだまだあるが、これで少しは大人しくなるだろう。
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