死刑判決

 サントル帝国征北軍司令部テントの前で、指揮官のホウト元帥は卒倒しかけた。

 切り札だった四足型ゴーレムが「敵新型ゴーレムに破壊された」と聞かされて。

 作戦の主目的が、達成不可能となったに等しい痛手である。


 皇帝陛下の勅命ちょくめいに失敗したでは、一級市民といえどただでは済むまい。

 引退後の悠々自適生活の夢がついえたどころか、辺境に流されかねない。

 だがそこは腐っても帝国市民、責任逃れは本分のようなもの。

 すぐさま格好の押しつけ先を見いだした。


 第三ゴーレム師団「蹂躙じゅうりん」師団長、アロガン将軍は征北軍司令部に出頭した。

 部下の不始末を詫びねばならないため、非常に不機嫌である。

 一応、元帥の前では巨体を縮こまらせたものの、敗戦報告はすぐ部下に対する誹謗ひぼうとなった。

「まったく、あのような無能が割り当てられたとは、災難でしたな」

「その無能が失態を犯したとき、師団長である貴殿はどこで何をしていたのかな、アロガン将軍?」

 元帥の問いかけに、将軍は戸惑った。

「当陣地の守りを固めておりましたが、ご存じのはずでは?」

「貴殿は本派兵の目的を、覚えているかね?」

「無論です。パトリア王国の新型ゴーレムと、そのコマンダーの拿捕だほ、もしくは破壊です」

「で、その任に当たっていたのは本隊と分遣隊、どちらかは分かるな?」

「――分遣隊でした。しかし、奴らは失敗してしまいました」

「失敗した。そう失敗したのだ。それは、とてもとても悲しいことだ」

「まったく、はらわたが煮えくり返っております」

「恐れ多くも、ディテター五世皇帝陛下の勅命実行であったのに、だ」

「――はい」

「儂はケンタウロスをもって敵新型ゴーレム並びにコマンダーの撃滅を、第三ゴーレム師団蹂躙に命じたな、他ならぬ貴殿に」

「……はい」

「それを部下に――貴殿の弁を借りれば部下に丸投げし、貴殿は動かずおったと?」

 ここに至って愚鈍なアロガン将軍も悟った。

 征北軍首脳陣が「作戦失敗の責任を自分に押しつける」つもりだと。

「いや、それは! 二個大隊程度の指揮など尉官が通例、せいぜい佐官です。将軍が指揮するなど、前例がございません!」

「新兵器の運用に前例などない! 貴殿は勅命達成のために自ら指揮をせず、前例にならい部下に任せ、結果失敗した。皇帝陛下のために完璧な処置をした、などとはとても言えまい」

 アロガンは汗まみれになり、必死に脳と目玉を動かした。

 だが歴戦の元帥に隙はなく、司令部付きの政治将校に意見を求める。

「実に嘆かわしい。偉大なる皇帝陛下が将軍職に抜擢ばってきされた御恩を、怠慢という形で返すとは。実に、反革新的ですな」

 征北軍派遣主幹であるコレル政佐の言葉は、軍法会議の判決に等しい。

 有罪確定である。

 愕然とするアロガン将軍に立ち直る暇を与えず、ホウト元帥は命じた。

「征北軍は明朝、本国への帰還の途につく。第三ゴーレム師団蹂躙には、その支援を命じる。敵新型ゴーレムを撃破すれば良し、最低限足止めはしろ。今度は部下に任せず、貴殿自ら指揮するように」

 反論も抗弁もできようもなく、戦慄わななきながら将軍は拝命するしかなかった。


 あまりの衝撃に呆然となったまま、アロガン将軍は師団本部に戻った。

 下馬しようとして落ちかけ、当番兵に担がれて下りた。

 出迎える幕僚ばくりょうは皆無で、グラン・ノームを従えた大衆少年しかいない。

「他はどうした?」

「は。先ほど戻られたジュンマン副官殿が『師団長閣下をお迎えに行く』と、全将校を連れて行かれました」

 行き違えたか、と将軍が思ったのは一瞬だった。

 全将校どころか、迎えが来るなど過去に一度もなかった。

 そもそも自分と同道した副官が先に戻るのも異例だ。

 あまりにも有罪判決がショックだったので、その異例を見過ごしていた。

「逃げおったな!!」

 アロガン将軍は怒髪天をく勢いで怒鳴った。

「裏切り者どもめ! 敵前逃亡罪で斬首ざんしゅ刑にしてやる!!」

 息巻く指揮官を見ているのは、下士官以下の大衆だけだ。

 政治将校の姿もないのに、将軍は気付いた。

 尉官でしかない副官に、佐官の連隊長らが従う理由はない。

 ましてや政治将校は、敵前逃亡者を処罰するのが仕事だ。

 となれば答えは一つ。

 征北軍司令部の指示で市民たちは避難したのだ。

 元帥が自分を生きて帰す気がないと知り、将軍の心臓が止まりかけた。

 撃滅にせよ足止めにせよ「どうすれば敵新型ゴーレムに対抗できるか」アロガンには皆目見当が付かない。

 参謀も部下もおらず、指揮系統も失っては戦いようもなかった。

 視線を巡らせ、自分を見つめる大衆少年に目を留めた。


 こいつなら、ゴーレムについて知っているはず。


 アロガン将軍は師団長付の精霊士に命じる。

「征北軍は本国に帰投する。我が師団はそれを支援する。具体的には、敵新型ゴーレムの撃滅、最低でも足止めだ。その為の作戦を言ってみろ」

 これにはシノシュも仰天した。

 感情を抑制することに努めてきたが、先ほどの決壊で少年の心は無防備になっている。

 しかも恐れ多くも師団長閣下が、大衆ごときに作戦提示を求めてくるなんて、夢想だにしていなかったので反応できなかった。

「どうした、答えろ! 命令が聞こえなかったか!?」

「し、失礼いたしました! しかし、大衆でしかない自分には、師団長閣下のご期待に応えるほどの、知識がございません」

「言い訳など聞いておらん! 新型ゴーレムを仕留める作戦を立てろ! 明朝の本隊出発までだ!!」

 怒鳴りつけると師団長は自分の天幕に入ってしまった。

 付近にいた精霊士たちが、巻き添えを恐れてシノシュから離れてゆく。

 それまで少年の後ろで黙っていた土の大精霊が話しかけた。

「どこまで無責任なのか。シノシュ、お前は自分の安全だけ考えるのだな」

 どうにか驚愕から立ち直ったシノシュは、状況を整理しはじめる。


 本隊帰還の支援――師団は殿軍しんがりというわけか。

 だが作戦行動に必要な幕僚も部隊指揮官も取り上げられた。

 それどころか政治将校まで。

 第三ゴーレム師団は既に機能停止状態だ。

 これはもう、元帥はアロガン将軍を切り捨てたとしか考えられない。

(つまり敗戦の責任者として、将軍を部隊もろとも葬る気なのだな)


 師団はゴーレムの七割近くを失っているが、人的被害は極めて少なかった。

 師団長が戦死したのに、部下のほとんどが生きていることは許されないらしい。

 市民だけは助け、大衆は殉死じゅんしさせられるのだ。

「くふふ……」

 少年の顔に、久しく忘れていた表情が浮かんだ。

「あはははは、はーははははは」

 シノシュは笑いだす。

 腹を抱えて笑うなど、およそ二年ぶりのことだった。

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