第2話 シチューは真心込めて
クッソみたいな父親だけど、一応恩はあるのだ。ヤツの金で大学に通わせてもらっている以上、無下にするわけにもいかない。とりあえず、週一の合コンくらいは許さなきゃいけないのだろう。
ヤツにとっての妻、つまり私にとっての母親との別居の敬意がまずかった。別居理由は不倫――やったのは母親の方である。どう考えても父親だろうと思われたかもしれないが、父親が色恋に精を出し始めたのは母さんが出ていってからだ。
一応言っておくが、父親は至って真面目なサラリーマンである。こう見えて、糊の効いたスーツ着こなして営業をやっている。小さい頃には挨拶の仕方に何度もダメだしされる程度には、礼儀作法にも厳しかった。
いや、今も厳しいのだが、どうも調子が狂う。いい年のオッサンが鼻唄を歌っているのを背中に感じながら玉ねぎを切ると涙が出る。決して将来を悲観したわけではない。
我が家のシチューは大きく切った具材をコトコト煮込むのが伝統だ。ホクホクのジャガイモを頬張るのがなんともたまらないと、父親が大切りじゃないと不機嫌になる。市販のルーを使っているのに、シチューには家庭の味が出るのが面白い。
玉ねぎも、ザクザクと八等分にすればいい。ハンバーグを作るわけではないのだから、涙流してまでみじん切りにする必要はないのだ。
切り終わった野菜を鍋にいれる。すでに油をひいて熱してある。肉もサイコロ状に切ってありそれも投入だ。
我が家では、シチューやカレーはご馳走で、いつも分厚いお肉を使うのだ。ジューと香ばしい音がして肉が焼けていく。父曰く、ちょっと焦げ目がついているのが好みらしく、手早く野菜を炒めながら隙を見て肉を鍋の底に押し付ける。うん、悪くない。
「ふんふんふんふんふ〜ん♪」
音程という概念のないヤツの鼻唄で集中が途切れる。集中しろ、私。シチュー道は生半可なことでは成し遂げられぬのだ。
……とはいえ、なんか嫌な予感がする。
「………………………は?」
火をとめリビングに行ってみれば、私のバレーボール地区大会優勝の写真立てから、写真だけが抜き取られており……
「それ、止めたげなよ…………」
クッソ悪い解像度の、携帯で撮ったのを無理矢理拡大したような、父の彼女(仮)の写真がいれられていた。
「解せぬ」
「解せぬじゃねーよ。どうせなら綺麗な写真で……ってそもそも無許可で私の写真取ってんじゃねー!!!!」
危なかった。グツグツに煮えた味噌汁頭からぶっかける所だった。作り忘れていた私に感謝しろ。
シチュー作りは苦難続きだ。
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