死の使い来たる

 ルークスは困惑した。


 帝国軍本隊が北上するのは予想どおり。

 武装流民の発生を防ぐため「速やかに帰国させる」ようリスティア王国から要望され、随伴ずいはんのゴーレムも見逃すことになっている。

 だのにゴーレムの大半が本隊と別れて南下しはじめてしまった。


 本隊を逃がすおとりになったことは分かる――余計なことだが。

 表向きの命令が「パトリア攻略」なのは、確実にイノリを引き寄せるためだろうと理解もできる。

 あえてシルフに情報を聞かせるあたりは、誉めてやりたい。

 彼が困惑したのは「作戦は師団長とグラン・ノーム使いの二人で行う」点だ。

 確かに二人なら、ゴーレム車一台分の食料で王都アクセムまで保つだろう。

 だが――

「ゴーレム車さえ押えてしまえば、即勝利じゃないか」

 ゴーレムを一基ずつ破壊する手間が省けるどころか、丸々いただけるのだ。


 あまりに好都合なので気味が悪い。


「まあいいや。早く片付けて帰ろう」

 昨夜のトラブルが尾を引いて、ルークスの思考力は低下していた。

 精霊たちも疲れた主に「接敵まで水繭内で眠る」よう勧め、イノリが出発してほどなくルークスは眠りについた。

 極力水繭が揺れないよう、イノリは小走りで南へ向かう。

 その速度は、土中を進むノームより遅かった。

 それが極めて重大な意味を持つことを、その時点では帝国軍のグラン・ノーム使いでさえ気付かなかった。

 

 ゴーレム師団を事実上率いている少年シノシュは、自ゴーレムを失ったノーム多数を道中の土中に配置しながら進む。

 敵新型ゴーレムが伴うゴーレム車なり騎馬なりを捕らえるために。

 敵コマンダーの捕捉、それがシノシュが考えた作戦であった。

 これまで戦場は敵が選んできた。

 機動力で遥かに勝る新型ゴーレムには、軽量型ゴーレムでさえ追いつけない。

 砂塵で視界を閉ざされた戦場で、敵は縦横無尽に暴れ回った。

 そうできたのは帝国軍が「敵が待ち構えている場所に攻め入った」からである。

 敵コマンダーは身を隠して指示できたのだ。


 だがケンタウロスが倒されたとき、シノシュは気付いた。

 あのときは強風が吹き荒れ砂塵が視界を妨げていた。

 コマンダーが陣地あるいはその近辺にいたら、四足型との戦闘は見えなかったはず。

 だのに敵はケンタウロスの背中に飛び乗ったり飛び降りたり、唯一鎧がない腹部を突き上げるなど、ノームの自律行動ではありえない動きをした。

 コマンダーが逐一指示をしなければ不可能な、想定外の動きを。

 となれば「近くまで来ていた」以外に考えられない。

 防衛時は隠れていても、攻勢時は近くまで移動せざるを得ないのだ。

 だから少年は南進する。

 敵が待ち構えていない場所を戦場にするために。


 新型ゴーレムと一緒に移動しなければならないコマンダーを捕まえるために。


 だがもし敵がこちらの狙いに気付いて、本隊を攻撃されたら非常に困る。

 本隊が降伏したら当然、こちらにも戦闘中止命令が出されてしまう。

 ゆえに人員を「二人」にした。

 命令を受ける通信員がいなければ、本隊からの命令は届かない。

 たとえシルフを寄越そうと「パトリアだと思った」で済む。

「巻き添えを最小限にする」は建前で「司令部からの命令を無視する」ための二人行である。

 少年は知謀の限りを尽くして、家族を守る策を講じたのだ。

 ついでに師団長の戦死策も。


 待ちかねたノームがシノシュの元に戻ったのは、昼近くだった。

「敵新型ゴーレムが、こっちに向かってくる」

 時間的に本隊へ寄り道はせず、まっすぐこちらに向かってきたようだ。

 ノームが先に来たのは予想外だった。新型ゴーレムは移動時はそれほど速度を出さないらしい。

(とにかく、これで名誉の戦死ができる)

 家族を守るという目的を果たしてくれる死の使いを、少年は歓迎した。

 向かいでアロガン師団長がむくれていても気にならない。

 だが喜んでばかりはいられなかった。

 道中に配置したノームが順々に戻ってくるのだが、誰もゴーレム車や馬を見ていないのだ。

(ノームの自律行動に任せたのか?)

 真相は不明だが決断せねばならない。

 シノシュはコマンダーの捕捉を諦め、新型ゴーレム撃破へと作戦の主軸を移す。

 同じ戦死でも、功績をあげるほど遺族が優遇されるので、彼は手を抜かなかった。


「この先の荒れ地で敵が待ち構えている」

 とシルフが報告したので、グラン・シルフは主を起こした。

「やれやれ、今回は敵が待ち伏せる番か」

 だがルークスは心配しなかった。

 シルフが「誰もゴーレム車から降りていない」のを確認しているからだ。

「これでゴーレム車を押えれば勝てるね」

 ゴーレムを破壊せずに勝てるなら、これほど嬉しいことはない。

 敵にしても、シルフに害されずに囮でい続けるには車内に立てこもるしかろう。

 ルークスはイノリの速度を上げさせた。

「主様、敵はゴーレム車を二重に囲んでいる模様です」

「指揮官とグラン・ノーム使いを餌にして、イノリを罠にかける気だね。周囲に落とし穴くらいあるだろうさ」

 だが敵はイノリのジャンプ力を知るまい。

「インスピラティオーネ、シルフたちに追い風を吹かさせて。思い切り」

 敵の視界を奪うと同時に、イノリの速度と飛距離を上げるのが狙いだ。

 加速して到達した荒れ地、敵ゴーレムは二重の円陣になっているようだ。中心部が小高い丘で、頂上にゴーレム車があった。

 見つけてくれと言わんばかりに。

「奥のゴーレムが遊軍になっているじゃないか」

 回りこまれることを警戒したのだろう。

 罠だと承知のうえで、イノリは敵陣に切りこんだ。

 敵ゴーレムが反応したときすでに外側のゴーレム間をすり抜けていた。

 戦槌を振り上げたときは、内側の陣を突破するところだ。


 そして跳躍。


 追い風が飛距離を伸ばし、イノリはゴーレム車直近に着地。

 しゃがみこんで勢いを殺し、右手で屋根を押える。

「勝った!」

 その瞬間までルークスは失念していた。

 亡き父ドゥークスがゴーレムの集団運用を披露するまで、対ゴーレム戦でグラン・ノームが果たしていた役割を。

 イノリがバランスを崩した。

 浮遊感がルークスを襲う。

「ルールー、地面の下は空っぽです!」

 ノンノンが悲鳴をあげる。

 地面が細切れとなって暗闇に落ちてゆく。

 丘に見えたのは、地下に大空間を確保した分押し上げられた表土だったのだ。


 十年前までのグラン・ノームによるゴーレム対抗策は、地形変更である。


 ゴーレム車もろともイノリは大穴に飲み込まれた。

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