元帥の不在
パトリア王国のゴーレムコマンダーが契約ノームを友達にしても、サントル帝国が真似をしなければ友達作戦は失敗か?
肥満体のドムス宮内大臣が発したその質問は、想定されていた。よどみなくプルデンス参謀長が答える。
「帝国が真似をするまで作戦は継続します。友達ノームが操作するゴーレムが増えるほど我が軍は強化されるのですから、やらない理由がありません」
突然、思い出したように手を叩いた。
「ああ、精霊士学園にお願いがありました。現在の精霊契約を中心とした教育方針を、精霊と友達になることを基本に変更していただきたい。軍は精霊を友達とするコマンダーを求めていますので」
精霊士学園は王立なので、王の財産を管理する宮内相の所管である。まだ質問したかったのに、ドムスは答える側にされてしまった。
「えー、学園の上部組織である王宮精霊室の長が、いつ復帰するか分からぬ現状では、当分は無理でしょう」
するとフローレンティーナ女王が発言した。
「代行を置いて速やかに対応してください」
「け、決定ですか!?」
目を点にする宮内相に、女王は「決定です」と告げる。
「しかし、事は重大です。精霊を友達にするなど前例が――」
フローレンティーナは、ルークスの左肩に乗っている
「精霊使いでなくとも精霊と友達になれるのです。すでに学園では、数十名が精霊を友達にしていると聞きましたが、問題が起きたとの報告は受けておりません」
女王の後を受け、プルデンス参謀長は淡々と説明を続ける。
「軍は創立二十年、まだ若い組織です。精霊を友達にしたルークス卿が空前の活躍をしたのですから、これを前例にしない手はありますまい」
「しかし、軍が精霊を友達にするとなれば、神殿が良い顔をしないでしょうな」
王都の大神殿に根回しをしよう、と文官たちは考えた。しかしその懸念も想定されていた。
「昨日大神殿にうかがいましたところ『問題ない』との回答をいただきました」
しれっと言ってのける参謀長に、文官たちは絶句した。
「……か、勝手にそのようなことを」
声を震わせる宮内相に、参謀長は首をかしげる。
「軍の方針が神の摂理に背かないか、教えを乞うた事に何か問題でも?」
「国の有り様を変えてしまうのだぞ!」
これに参謀長は、のけ反るように驚いてみせた。
「軍の人事採用がそれほど影響を及ぼすとは、浅学故に知りませんでした」
殊勝な物言いに、宮内相らは一瞬気を緩めた。しかし軍代表には続きがあった。
「ですがご安心ください。よしんば国の有り様が変わるとしても、国土と国民の半分を失った九年前に比べたら、変化の度合いは少ないはずです」
この煽りに、文官たちはギリギリと歯ぎしりした。
怒りの感情で文官たちの思考力を奪うのも、軍の作戦である。
窮した宮内相は、手続きを問題視した。
「宰相もいない場で決められる話ではない。この問題は後日に改めて――」
「代理を寄越して欠席されたのは、ネゴティース宰相閣下の判断ですので」
「こんな重要な案件とは、知らされていなかった!!」
「イノリに続く新型ゴーレムが重要ではない、と? 外交で非常に強力なカードとなるはずですが、重要とはお考えになられなかった、と?」
そこで初めて気付いたように驚いた表情をする。
「そう言えば、外務相も代理の方ですね。これは弱りました。文官の重鎮であるお歴々が『軍備増強を重要とお考えになられていない』とは」
「戦争しか頭にない武官に、政治が分かるはずがない!!」
「戦争も政治の一形態ですが? 何しろ軍は、文官の尻拭いが仕事みたいなものですので」
「無礼な! 第一、軍の最高指揮官であるナルム子爵も欠席しているではないか!」
「軍では検討が終わっており、陛下への奏上は参謀長である小官に一任されました。何よりヴェトス元帥は現在、重要な任務でフェルームに向かっております」
「任務? 御前会議よりも重要なのか?」
仲間のことを棚に上げた宮内相に、参謀長はにこやかに告げる。
「本当の極秘会議はフェルーム駐屯地で行われる、と間諜に誤認させる任務です」
文官の多くが、さっと青ざめた。
その様子を見渡しながら、笑みをたたえて参謀長は続ける。
「この場を欠席された方々が、フェルームの町に集まっていたら見物ですね」
「味方を騙したのか!?」
ドムス宮内相がいきり立つが、プルデンス参謀長は肩をすくめて首を振った。
「主催である王宮工房からは、会議場所がここと案内されましたが? 軍は場をお借りしただけで。さて、誰が誰に騙されたのですか?」
「ヴェトス元帥はフェルームに行ったではないか!?」
「司令官による部隊視察は、軍の通常業務ですが何か? 本会議の軍代表は小官で、運用部隊の指揮官を伴っておりますので、何も問題ありません」
まんまと出し抜かれた宮内相は収まらない。
「軍が統制できない精霊など、危険ではないか!」
延々と続く難癖に、ルークスの忍耐が切れた。肥満した大臣に食ってかかる。
「誰にとっての危険ですか?」
虚を衝かれ、一瞬たじろいだドムス宮内相だが、すぐに立ち直る。
発案者のルークスに失言させれば、このバカげた作戦を阻止できると考えたのだ。
「それは当然、君の主君でもあるフローレンティーナ様だ」
そして文官たちは、ルークスの発言を手ぐすね引いて待ち構えた。
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