急報

 昼休み、中等部五年の教室に編入生たちが早めに戻ってきた。

 黒板に図を描き、自分たちが「大型ゴーレムの安全教育を受けていない」との疑いを晴らすべく説明をはじめる。

 フブリス伯の息子ラウスは、リスティアの訓練所で優秀だった自負もあって、ゴーレムを中心にした円を指して熱弁した。

「このように武器が届く距離に安全範囲を設定し、兵は入らないよう注意し、万一範囲内に味方兵が入ったらゴーレムを止めるよう、ノームには教えている。こうして事故が起きないよう訓練してきたのだ」

 大型ゴーレムの扱いは高等部で学ぶことなので、中等部五年の生徒たちには適否が判断できない。

 唯一の例外を除いて。

「それって行軍時? それとも戦闘時?」

 ルークスの問いかけにラウスは驚いた。

「状況によって変えるのか?」

「やれやれ、呆れたね」

 ルークスは黒板まで行き、ゴーレムを中心にした円形の安全範囲に、縦長の楕円を描きこんだ。

「行軍時は前後に長く、左右に狭い。戦闘時は、ゴーレムの前には出ない」

「ゴーレムには制限が無いのか?」

 ラウスの問いかけに答えず、ルークスは一人で頷いた。

「だからなんだね、リスティア軍の進軍が遅かったのは。ああ、そうか。だからゴーレム部隊を先行させたんだ。本隊と一緒だと隊列が長くなりすぎるから」

「な、何を言っている?」

「ゴーレムの武器が届く範囲に兵を入らせないなら、よほど広い道じゃないとゴーレムと歩兵は並んで歩けない。ゴーレムと交互に歩かせるから列が長くなる。先頭が到着しても、最後尾が着くまで余計に時間がかかるじゃないか」

「なら、どちらかが道を外れれば良いではないか」

 ラウスが反論する。

「歩兵なら速度が落ちるし、ゴーレムなら道路の周囲を陥没させ、次に道路を歩いたときに崩す。実際、リスティア軍が進撃した道はあちこち崩れて、今も補修工事が続いているよ」

「敵国ではないか」

「自国でも同じこと。それに、自分で補給路を壊すなんてバカだよ」

「あ……」

「当初はゴーレムと歩兵を交互に歩かせて、隊列を伸ばしていたらしいね。そこを騎士団に攻撃されて大損害を出したから、ゴーレムに道の外を歩かせたんだね」

「パトリア軍は違うのか?」

「ゴーレムに踏まれないよう前後に入らなければ大丈夫。ゴーレムが道路の中央、その左右を歩兵が歩く。ゴーレムが通行できるよう固められた道なら、陥没して横によろけるなんてないから。で、騎兵に襲撃されたら、ゴーレムを盾にする」

「それは危険だ」

「だからゴーレムの前に出ない。ノームはゴーレムの前さえ注意していればいい。敵騎兵はゴーレムの武器が届く範囲に入れず、迂回するしかない。こちらの歩兵はゴーレムを盾にして矢を射かけられる」

「……」

「ゴーレムを差し向ければ勝てたのは、巨大ゴーレムが登場した当初だけ。時代はもうゴーレムと歩兵との連携なんだよ。だのにアグルム平原で、リスティア軍はゴーレムだけで攻撃したから、こっちの大型弩バリスタは敵兵に邪魔されずに狙えたそうだよ」

「パトリア軍が攻めるときはどうなのだ?」

「ゴーレムと歩兵を一緒に前進させるね。歩兵が前で。敵ゴーレムが歩兵を狙って投石するなら、歩兵を後退させてゴーレム戦。歩兵を無視するなら、敵ゴーレムの足下を駆け抜けて後方の大型弩を潰す」

 黒板に図示して解説する。

「ゴーレムと歩兵の連携は大戦末期には始まって、帝国軍にゴーレムを損耗させたものさ。今では各国の標準になっている。装備や編成なんかは他国の真似したけれど、リスティア軍のゴーレム運用は、二十年も遅れていたね」

 圧倒的知識でラウスはねじ伏せられた。さらに自信の源である訓練所での評価も、時代遅れの烙印を押されてしまった。

 もっともルークスは、ゴーレムの知識を遠慮無くしゃべれるのを楽しんだだけで、相手が落ち込んだことにまったく気付かない。

「大丈夫。大型ゴーレムの扱いは、高等部に上がったら教えてもらえるから」

 と、編入生たちに止めを刺すのだった。

 席に戻ったルークスに隣のアルティが尋ねる。

「それで、私たちが遅れるってことはないの?」

「うん。だって、君はもうノームの友達じゃないか。契約者でしかない彼らが、たとえ一歩二歩先にいたところで、あっという間に追い抜けるよ」

「そこが違うんだ」

「そこが違うんだよ」

 今まで知識はゴーレム限定だったルークスが、今では精霊についても信頼されるようになっていた。


 昼休みの終わりに、生活指導のドミナーリ卿が教室にデルディを連れてきた。

 敵意が渦巻くなか、教壇で指導教員が事故の経緯と彼女の処分内容を伝える。

「ランコー教頭が許可をした以上、彼女の無知ゆえの過ちを学園が処罰するわけにはゆかない。また場所が駐屯地であるので、軍の規則が適用される。先ほど一年間の奉仕活動が決定した。詳細は後日軍から伝えられる。何か質問は?」

 挙手をしたのは級長のフォルティスだ。

「安全教育を受けていない生徒に許可したランコー教頭は、どうなられるのですか?」

「辞表を提出した」

 生徒たちがざわついた。生徒の不祥事で教頭が辞職するとは大事である。

「大型ゴーレムの運用にあたり、軍は安全を最優先している。土精の専門家がその方針を軽視したとあっては、対外的に申し開きができない。軍への人材供給も、学園の重要な役割なのだからな」

 ドミナーリは「ルークス暗殺未遂」を伏せ、表向きの説明した。

 それを期待しての級長からの質問であった。


 解放されたデルディが階段状の教室を上る間、敵意が注がれ続けた。

「謝れよ!」

「何とか言いなさい!」

 乱れ飛ぶ声を、痩せた少女は無視して一番後ろの席に着く。

 ルークスは我関せずと、窓の外を眺めていた。今日は曇り空だ。

 その窓から、シルフが飛び込んできた。

「大変だルークス! 北の国でグラン・シルフが他国のシルフを邪魔しているぞ」

 即座にルークスは反応する。

「そのグラン・シルフは誰?」

「トービヨンだって」

「インスピラティオーネ!」

 呼ばれるやルークスの頭上に風の大精霊が現れる。

「少し前に、サントル帝国の精霊使いと契約したと耳にしております、主様」

 帝国の名前に教室は騒然となった。

「静かに! 会話が聞こえない!」

 級長の声に生徒たちは声をひそめ、ルークスとシルフとの会話に耳をそばだてる。

「戦争らしき騒ぎは起きている?」

「起きていた。巨大ゴーレムがたくさん歩いていたよ。南へ。つまりこっちにだ」

「そのゴーレム、赤くなかった?」

「ああ、鎧が赤かったな。土の色も赤っぽかった」

 ルークスは大きくうなずいた。

「赤土のゴーレムに赤い鎧、帝国軍に間違いない。インスピラティオーネ、すぐ王城に知らせて」

「承知」

 グラン・シルフに指示し、ルークスはさらに話を聞く。

「知らせてくれてありがとう、ブリーズ。大手柄だ。でもどうして君は邪魔されなかったの?」

「奴らが邪魔しているのは、他国政府や軍の人間と契約したシルフだ。俺は誰とも契約していないからな」

「そうか。なら友達を集めれば、帝国軍の情報が手に入るな」

「何が知りたい?」

「敵の数。ゴーレムと兵それぞれ、あと現在位置が知りたい。どこまで先鋒が来ていて、本隊はどこにいるのか。まずは先鋒の数と位置だ。本隊は後でいい」

「任せろ」

 シルフは素早く教室から飛びだした。

「インスピラティオーネ、友達を集めてくれ。情報が欲しい」

「声が届く限り集めましょう、主様」

 手を打つとルークスは立ち上がった。

「フォルティス、王城へ行くよ」

「直ちに」

 級長も立ち上がり、教壇へ敬礼する。

「ドミナーリ先生、午後の講義を受けずに退出する無礼をお許しください。なにぶん国家の危急ですので」

「うむ」

 ドミナーリは汗をぬぐった。帝国軍の恐ろしさはリスティア軍の比ではない。

 カバンに石板を突っ込むルークスに、後ろからデルディが言葉を投げつける。

「この国も未成年を戦わせるのだな」

「まだ戦うとは決まっていないよ。前の戦争のときは、僕が勝手に押しかけただけだし」

「権力者に利用される馬鹿が!」

「友達を守るためさ」

「権力者は世界の敵だ!」

「なら世界の一番の敵は、一番の権力者である帝国の皇帝だね。もし帝国がこの国を侵略するなら、君と僕とは共通の敵を持つことになるね」

 デルディは何も言えなくなってしまった。

 真実を口にしても、権力者に騙されているバカたちは感情的に否定するだけだ。

 カバンをかけたルークスの肩を、フォルティスが叩く。

「発つ前に、家族に挨拶しておくべきかと」

「あ、そうか」

 ルークスが振り返った先では、アルティが不安げな表情で見つめている。

「行ってくるね。状況はシルフで伝えるよ」

「い、行ってらっしゃい」

 止めたい気持ちを押し殺してアルティは見送った。

 胸の痛みは心配が大半だが、女王への嫉妬も混じっている。

 それが分かっているので、自己嫌悪は避けられなかった。


                  א


 ルークスとフォルティスは馬車で王都に向かった。

 フォルティスにはノームがいるが、車引き用のスティールゴーレムが無い。

 かと言って土で作るクレイゴーレムでは、足が遅くて話にならないのだ。

「王都くらいなら馬車の方が早く着けるよ。それに静かだ」

 とルークスは気にしない。

 馬車は長距離になると馬を交換するか、休憩させねばならない。その点ゴーレムを動かす精霊は疲れることを知らない。

「今後の事もあります。王都でスティールゴーレムを手配しましょう」

 ルークスは窓を開け放し、近づくシルフに声をかけていた。

 グラン・シルフのインスピラティオーネは馬車の上空で、ルークスの友達を呼んでいる。

 オムのノンノンはいつも通りルークスの左肩。

 移動で同行が難しいのはウンディーネとサラマンダーだ。

 何かあったとき、すぐ召喚できるようルークスはランプと水筒を携えていた。

 シルフの友達がグラン・シルフを見つけて馬車に飛んで来た。

「ルークス、見てきたぞ」

「やあゼフィリス、お疲れ」

「精霊が疲れるかよ。本隊は五万人以上はいた。ゴーレムも二百はあったぞ」

 会話をフォルティスが書き記す。先鋒だけでもゴーレム百、騎兵二千。そして本隊が二百基と五万人だ。

「大部隊ですね」

「だね。編成中の一個軍を丸々向けてきたみたいだ」

「これなら、我が国と戦う前のリスティアでも攻略できたでしょう」

「でもマルヴァドを攻めるには少ない」

「そうですね。ただリスティアに入れたとなると、これは挟撃部隊で、主力部隊はこれからの可能性が」

「それならまず正面を攻撃して、マルヴァド軍を引きつけたところでリスティアに入らないと。最初に背後を警戒させたら、挟撃の効果も半減だよ」

「となると、東に港を求めたのでしょうか?」

「死にかけのリスティア攻略に五万は多すぎるよ。マルヴァド軍対策にしてもだ。それにもう南に港を確保できているんだから、無理してまで東の港を取るかな? 細い回廊をマルヴァドとフォージーに遮断されたら、補給路を断たれて孤立する。あそこは、敢えて残していた場所だろうから」

「ではマルヴァド軍に分断をさせて、その部隊を前後から攻撃するのでは? 補給を断たれても、挟撃の間なら略奪で賄えましょう」

「マルヴァドの兵力を削減する、か。可能性はあるな」

 ルークスは戦闘の流れを考える。

「やっぱり五万は多すぎるよ。補給路を断たれる前提の作戦なら、ゴーレムはともかく歩兵は減らさないと。一つの町で賄えるのは一万が精々じゃないかな? リスティアがパトリアくらい豊かであっても」

「ルークス卿なら、マルヴァドをどう攻略します?」

「僕なら南の都市国家群から制圧し、リスティアとパトリアも落として全周包囲してから攻め込む。そのくらいしなきゃ倒せない国だから」

「では、その順を東から南へとやる可能性は?」

「南みたいに広い道が無いから東は簡単に遮断される。パトリアは南からの方が攻めやすいし、リスティアなんていつでも倒せる。帝国が動いたとなれば、南の都市国家群も団結するだろうから、奇襲を仕掛けるのはやっぱり南だよ。今回の規模なら全部は無理にしても、東半分は取れるし、そこからパトリアも落とせる。最後にリスティアに止めを刺して包囲網は完成だ」

「なるほど。確かにそうですね。となると、帝国の狙いは――」

 そこまで口にして、従者は語尾を切った。

 不可解に多い帝国軍の目的が思い当たったのだ。

「ゴーレム三百か。ゴーレム師団だろうな」

 フォルティスが思案している間に、ルークスの思考は横に逸れていた。

 従者は主に話を合わせる。

「ゴーレム師団には精霊士を集中配置したそうですね。これが初陣なので運用試験になりますか」

「敵ゴーレム部隊とぶつけないと試験にならないよ? リスティアにはもうゴーレム残ってないし、マルヴァドは分散させている。試験相手なら、南の都市国家が適当だと思うよ。まさかマルヴァド軍で試験するのに、わざわざ遠回りするとも思えない」

「そう、ですね」

 ルークスに同意するにとどめ、フォルティスは思い当たりを言わずにおいた。

「敵軍の戦力だけでは手詰まりですね。王城に行けば新情報も聞けるでしょう」

 可能性の段階でショックを与えることを恐れたのだ。

 だが重大事を話さずにおく決断が、正しいか自信は無かった。

 話すべきか秘すべきか、フォルティスは苦慮する。

 疑問と不安と葛藤とを乗せ、馬車は一路東へ進んだ。

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