虚言男
南へ向かうサントル帝国の騎兵小隊は、前方から来るゴーレム車を怪しんだ。
リスティアの大王都の南、本隊との間に敵が防御陣を敷いている道である。
味方であるはずがないが、一台しかいないので敵とも思えない。
御者台の男はやたら図体がでかく、黒地に黄色い縁取りの派手な服。間違っても帝国軍人ではないし、リスティアやマルヴァドの軍装とも違う。
しかもゴーレムや車はサントル製に見える。
怪しいことこの上ない。
小隊長は二騎を先行させ、ゴーレム車を止めた。
「パトリア軍に雇われた傭兵だ、と言っています!」
「違いますって! 雇われていた、って過去形なんですって!!」
部下の声をかき消し、御者台の巨漢が銅鑼声をあげる。
遠いと意思疎通が面倒なので、小隊長はゴーレム車に隊を寄せた。
脇道ごとに少数を割いてきたが、まだ三十以上の部下がいるので心配ない。
その間に部下は車内をあらため、無人であると報告した。サントル帝国の国章が車体から削り取られていたことと合わせて。
「過去形なのはパトリア軍から逃げだしたから」と言う傭兵を、小隊長は嘲笑した。
「これだから、金で動く人間は信じるに値せぬのだ」
傲然と言い放つ指揮官に、傭兵はへつらい顔を見せる。
「そりゃ見解の相違って奴ですぜ。皆さんが革新の理念で動いているように、俺たちゃ経済の理念で動いているんでさ」
「逃げだしたら金にならないだろうが?」
「死んだらそこで経済活動は終了ですぜ。たとえ
「貴様は武功ではなく弁舌の方が稼げそうだな」
これには巨漢も困り顔となり、部下たちがどっと笑った。
「それで、貴様は今までどこにいたのだ?」
「ええ、この道の南にある、リスティア軍との協同陣地でさ」
傭兵の答えに騎兵たちは興奮した。
「ならば知っているはずだ! その陣地に、新型ゴーレムはあったのか!?」
「新型? ああ、あの普通より細身のゴーレムですか? あんなの見るの、俺も初めてでして。いやあ、どんどん進歩しますねえ」
「貴様の感想なんか聞いておらん! 陣地に新型ゴーレムがあったのだな!?」
「ええ、ありましたよ。何体も」
小隊長は息を飲んだ。
「――パトリア軍は、あれを量産していたのか……」
すると傭兵は首を振った。
「そいつは違いますぜ、旦那」
「だが、何体もあったのだろう?」
「連中は帝国軍のゴーレムをいただいただけですよ。国章は消しても、赤土のゴーレムがサントル製だってことは常識でさ」
「それは我が軍の軽量型だ!!」
「ええ。帝国の新型ゴーレムですよね? パトリア軍は便利に使ってましたぜ」
「それではない! パトリア軍の新型だっ! 何でも、女の形だそうだが」
「ああ、そっちですかい? パトリア軍は別の呼び方してたんで、誤解しやした」
「それで、陣地にあったのか、なかったのか?」
「あのー確認ですが、万一ご期待に反する答えだったとしても、恨まないでくださいますか?」
「さっさと答えんか!!」
傭兵は天を仰いで、大きく息を吸った。
「ええ、ありました」
隊長は破顔し、後方に控える部下に命令した。
「司令部に伝書鳩を飛ばせ!」
連絡兵は鞍に下げた箱から鳩を取りだす。
騎兵たちの視線が鳩に注がれた一瞬の隙――
――傭兵は客室に突っ込んでいた大剣の柄を握った。
ゴーレム車の御者台に立ち剣を引き抜きざま右から振り上げ、左に切り下ろす。
斬撃音に小隊長が振り向くと、ゴーレム車の左右にいた騎兵が二名、血飛沫を上げていた。
下手人は部下を鞍から蹴り落とし、まんまと馬を奪う。
「貴様!!」
こめかみに血管を浮かせる小隊長に、傭兵はうそぶいた。
「重要情報の値段は高いぜ。てめえらの命で払いやがれ!」
巨漢は馬の横腹を鐙で蹴りつけた。
いななき駆けだす馬上で傭兵が大剣を一閃、部下の首が高々と飛んだ。
小隊長はその場で馬の首を巡らせ一目散に逃げる。
後ろで部下たちの悲鳴が聞こえたが、無視を決めこんだ。
不意打ちから立ち直った騎兵が数名、背から
弩は矢を番えたまま持ち運べるので、即座に放った。
傭兵は大剣を寝かせ、幅広の剣身を盾にして矢を弾く。
帝国騎兵の弩は、弦を引くのに足を使わねばならない。
二の矢を放てない騎兵とすれ違う際、傭兵は剣身で殴り落とした。
小隊長は馬を疾走させながら、必死に頭を巡らせた。
(あの図体では、すぐに馬が疲れるだろう)
このまま道を走っていれば振り切れるはず。
そんな指揮官を部下が左から右から抜いてゆく。
と、右の背中に矢が刺さった。
声も上げられずに落ちる部下。
続いて左の部下も射落とされた。
(馬上で矢は装填できないはず!)
振り向いた小隊長は目を疑った。
巨漢は剣の柄尻を弦に引っかけて引いているのだ。
足を使って背筋で引かねばならぬ弦を、腕力だけで引ききった。
前を行く騎兵の無防備な背中に弩を向け、引き金を引く。
矢は無慈悲に部下に突き刺さり、鞍から落とした。
乗り手を失った馬を傭兵は引き寄せ、巨体を宙に舞わせた。
一瞬で馬を乗り換えたので、小隊長は目を剥きだした。
(これでは馬が疲れる前に、全員が射落とされてしまう!)
馬と同時に矢も補充できるのだから。
小隊長のすぐ後ろで、古株の部下が悲鳴をあげる。
「戦場の馬泥棒だ!」
その叫びが小隊長の記憶を呼び起こした。
噂を聞いたのは十年も前だ。
ゴーレム大戦の後も、サントル帝国は周辺国と小競り合いを繰り返していた。
そんな帝国軍の向かう先々に、巨漢の傭兵が現れる。
その傭兵は戦場の馬泥棒と呼ばれた。
耳にしたときは一笑に付したものだ。
サントル帝国は傭兵など使わない。
傭兵は常に敵である。
つまりその傭兵は、帝国軍の馬を盗んだことになる。
敵陣に乗り込んだのなら、馬よりも指揮官を狙うはず。
第一、どうやって犯人を特定したのか?
衆人環視で盗めば、即座に射殺される。
すぐ分かるデマだ、と彼は笑ったのだ。
だが十年越しに、その存在が証明されてしまった。
盗みは戦闘中、追撃戦で行われるのだ。
訓練した曲芸馬でも、乗り移りは難しい。
ましてや敵軍の、気の荒い軍馬だ。
だが巨漢に乗られた馬は、将官用の牝馬のように従っている。
傭兵の並み外れた体重と腕力、そして殺気に「本能が従属を命じている」のだ。
逃げ切れぬと悟った部下たちが、次々と道を外れる。
畑地に飛び込んだ途端に落馬、あるいは馬ごと転倒した。
路外を走れる馬術など、元より帝国軍騎兵は持ち合わせていない。
小隊長も荒れ地では早足が限度だ。
分かっていたが、彼は部下を止めなかった。
(部下が路上にいなくなれば、奴は乗り換える馬を失う)
そうなれば体重差で逃げ切れるはず。
二級市民の自分なら、逃げ帰っても処罰は免れるだろう。
(何しろ部下は全滅するのだ。不利な証言をする者はいない)
しかし彼は大きな見落としをしていた。
路上に他の騎兵がいなくなれば「的は自分だけになる」ということを。
突然、小隊長の呼吸が止まった。
全身から力が抜け、世界が傾いてゆく。
次に彼が見たのは曇り空と、今まで乗っていた空の鞍だった。
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