ルークスの休日
新兵器の極秘実験。
それがアルティの考えた「ルークスを休ませる口実」だった。
新兵器と共にリスティア王国に到着した翌日、イノリの両手に乗せられ二人は王都を出発する。
人里離れた山中でイノリを解体、久しぶりにルークスは親友たちと顔を合わせた。
フォルティスも来たがったが、アルティが断った。
建前は「イノリの片手には一人しか乗れない」だったが、本音は「家族団らんの邪魔」だから。
護衛がいなくても周囲はシルフが警戒しているので、近づく者は人間だろうと獣だろうと警告される。
精霊に囲まれている限り、ルークスは安全に思えた。
ノンノンを肩に乗せくつろぐルークスに、アルティは安堵した。
ただでさえルークスは自分の事に無頓着だ。それに何かに熱中したら最後、周囲どころか自分も見えなくなってしまう。
フォルティスは頑張ってはいたが、ルークスを学園でしか知らない。
考えてみれば屋敷の誰も、家での普段のルークスを知らなかった。
「我らがイノリにかかりきりで、主様の不調に気付かなんだは失態。アルティには世話をかけた」
風の大精霊が反省の弁を述べる。
「いいえ。家族の私が側にいなかったせいだから」
所有権を主張するアルティに、インスピラティオーネは微笑みかけた。
「して? 今後はどうすると?」
問われて少女は考える。
しかし考えるまでもなく答えは分かっていた。
ただ、口にするのが年頃の娘には
ルークスは我関せず、とリートレとおしゃべりしている。
そんな態度にアルティはいらついた。
「ねえルークス。あんた騎士になってから、かなり無理をしているわ」
「そうかな?」
「そうよ。昨日会ったときにビックリしたわ」
「そうなんだ」
「フォルティスも屋敷の誰も、普段のあんたを知らないからだわ。ちゃんと息抜きしなきゃ、身体壊しちゃう」
「そうだね。でも今度からパッセルが働くから」
「パッセルは自分の事で手一杯でしょ。お屋敷で働くのは、家の手伝いとは違うのよ?」
「あー、そうなのか」
危機感に欠けたルークスに、自発的行動を求めても無駄である。
分かっていたがアルティには我慢できなかった。
「こうなったら、私があんたを管理するわ!」
「え!?」
さしものルークスも目を丸くする。
「今後も屋敷にいるし、今回みたいに遠征するときは同行するから」
「そりゃダメだ! 危なすぎる!」
「その危ない所へ、家族に黙って来たのよ、あんたは!」
アルティはぐいぐいと顔を近づける。その分ルークスは顔を退く。
「し、仕方ないじゃないか。軍事機密だったんだ」
「今後は私が付いてゆく」
「でも」
「家族に心配させた挙げ句、自分の健康も管理できない人に文句を言う資格無し!」
頭を抱えるルークスの頬をノンノンが撫でた。
インスピラティオーネが引導を渡す。
「諦めなさい。主様がアルティに勝てるわけがありません」
リートレもアルティに同調、唯一不満を表わしたのはカリディータだった。
「あたしじゃ不足ってか?」
「あーら、ルークスちゃんの不調に気付かなかったんだから、カリディータちゃんも私たちの側よ?」
「ち!」
火精は水精が苦手であった。
親友たちと触れあい、ルークスは存分に羽を伸ばした。
所用でインスピラティオーネが離れても、ルークスの周囲はシルフが飛び交っている。
自分でも驚くくらい身体が弛緩していた。
騎士になってから緊張続きで気を抜く暇が無かったのだ。
それにアルティは気付いてくれた。
ルークスは自分の保護者でもある幼なじみを見やる。
「ありがとう、アルティ」
א
その頃インスピラティオーネは大空を疾駆していた。
南へ向かってほどなく、眼下に多数の人間が見えた。
数万の人間が歩いている。
帯状に広がる人間たちの中心に、背骨のようにゴーレムの列が盛り上がっていた。
五列縦隊で北に向かっている。
中央の一列が途中で途切れ、かなり後ろでまた続いていた。
途切れた合間にゴーレム車の列が挟まっている。
その上空に大精霊が達したとき、声が聞こえてきた。
「インスピラティオーネか。来ると思っていたぞ」
車列の上にグラン・シルフを見つけ、インスピラティオーネは上空で停止した。
「トービヨンか。また寄らせてもらったぞ」
対面するのは数十年ぶりだが、数千年もの年月を重ねてきたグラン・シルフにとっては「つい最近」の感覚である。
双方とも人間には見えず声も聞こえないが、互いの意思疎通に支障はない。
「インスピラティオーネ、貴様の勤勉ぶりには呆れ果てる。我が契約者が泣いておるぞ」
「ルークスやその家族の安全のためだ。ぬかりは無い」
「話には聞いていたが、何とも嘆かわしい様だ」
「ほう、貴様に嘆かれるとは心外だな」
「インスピラティオーネよ、そなたが知らぬはずあるまい。魂を得た精霊の末路を」
会話の開始から中断まで、人間の一呼吸に満たない時間しか経過していない。
平原を吹き渡る風の中でインスピラティオーネは平然と言った。
「幾度となく目にしてきた。魂を与えた人間が死ぬや、消えてしまう精霊をな」
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