逆転の策
ルークスの出撃志願に、フローレンティーナは息を詰まらせた。
決死の覚悟で来た、と悟ったのだ。
強風に髪を乱されたネゴティース宰相が怒鳴る。
「ルークス卿! このような無礼は許しませんぞ!!」
「私が許します」
フローレンティーナはピシャリと言った。
そして息を整え心を落ち着けてから、自分の騎士に顔を向け直す。
「いくら新型ゴーレムでも無謀が過ぎます。今は守りを固める時期です」
「でもそれでは――」
「帝国からの要求は拒否します。以後は軍の作戦に従ってください」
納得しないルークスに言葉を被せた。すると宰相が訂正を求める。
「議論の延期のはずでは?」
「無期限の延期を帝国は拒否と受け取るでしょうね。まさか待ってくれると?」
女王にたしなめられ、宰相は咳払いで誤魔化した。
外を吹き荒れる暴風は、フォルティスをバルコニーに上げてやっと収まった。
「主人の無礼、平にご容赦を」
少年従者は跪いて口上を述べる。
「祖国の命運がかかった状況ですので」
その間に不可視のままグラン・シルフは主の上に戻った。
その主ルークスは、テーブルに広げられた地図に見入っている。
「フォルティス、帝国軍の現在位置は?」
フォルティスはリスティア大王国の各所に積み木を置いた。ルークスが寝込んでいた間も、シルフからの連絡を記録し続けていたのだ。
先鋒が大王都、本隊は進軍中、占領部隊は北部地域に散開している。
ルークスは小さな積み木が迫る北部の軍港を指した。
「ここに上陸します。分散している帝国軍を各個撃破しつつ――」
積み木を倒しながら指を西へと移動させる。
「――補給部隊は、この主街道を通るでしょう。それを襲って――」
しゃべりながらルークスは頭の中で情報を取捨選択する。
「――ただ襲うだけじゃもったいない。奪いましょう。軍船を何隻か用意して、持ち帰ります。そうすれば我が軍の糧食に加え、冬の保存食も相当賄えるでしょう。何しろ七万人分ですから」
その発案にプルデンス参謀長は異を唱える。
「陽動は良策ですが、船で運べる兵数でその作戦は無理があります。補給部隊でもゴーレムはいるでしょうから」
「敵ゴーレムはイノリで片付けます。目の前でゴーレムがやられたら、敵兵は逃げだしますよ」
「リスティア北部まで、国境から走るのですか?」
参謀長の質問に、事も無げにルークスが答える。
「船で運びます」
その発言を執務室にいた者たちが理解するには、一呼吸を要した。
全員の驚愕が重なり合う。
「「ゴーレムが船で運べる!?」」
ルークスは淡々と説明する。
「運ぶのは武器と防具だけですから。イノリのほとんどは水で、その水の上を移動するんですよ? イノリは現地で作れます。すぐに」
海水だと鎧が錆びる、と欠点も挙げるが、そんな些事は誰にも聞こえない。
ゴーレムは地上を歩く以外に移動手段がない、との常識が覆されたのだ。
「補給部隊はゴーレム車を使うでしょうから、ゴーレムマスターが大勢必要です。ゴーレムコマンダーにも何人か来てもらいましょう。敵ゴーレムを鹵獲すれば、輸送の警護は万全です」
実にあっさりと、帝国軍の補給を断つ作戦が編み出された。
だがルークスの作戦はそれで終わらない。
むしろそこからが本当の目的である。
フローレンティーナを窮地から救う為の策を、ルークスは語った。
「補給部隊を叩いたら、イノリは南に向かいます。帝国軍の狙いが本当にイノリと僕なら、全軍が反転してくるでしょう。だって戦争目的が手の届く所に来たんですから。もし一部しか来ないなら『引き渡し要求はこちらの結束を乱すための策略だった』と判明します」
話し終えたルークスは、意見がないか見回した。
最後に目が合ったフローレンティーナは双眸を輝かせる。
「名案です。ですが、ルークス卿一人では危険では?」
「ゴーレム以外にイノリの脅威はありません。そして帝国軍の軽量型ゴーレムだろうと、イノリには追いつけません。攻撃と離脱を繰り返せば四百基だろうと片付けられます。時間はかかりますが」
ヴェトス元帥が大きく頷いた。
「敵の背後に上陸するとは剛胆だな。帝国に本音を出させる案も見事」
その隣にいたプルデンス参謀長は、痩せた身体を小刻みに震わせている。
「ぷっくくく……」
堪えきれず吹きだした。女王陛下の御前なのに、天を仰いで高らかに哄笑する。
「はーはははは!! これはひどい! あまりにも非常識だ! 反則です! 戦闘ゴーレムが船で運べる!? 最強の新型ゴーレムは渡洋攻撃まで可能!? そんな破天荒が実現するとは!!」
朝から緊張の連続で張り詰めていた糸が、プッツリと切れてしまったのだ。テーブルを叩いて爆笑する。
「最強兵力が自軍背後に出現したときの、帝国元帥の顔が目に浮かびます。いやぁルークス卿もお人が悪い。戦局を逆転させる切り札を隠していたとは」
腹を抱えて涙までにじませる参謀長に、ルークスは答えた。
「今まで考えたことがなかったんで。盲点でした」
「朝からの議論がテーブルごとひっくり返りましたな。アラゾニキを戻すどころではありませんぞ。帝国軍はリスティア国内で追いかけっこですよ」
ようやくプルデンス参謀長の笑いは止まった。
「大変なご無礼を、平にご容赦を」
謝する参謀長を女王は笑みでねぎらう。
「アラゾニキがどうしたんです?」
自分が捕まえた男の名前にルークスは怪訝な顔をした。プルデンス参謀長は咳払いする。
「プロディートル公爵は『アラゾニキをリスティアに戻し、新大王と争わせよ』とのご意向なのです」
「いけません。アラゾニキはパトリア人だけではなく、リスティア人にも恨まれています。そんな奴を戻したら、両国の民衆を敵に回してしまいます」
ネゴティース宰相が顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「騎士風情が王族の意見に異を唱えるとは、無礼にも程がある!! リスティア人など関知するものではない!」
「パトリアという国が亡くなろうとしているときに何を呑気な――新大王?」
ルークスの脳内で、雑多に入ってきた情報が繋がりを持った。
無礼な物言いを叱る宰相の声を聞き流し、脳裏に閃くまま少年は口走る。
「新大王を承認しましょう」
「「!?」」
居合わせた全員がまた驚かされた。
「新大王は用が済めば殺される身。帝国軍を追い出したいはずです。対帝国同盟加盟を条件にすれば、他国も文句は言わないでしょう」
「そ、その様なことが……」
宰相の声はルークスの耳に入らない。何かに集中したら、周りの情報は遮断される特性なのだ。
「手土産に親の仇であるアラゾニキをくれてやりましょう。暴君を罰して帝国を追い出せば、民衆も新大王を歓迎するはずです」
「敵方の要人を引き入れるは上策です」
間髪入れずプルデンス参謀長が賛同した。
「帝国軍は補給を失ったうえ、友邦が敵地となるわけです。七万という数は食料が尽きれば足かせ、それで追いかけっことなれば、一個軍撃滅は十分可能かと」
亡国の窮地から一転、帝国軍に壊滅的な打撃を与える望みが出た。
フローレンティーナの心が軽くなる。
「ルークス卿の献策、とても嬉しく思います。細部を検討して実行してください」
「軍に異論はありません。問題は海軍かと」
ヴェトス元帥はプロディートル公爵に視線を向けた。
公爵は歯を食いしばり身を
「海軍は元帥の指揮下ではないんですか?」
ゴーレムに無縁なためルークスには海の知識が無かった。イノリを船で運べることが盲点だったのは、その為だ。
参謀長が説明する。
「海軍の艦艇は沿岸各領主の持ち寄りで、統括する海軍総司令はプロディートル公爵なのですよ」
「なら至急連絡を」
「そこにおられる」
ルークスの顔が強ばった。
周囲の人間が視線を向ける先に、壮年男性がいる。
恐らく両親の仇であろう人物と、ルークスは面と向かい合った。
金髪を撫でつけた、一際身なりが良い男がランプに照らされている。その視線は鋭くルークスに突き刺さった。
(この男がパトリアの命運を握っているのか)
ルークスは怒りを飲み込んで言う。
「陛下の叔父ともあろう御方です。帝国に痛打を与えて祖国を守る作戦に、まさか『協力しない』なんて言いませんよね?」
自らの感情を抑えたルークスに背中を押され、フローレンティーナは決断した。
「一個艦隊を一時的にルークス卿の指揮下に置きます。彼を司令としてリスティア北部の軍港に上陸、帝国軍の補給部隊を攻撃、物資を祖国に搬送する作戦を海軍に命じます。ド・ジーヌス海軍総司令、優秀な船と人員を手配してください」
「よ、よかろう」
プロディートル公爵ことクナトス・ドルス・ド・ジーヌスは声を震わせつつ、ルークスを睨みつけた。
何かは知らないが「両親の仇に初めてお返しが出来た」とルークスは思った。
一度目は念頭に無かったので。
女王は次なる命令を出す。
「対帝国包囲同盟加盟を条件にリスティア新政権承認の交渉をしてください。我が国からはアラゾニキの身柄提供の用意があります。もし拒否するなら『アラゾニキを復権させる』と言えば良いでしょう。全権大使として――」
外務の文官はダメだ。交渉を失敗させかねない。
真っ先に浮かんだのはプルデンス参謀長だが、祖国防衛に参謀長は欠かせない。
「フィデリタス騎士団長」
「お恐れながら、この有り様では足手まといになるかと」
騎士団長は三角巾で吊っている左腕を右手で押えた。
負傷は口実である。
思惑を外されたプロディートル公爵がどう動くか分からない状況で「女王の側を離れるのは危険」との判断だ。
すると参謀長が進言した。
「陛下、プレイクラウス卿ではいかがでしょう? リスティア軍の総司令官を捕縛した功績有る者なら、新政権も重く見るかと」
「良き進言です。彼なら任せられるでしょう」
フローレンティーナは賛成した。
フォルティスと兄弟でルークスを支えてもらえれば安心だ。
息子を国の代表にするなど恐れ多いが、それ以上の適任者はいないので騎士団長も同意する。
「では、そのように。外務からは副使を出してください」
女王の言葉にアリエーナ外相が悲鳴に近い声を出した。
「副使!? 外交交渉で外務が副使ですと!?」
文官がメンツに拘った隙を参謀長は見逃さなかった。透かさず進言する。
「現在リスティア国境におられるモニトル公使なら、リスティア人との交渉に長けていると愚考します」
先ほどの大笑いでプルデンス参謀長は、すっかりペースを取り戻していた。
外務相が反対の声を上げるより早く、女王は問いかける。
「アリエーナ外相、その者は優秀ですか?」
「は、はい。優秀でございます」
「なら副使を任せて安心ですね」
「しかし! それでは任務が中断してしまいます!」
女王は首をかしげた。
「その交渉相手はもういませんが?」
外務相は真っ赤になって俯いた。
リスティア政府との交渉という表向きを忘れ、本来任務の「軍の監視」しか頭に無かったのだ。
太った宰相は「迂闊者」と怒気を込めた目で外相を睨み、痩せた参謀長は「してやったり」とほくそ笑む。
まんまと公爵の間諜を排除できて。
「では、各員は祖国の為に、己が責を果たしてください」
主君の決は下り、臣下たちは細部を詰め始めた。
文官と武官との間で不協和音を響かせながら。
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